浴衣と祭りと花火と
「おおお! やっぱ夏と言えば浴衣! 見ろ裕哉! あのキラキラと輝いている女子連中を!」
天羽の提案で、花火大会までの時間潰しとして近くで開かれている祭りへ行くことになった俺達。 前を歩く女子集団の後ろを歩きながら、男子集団の中に居る俺はそんな話を先程から聞かされている。
「ああそうだな。 お前の言う通りだー」
「なんだその反応は!? お前は何も感じ無いのか!?」
そんなことを先程から横でずっと蒼汰は言ってくる。
うるさいなぁ。 昼にあれだけ遊んでおいて、良くもまぁこんな元気が有り余ってるよ。 ちょっと尊敬しちゃうぞ。
「いやでも、俺も少し分かるぞ。 北沢の言うこと。 なあ、霧生」
「……まぁ」
どうやら相馬と霧生は蒼汰と同じ意見らしい。 そんなに良い物か? 女子の浴衣姿って。
確かに夏っぽくて良いとは思うけど……そんな感動する要素が一体どこにあるのやら。
「おし、裕哉。 それなら俺がこれから解説してやろう」
「いや遠慮しておく」
「聞いてくれよぉ! じゃないと俺の存在意義が無くなるだろ!?」
お前の存在意義ってそんな程度の物だったのか。 旅行に来て女子の水着やら浴衣やらを解説するのが存在意義だったのか。 つくづく可哀想に思えてくるな。
「……はぁ、分かったよ。なんだ?」
「よし、じゃあまずは相馬からオススメのを頼む」
蒼汰が言い、相馬に手を向ける。 対する相馬は「任せろ」と言うと、何やら解説を始めた。 俺の中では相馬のイメージってクールなイケメンって感じだったんだけど、こういう奴だったのか。 とんだ残念イケメンだな。
「まずはだな……あいつかな。 槇本鈴香。 いつもの男っぽいイメージとは違って、浴衣の色は赤だな。 多分本人は「炎をイメージして」とか言いそうだが……ま、見る側の感想としてはズバリ」
「ズバリ?」
「……ギャップ萌えだ!」
駄目だこいつ。 ただの馬鹿だった。
「おい八乙女、なんだよその目は。 お前は何も感じ無いのか?」
「蒼汰と同じような事言うな! なんか言ってやれよ霧生!」
「ん? ああ、俺か。 いや……でも良いな、川村」
「おい?」
「だってよ、あの大人しい川村にピンクの浴衣だぞ? このちょっと子供っぽい所とか、そういうのがグッと来るっつうか」
「分かる分かる! さすがは隼人君! でも俺は断然葉山推しだ! 白の浴衣がイメージとぴったし! やっぱり他と比べてずば抜けて輝いてる!」
「もう一生やってろ……」
盛り上がる蒼汰と、それに頷く相馬と霧生。 疲れるなぁ。 こういうのは本当に疲れる。
「で、お前はどうなんだよ。 神宮の浴衣姿」
半ば呆れ果ててた所に、相馬のそんな声が掛かった。 どうなんだ、と言われてもな。
「葉月? 別に普通じゃないか? ていうか、更に人形っぽくなってるというか……」
「あー、確かに神宮もイメージ通りって感じだよな。 落ち着いた黒の浴衣に、小さな体と長い髪の毛。 つうか神宮ってああいうのやっぱり似合うな」
……まぁ、確かに相馬の言う通りだ。 着物とか浴衣とか、そういう和服がめちゃくちゃ似合っている。 時代劇とかに出てきても違和感無いな……登場人物では無くて、部屋に置いてある人形として。
「ま、さすがは当初、葉山と競い合ってた女子だよ。 基本的にレベルは高い」
「……けど、俺はやっぱ川村が良いと思うなぁ」
「いや、槇本だろ?」
「待て待て! それは聞き捨てならないな。 俺は葉山だと思うぞ!」
そして段々話は逸れていって、次第にお互いに罵り合いが始まる。 別に葉山も槇本も川村もお前らの彼女じゃないのに、無駄な争いを起こすなよ。
「ああ!? んだと相馬! お前なんて言った!?」
蒼汰のそんな怒声を聞きながら、俺は葉月の方へと視線を移す。 あー、あいつまた一人ではぐれてる。 折角の祭りなのに……ていうか端っこにしゃがみ込んで何をしているんだろう? お腹でも痛いのかな。
「……悪い、ちょっと外すぞ」
「ん? ああ、分かった。 で相馬!! さっきの続きだ続き!」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、蒼汰は適当な返事をする。 俺はそれを聞き、葉月の元へと駆け寄って行った。
「葉月? 何してるんだ?」
「裕哉。 これを見てた」
しゃがみ込み、膝の上に腕を乗せて、その更に上に顎を乗せながら葉月は言う。
「……花?」
「そう。 花」
真っ白な一輪の花。 名前は分からないけど、綺麗な花だ。 だけどなんだか少し、弱々しくも見える。
「少し元気無いな。 まぁ、ここじゃあ太陽も当たらないだろうし……仕方ないか」
「寂しそう」
「……そうかもな」
「裕哉、命令」
「この状況で言われると、なんだか怖いぞ」
この花を元気にしろとか言わないよな。 さすがにそれは無理難題すぎる。 毎日通る道ならば、水をあげたり出来るかもしれないけど、そうでは無いし。
「寂しくないようにして」
「……そうきたか。 でもそれもまた難しいな」
うーむ。 道の隅に咲いている一輪の花。 抜いて違う場所に移すにしても、スコップなどで地面を掘らないといけないだろうし……。 いっぱい咲いていれば寂しくは無いかもしれないけど、こんな所に花の種を蒔くわけにはいかないしな……。 どうした物か。
「一人ぼっちで、誰も気付いてない」
「まぁ、気にするのなんて葉月くらいだろ。 皆は多分視界に入っても足は止めないさ」
「かわいそう」
「ああ」
「裕哉、何か無い?」
「うーん……」
こうやって見えない物に気付けるのは、素直に凄いって思う。 皆が気付かないものに気付けるのは。
しっかし、何か無いと来たか。 ううううん……。
「裕哉がずっとここに居てあげて」
「嫌だよ!? ここで一生過ごせって言うのか!?」
「そう」
そうじゃねえよ! また頭叩くぞおい!!
「……そうなりたくは無いから、何か良い方法は」
さすがに俺が花の隣にずっと居るわけには行かないから。 他に何か。
「あ! それならこれどうだ? さっき拾ったやつ」
俺は言い、ポケットから貝殻を取り出す。 さっき砂浜で拾った石みたいな貝殻。
「これをさ、こうやって花のとこに置いとけば寂しくないだろ? 一緒に居れば」
「……ほんとだ。 さすが裕哉」
「……何がだよ。 別にさすがって言われる程のことでも無いだろ」
そうは言いつつも、俺は安心したような雰囲気を出している葉月の事を笑って眺める。 こういう小さな部分に気付くのも葉月であって、そういう優しさを持っているのも多分、葉月なんだ。
少なくとも俺には無い優しさだよな。 こんな道端に咲いている花を可哀想と思うなんて。
「ほら、いつまでも見てないで行くぞ。 迷子になったら面倒だし」
「うん。 分かった」
まぁ、既に葉月とこうやって話している間に、他の皆は先へ行ってしまって若干迷子になりかけてはいるが……気にしないでおこう。 この坂を上っていけば、祭りの場所へ付くと天羽は言っていたっけか。 なら、そこへ行ってうろうろしていればその内会えるだろう。
「葉月はさ、祭りとかって行ったことあるのか?」
「小さい時、お母さんとお父さんと一緒に行ったことはある」
「へえ、なら結構久し振りなんだ、今日のは」
「うん。 約百二十五年振り」
「一体何歳だよ!?」
「今日で十六歳」
「今日で? あれ、ってことは今日誕生日だったのか?」
「嘘。 本当は十二月」
……暴投を投げられまくっている感じだ。 なんとかそれを拾っている俺を褒めてもらいたい。
「どうでも良い嘘を付くなっ」
「いたっ。 またいじめる……」
「叩く度にそれ言うよな、葉月」
「事実だから」
「はいはいそうだな。 でも十二月かぁ、それなら葉月の方が早く十六になるんだな」
「そうなの? 裕哉の誕生日っていつ?」
「俺は二月。 日にちは秘密」
「いじわる」
「葉月だって日にち教えてないだろ? そっちが教えてくれたら俺も教えてやるよ」
「私は二十五日。 クリスマスと一緒」
へええ。 なんていうか、こいつって本当にサンタが作った人形なんじゃないかと疑いたくなってくるな。
「裕哉は?」
「俺は二十九日だ。 うるう年に生まれたからな」
「ということは、四年に一回だけ?」
「まぁ、二月の二十九日がそうだから……そうなるのかな? なんか得した気分だな、四年に一度しか歳取らないって」
「そう? 誕生日会が四年に一回だけ」
「そう考えると寂しいな……」
「惨め」
「そこまで言うかっ!?」
「あ。 でも来年はうるう年」
「そうそう。 プレゼント期待してるからな、葉月さん」
「あれあげる。 間違えて買ったアニメのDVD」
「それ間違えて買ったって言う必要あったのか……。 一応聞くけど、ジャンルは?」
「子供向けアニメ。 私の趣味じゃない」
似合いそうだけどな。 言ったら脛を痛めそうだから黙っておくか。
つうか、こいつは子供向けアニメを俺にプレゼントする気なのか……?
「葉月は基本深夜アニメだもんなぁ。 そういえば、最近のオススメとかってある?」
「ある。 今期のオススメは……トレイン」
「……電車で旅でもするの? それ」
「そう。 家出をした主人公が、電車旅をする。 長い旅」
「へえ。 青春物って感じ?」
「うん。 途中で色々な人に出会って、色々な世界を見て成長する」
「そういうの好きだなぁ、葉月」
「好き。 青春出来ない分、アニメで青春してる」
「寂しい事言うなぁおい! こっちまでなんか寂しくなるぞ!?」
そしてそれが分からなくも無い。 葉月が見るアニメに出てくる奴って大体めっちゃ青春してるからな。 ムカつく程にだ。
「ところで、裕哉はお祭りに行ったことは?」
「ん? 俺か、俺はそうだなぁ。 小学生の時は桜夜が連れて行けーって言ってさ、よく一緒に行ってたかな。 中学の時は殆ど行ってないけど」
「楽しそう。 そういうの、良い」
「なんだ、兄妹が羨ましいのか?」
「うん。 私も欲しい、妹か弟」
「姉か兄は?」
「……いらない。 親戚に、一人居るけどろくでもない。 年上は嫌い」
ろくでもないとは凄い言われようだな。 葉月が言うからにはよっぽどろくでもない人物なのだろう。 例えば三十歳超えて無職とか、暴走族に入っているとか。
……うーむ、確かにそれはろくでもない。
「はは、けど親戚だろ? 男の人か?」
「ううん。 女。 いつも行くといじめられる」
「……そう言われるとなんか酷い人物に聞こえるけど、葉月って俺のこともいじめるいじめる言うよな。 だからなんというか、反応しづらいな」
「あの人は違う。 裕哉とは違う。 年末は行かないといけないから、今年は逃げる」
「逃げるって……」
そこまで嫌なのか。 その親戚の女の人が。
「だから命令。 匿って」
「嫌だよ! そんなことしたら怒られるぞ!? 俺も葉月も!」
「……チッ」
「だから舌打ちすんなッ!」
「いたっ。 裕哉は私を……」
「いじめてない!」
「いたっ。 酷い……」
叩く度に仰け反るのが少し面白い。 いやまぁ、あまり叩いても可哀想だしそろそろやめておこう。 祭りの会場も見えてきたことだし。
「意外とでかい祭りなんだなぁ。 天羽はここら辺で唯一って言ってたし当然か」
「……裕哉、裕哉」
言いながら、葉月は俺の服の袖を引っ張る。 いつもよりちょっとだけ力強いのは多分、葉月が興奮している所為だろう。
「ん?」
「あれはなに?」
「あれは……金魚すくいだな。 やってみるか?」
「うん、やる」
遊ぶのは良いとしても、あいつらの姿が全く見当たらない。 一体どこへ行ってしまったのやら。
まぁ、その内嫌でも見つかるか。 それまでは葉月がはぐれないように一緒に回っていよう。
「てか、やったこと無いのか? 金魚すくい」
「無い。 どうやるの?」
「俺もそんなやったってわけじゃないけど……。 よし、とりあえず一回やってみるか」
そんな流れで、俺は金魚すくいの屋台の前へ。 店をやっている人に百円を渡し、ポイを受け取る。
「それで取れるの?」
「ん、ああ。 上手い人だと結構取れるみたいだよ」
「そうなんだ」
葉月は言いながら、俺のすぐ横から覗き込むように見ている。 なんていうか、いつもよりも距離が近く、先に風呂に入っていた所為で良い香りがして。 それで。
「裕哉、やらないの?」
「へ? あ、ああ。 やるよ。 やるやる」
一体何を考えているのやら。 少し俺も疲れているんだろうな。
「あ! くそ……。 難しいなぁ、やっぱ」
慌ててそれをやった結果、失敗。 綺麗に穴が開いてしまう。
「へたくそ」
「……良く言えたな。 やったことない癖に」
「簡単そう」
「ほお、じゃあやってみるか? 葉月」
「うん。 余裕」
随分と自信満々だ。 どこからそれが出てくるのか全く分からないけどな。
「……よし」
葉月は言い、金魚が入った水槽の前にしゃがみ込む。 で、腕を捲り気合いは充分。
「……」
豪快にポイを水槽の中へと入れる。 そしてその華麗な手さばきと美しい姿勢と見事な狙いの結果……!
「……難しい」
紙は綺麗に破れた。 いやあれだけ豪快に水の中に入れれば当然だろう。
「あはは、葉月も下手くそだな」
「……」
あれ、もしかして怒ってるのか。 なんかそんな感じがするんだけど。
「もう一回」
言って、葉月は百円を店の人に手渡す。 ああ、これ完全に怒ってるな……。 で、すぐにそれを使ってチャレンジして失敗。
「葉月、俺が悪かったから……」
「うるさい。 もう一回」
「うるさいって……」
「次は余裕」
とは言っても、結局その次もその次もその次も失敗。 店番をしている人も苦笑いだ。
「なぁ、葉月。 そろそろ……」
「黙れ。 次に喋ったら、これを口に突っ込む」
そう言って、葉月は俺に破れたポイを向ける。 なんかこいつ、口調がおかしくなってるけど大丈夫か……?
「……」
しかし、そうされては困るので俺は何も言わずに二回頷く。 すると、葉月は俺の顔にポイを押し当てた後、再び水槽の前へとしゃがみ込んだ。
……結局押し当てるのか。 めちゃくちゃ水が滴り落ちているぞ、俺。
それからそうすること約三十分。 金額にして約二千円。 破ったポイの数は二十個。 葉山に声を掛けられるまでの間に費やした費用とその結果である。