すなあそび
「おーい、葉月。 あっちで遊ばないのか?」
折角こうして仲良くなる機会が出来たんだから、一緒に遊べば良いのに。 葉山だってどうせ、一度は誘ったんだろうよ。 あいつの性格からして、前の葉月を嫌っている状況ならともかく、今の葉月と仲が良い状況で放置するとは思えないし。
「私は良い。 動き回るよりこっちの方が楽しい」
「……一人で遊ぶのが?」
「裕哉もいる」
「俺が一緒に遊ぶの前提かよ。 ま、別に良いけど」
「……良いの?」
「良いよ。 だって葉月を置いて行ったら気になって遊ぶに遊べないしさ、それなら葉月と遊んでた方が良いだろ? で、何してんだこれは」
「今は、波に負けない山を作ってる」
小学生か。 いや小学生でもやるか怪しい遊びだな……幼稚園児か。
「へえ、結構でかく作ってるけど……これでも駄目なのか?」
「駄目。 時々波が到達して、徐々に崩されていってるの」
「よっし、じゃあ俺も手伝ってやろう。 てかどうせならもっと立派なの作らねえ? 城とかさ」
「……それはだめ。 簡単で、壊れても悲しく無いのが良い」
「はいはい。 なら山だな」
「うん。 裕哉は、悲しく無いの?」
「ん? 何が?」
久し振りだな、この感覚。 突然後頭部を殴られたような話題の振り方。
「頑張って作った物が、壊れるの」
それは一体、どういう意味だろうか。 単純に今作ってる山とか、さっき俺が言った城のことだろうか?
それとも、また違った意味。 あるいは。
「悲しいよ。 それに、怖いかな」
「……怖い?」
「うん。 一生懸命やってさ、頑張ってさ、それがあっさりと壊れたり無くなったり、そういうのが怖いんだ」
いつか、葉山が俺に言ってたっけ。
『八乙女君は、一体何に怯えることになるんだろう』
それに今答えるとするなら、俺が怯えている物、俺が怖いと思う物、それは多分。
「大丈夫。 裕哉、大丈夫」
「……葉月?」
葉月は俺の顔を見て、俺の目を見て、そして手を掴む。 小さい手で、しっかりと。
「裕哉が怖がってる物は、壊れない。 絶対に大丈夫」
「……はは、あはは! そうだよな? そうに決まってるよな」
「うん。 だから、心配しなくていい」
葉月は気付いたんだ。 俺が何に怯えているかに。 そして、言ってくれた。 その言葉程嬉しい物は、きっと無い。
「ありがとな、葉月」
「うん。 それより裕哉、山が」
……見事に崩れている。 いつの間にか波が打ち寄せていたのだろう。 ほんと、簡単に崩れる物だな。
「また一から作るか。 なんなら防波堤作るか?」
「了解。 私は山を作るから、裕哉はそっちをお願い」
「はいはい。 りょーかい」
二人して砂遊びをする高校生。 中々に切ない光景ではあるが……一生懸命に山を作る葉月を見ていたら、割りとどうでも良くなってくる。
「裕哉、手が止まってる」
「ん、ああ。 悪い悪い」
葉月に言われて、防波堤を作り始める。 そんな時、手に何かゴツっとした物がぶつかった。 砂を払い見てみると、少し大きめの貝殻。
「お、葉月。 どうだこれ」
「石?」
「いや貝殻だよ! 確かに石みたいな形だけどさ……」
「私も探す」
「はは、山作りはどうするんだ?」
「それもやる。 でも先に貝殻」
多分、俺が見つけたのが気に入らなかったのだろう。 自分も負けないと言わんばかりに探す姿はやはり、どこか子供っぽい。
葉月はそれからしばらく砂を掘り起こしたりして、数分経った後に一つの貝殻を俺に見せてきた。
「裕哉、これはどう?」
「おお、綺麗じゃん。 なんか星みたいだな」
「うん。 綺麗」
楽しそうに、葉月は貝殻を太陽に照らしながら見る。 で、その後俺の方を見てこう言った。
「私の方が強そう」
「どうしてそうなる!? 別に戦ったりしないからな!?」
戦わせるのか!? 勝敗どうやって決めるんだよ!?
「分かった。 なら山作り」
なんだよその「なら」って。 どういう繋がりだ。
そうは思いつつも、結局俺は葉月の山作りを手伝う為に、防波堤を作るんだけど。
「……そうだ葉月。 葉月って花火好きか?」
作りながら、一つ思い出した。 で、それを葉月に提案してみることにした。
「花火? うん、綺麗だから好き」
「そっか。 天羽がさ、花火大会あるって言ってたの覚えてるか?」
「豪華、ってやつ?」
「そうそう。 さっきのお礼ってわけでも無いけどさ、実は良い場所教えてもらったんだよ、さっき凜さんに教えてもらってな。 何でもとっておきの場所らしい」
あの人は「気になる女子でも誘って行け」だとか言っていたけどな。 一応、俺は断じてそういうつもりでは無い。 ただ、葉月に対してお礼がしたかっただけ。 そんな気持ちでこうやって誘いを掛けている。
「んで、花火大会って今日の夜だろ? ちょっと歩くけど、一緒に行かないか?」
俺が聞くと、葉月はパッと顔を上げて言う。 アニメなら目が光っているだろうくらいに輝かせて。
「行く!」
「そこまで好きか花火。 言っとくけど、他の奴らには内緒だからな。 皆に言ったら葉月に対するお礼にならないしさ」
「うん、分かった。 ならバレないように行こう」
「だな。 多分夜は上の方にある神社に皆で行くから……一緒に行動するか? その時。 もし別行動になったら連絡するから、バレないように俺のとこまで来てくれ」
「了解。 頑張る」
「……すげえ心配だな」
「大丈夫。 やればできる子」
言いながら葉月はガッツポーズ。 やれば出来るか……やっても全然出来ていない気がするけど、ツッコまないであげよう。
「なら良いけど。 それより葉月、そのペンダントここでも付けてるのかよ?」
俺が指さすペンダント。 それはいつか、俺が葉月にあげた物だ。
「うん。 気に入った」
「そりゃ良かった。 だけど海で付けてると錆びてくるぞ? つうか既に錆が……」
「……ほんとだ」
いきなり錆びたってわけじゃあ無いか。 葉月はあれから毎日これを付けているから徐々に錆が付いたのだろう。
「手入れとかしてないのか? その錆取ったり」
「できるの?」
「出来るよ。 結構汚れてるし、別荘戻ったら貸してみ。 とっておきの方法を教えるから」
「ほんと? やった」
ま、そうは言っても桜夜に教えて貰った方法だけどな。 なんでも、粒が入っていない歯磨き粉で洗うと綺麗に落ちるらしい。 ちょっとくらい自慢しても罰は当たらないだろう。
「ちょっと二人ともー! お昼ご飯食べに行くってー!」
そんな風に葉月と話し込んでいたところに葉山の声がして、俺と葉月は立ち上がる。 山作りは結局終わらせる事が出来なかったけど……まぁ、今度機会があった時にでもやれば良いか。 葉月自身も対して気にはしていないみたいだし。
「おーう! 今行くー!」
「だってよ、葉月。 行くか」
「うん。 お腹空いた」
「しかし、良かったのか? 葉山」
「んー? 何が?」
海の家は混雑しているということもあって、俺達一行が向かう先は定食屋。 天羽の祖母がやっているらしく、味は保証するとのことだ。
で、そこに向かう道中。 葉月は天羽と一緒に俺達より少し前を歩いていて、その更に前を蒼汰達のグループが歩いている。 そして一番後ろには俺と葉山。
「クラスの連中があれだけ居たらさ、お前の性格バレないかーって結構ヒヤヒヤするんだよ。 だから」
「ああ、そういうこと。 別に大丈夫っしょ。 今の今まで誰にもバレて無いし、バレたらバレたでその時はその時。 そんなの気にしてたらやってられないし」
「……ほんと、サッパリした性格だよなぁ。 少し羨ましいぞ」
「まぁでも、勿論バレないようにはするけどね。 こんな性格でも友達で居てくれるのって八乙女君と神宮さんと天羽さんくらいだよ。 少なくとも中学の時は、そうだったから」
「中学の時?」
「……気になる?」
「言いたくない話ならしなくて良いよ。 無理に聞こうとも思わないし」
「気になるか気にならないかで言えっての」
「いって! おま……いきなり蹴るんじゃねえよ」
「そういう変な気遣いとか良いから。 気になる? 気にならない?」
「……どっちかと言えば気になるけど」
「やっぱそう? いやでもさ、正直うろ覚えなんだよね。 なんか、すっごい腹が立った事があったんだ」
「お前常に怒ってないか?」
「は? どこがよ」
そういう所だよ。 今、あからさまに俺のことを睨みつけてるじゃん。
「冗談冗談。 で、その腹が立った事って?」
「だからそれが分からないの。 でも、私の事を全部否定された……ような気がする」
「葉山のことを? どういう意味だ?」
「私の性格の話。 前に話したでしょ? 小学生の時のお話」
小学生の時……。 えっと、確か周りの奴には両親が居て、自分には居なくて、それが悔しくてって話だったっけ。
「ま、要するに私は皆に囲まれていたかったんだ。 嘘でも良い。 本心じゃなくても良い。 私を必要って思う人に、囲まれていたかった」
「……で、私はこうやって皆を騙してるの。 良い案でしょ?」
「それが良い案なのか悪い案なのかは、何とも言えないな。 葉山自身がどう思うか、なんじゃないのか?」
「私自身かぁ……。 どうなんだろう?」
「どうなんだろうって。 俺に言われても」
「あはは。 だよね。 でも、その中学のある日まで、私はそれは良い案だと思ってたんだよ。 そうやって積み立てて、周りにチヤホヤされて、悪い気分では無かったし、悪いことをしているとも思わなかった」
「……ある日までってことは、そのある日に何かがあったってこと?」
「そ。 ま、さっきも言ったけど詳しく覚えてないんだよね。 だけど、お前のやってることは無駄なことなんだって、そう思わされたんだっけかな」
「それもどうだかな。 無駄とか無駄じゃないとか、どうでも良いんじゃないか?」
「……八乙女君も大概、サッパリしてるわよね」
そうでも無いって。 俺はただ、物事ってそんな一言で済ませられる物では無いと思っているだけなんだ。
「はー。 なんか話してたら訳分からなくなってきた。 少なくとも今は、そんなのよりあの天羽よ、天羽」
それを聞いて、少し俺はドキッとする。 もしかしてとか、思って。
「……天羽がどうかしたか?」
「うーん……。 やっぱり忘れるのはおかしいって感じなのよね。 天羽……天羽、羽美」
「なんだ、まだ気にしてたのかよ? 俺でも中学一緒だった奴でそんなに関わりが無かった奴のことなんて全部覚えて無いぞ?」
「それでも引っ掛かるのよ。 中学一緒であの性格……それに顔だって見たこと無い……気がするし」
「それじゃあ、イメージが違うとか? 高校デビューとかして、ああいう性格になってるみたいな」
「無くは無いわね。 でも顔にすら覚えがないっておかしくない? あいつって結構美人でしょ? 私、そういうのは全部覚えてる筈なのよ」
「ふうん。 ま、思い出せない以上考えても仕方ないだろ。 それより折角の旅行なんだし、もっと楽しもうぜ」
「……あー。 八乙女君は神宮さんと花火見るんだっけ? そりゃ楽しみだよね~」
「そうそう……ってお前なんで知ってるんだよ!? 聞いてたのか!?」
「え、マジだったんだ!? 適当に言ったけど当たるとは思わなかった!!」
適当に言っただと!? こ、この、こいつ……嵌めやがったな。 頭が良い奴はこれだから嫌なんだ。
「……別に変な意味じゃないって。 ただ、ちょっとしたお礼でさ。 あいつ花火好きだって言うし、凜さんが良い場所教えてくれて」
「はいはい。 分かったわよ……ふうん、へえ、そうなんだぁ~」
「あのなぁ、お前絶対勘違いしてるだろ。 てか、誰にも言うなよ? 皆で行っても意味無いし」
「はぁ、ほんっと八乙女君って……あー、やっぱ良いや。 誰にも言うなってことでしょ? 私もそれくらいは空気読めるわよ」
「信用出来ないんだが」
「ならこうしない? もしも私が誰かに言ったら、八乙女君は代わりに私の性格を皆にバラしていい。 どう?」
「そんなこと出来るわけ無いだろ。 嫌なんだろ? それ」
「そうだけど、それが?」
「だったらやっぱり言えない。 お前が言ったとしても」
葉山はそれを聞き、にっこりと笑う。 いつもの嫌な笑い方とは違って、皆に向ける作り物の笑顔とも違って。 自然な、本当に自然な笑顔。
「その辺が私と八乙女君の違いかなぁ。 ま良いよ、言わないであげる。 何か手伝うことあったら言ってね」
「そりゃどうも。 手を煩わせないように努力しますよ」
「あはは。 よろしいよろしい」
そう言うと、話は終わりと言わんばかりに葉山は俺から離れ、少し前を歩く。 そんな背中に俺は、一つ気になったことを聞いてみることにした。
「なぁ、葉山」
「ん? 何?」
「お前さ、さっき自分がやってたのを良い案だって言ってたよな?」
「うん。 それが?」
別にこれを聞いたからと言って、何がどうなるわけでもない。 葉山も今更それを止めようだとは思わないだろうし、性格がいきなり変わるってことも無い。 だからこれは、きっと自己満足だ。
「そうやって生きてきて、そうやって過ごしてきてさ。 お前は今、幸せか?」
「……なんだか意味深な質問ね。 まー、でも」
そして、葉山歌音は言う。 いつものようにいたずらっぽく笑って。
「幸せだよ。 あの時無かった物も、今は持ってるしね」
その言葉が本物なのか、偽物なのかは分からない。 知っているのは葉山だけで、葉山だけが知っていればそれで良い。
昔の事をずっと考えている葉山が、果たして今を見れているのかは別として。
そして、夜がやってくる。 俺がこの旅行で危惧している一つの事は、未だに起きていない。 このまま何も起きずに、この旅行が終われば良いんだけど。