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神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
葉山と天羽の関係とは
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思い出せない思い出、思い出した想い出

昔、もしかしたら私は会ったのかもしれない。 一人の少女と、どこかで。


それはもう忘れ去った昔の事。 覚えていなくて、当然の事。


だけど、それは忘れては駄目な事だったんだ。 覚えていなければいけない事だったんだ。


少女にとっては大きな物で、私にとっては小さな物で。 たったそれだけのことで、私は忘れてはいけない事を忘れてしまった。 綺麗さっぱり、跡形も無く。


そんなのは忘れても仕方の無い事だと、誰かが言う。


いいや違う。 忘れたのは私がいけないんだ。 もう少し、あの頃に周りを見ている事が出来れば、きっともう少し真っ直ぐ前を見ることが出来たはず。


それでどうするつもりだと、誰かが言う。


知らないよ、そんなの。 でも、私が覚えていたらもしかしたら変わったかも知れないでしょ? 少なくともその少女にとっては、私の存在は大きな物だったんだから。


本当に変わると思うのかと、誰かが言う。


分からない。 分からないけれど、そうやって私がもっとしっかりしていれば、こうやって後悔する事も無かったんじゃないかな。


頭を抱えて、顔を埋めて、世界から逃げるように。 背中を向けて、下を向いて、目を背けて、聞こえない振りをして、見えない振りをして。 自分から逃げるように。


今も昔も、私はそうやって生きている。 だから私は、八乙女やおとめ裕哉ゆうやという人物に腹が立つ。 それはきっと、同族嫌悪だ。






「よし、それじゃあまた後で。 一応、別荘の位置は羽美うみが案内してくれる。 あーっと、それで裕哉、少し付き合ってもらって良いか?」


「……はい」


あれからしばらくの車旅を終え、目的地である別荘の近くへと到着。 ここから見える海は真っ青で、綺麗に広がっている。 そのおかげもあってか風は心地が良い。


「それじゃ、皆とりあえず別荘行こうか? 八乙女くんはお姉ちゃんに案内してもらってね。 ってわけでまた後でー!」


人事だと思いやがって……。 いやそれより、葉山はやまはどうなんだよ!? あいつも話し合いの場に居るべきだろ!?


「まったね~。 八乙女君っ」


張り倒してやりたい。 ほんと、人の不幸を見ている時の笑顔が一番輝いているってのが嫌な奴だ。


「裕哉、お墓は決めておく」


葉月はづきはそういうのを前提にしないでくれっ!」


気が滅入ってしまうよ……折角旅行に来たのに。 なんで俺はこういう目に遭うのかな。


「よし。 それじゃあ裕哉、少しあっちで話そう」


「生きて帰れますか?」


「あたしは医者だぞ? 生きて帰すしか無いだろ」


上手いこと言ってくれる。 勿論、褒める事はしないけども。


そして俺は近くにあった建物の裏に連れて行かれ、りんさんと話をすることになった。


とてもじゃないが、人に出来る話ではない話を。




「はぁ……」


「裕哉、またため息」


一時間程の話し合いが終わって、俺はようやく別荘へと到着。 凜さんは近くの民宿に泊まるらしく、何かあったら電話しろとの事で、番号を半ば無理やり教えられた。


「色々あってな。 まぁ、折角の旅行だし楽しむけどさ。 天羽あもうと葉山は?」


「海に行くって。 槇本まきもと達も行ってるみたい」


「ふうん。 で、葉月はどうしてここに居るんだ?」


「……諸事情」


俺も海に行こうと思っていたのに、葉月は未だに着替えていない。 水着が恥ずかしい……ってわけじゃないよな? 選んでるときも結構楽しそうだったし。


「何か理由あるのか? 実は泳げないとか」


「泳げないのもそう。 だけど、違う」


泳げなかったのかこいつ。 まぁ、運動神経は皆無だし、そうだろうとは思ったけどさ。 別にそこで驚きはしない。


「うーん……。 俺に出来る事なら手伝うけど……どうしたんだよ?」


「……じゃあ、命令」


久し振りだな、この感じ。 最近では困り事も俺が先に終わらせておいたから、あまり無かったんだよな。


「おう、何だ?」


「……その、水着……水着の紐、結んで」


「……紐?」


「……うん。 上の方、自分だと結べない」


……これはなんというか、予想以上に難題だ。


「俺で良いのかよ……。 てか、それこそ葉山とかに頼むべきじゃないのか?」


「やだ。 葉山に言うと……多分馬鹿にされる」


まぁ、そうだろうとは俺も思う。 でもなんだかんだ言って馬鹿にしながらもあいつはやってくれるだろ。 そういう奴だし。 余程、葉山に馬鹿にされることが癪なのかな。


「分かった分かった……。 だけど、結べるまで絶対こっち向くなよ? 良いな?」


「うん。 ありがとう」


「はいよ。 じゃあとっとと着替えて海行こうぜ」


こいつも最近では、結構素直にお礼を言うようになってきた。 それこそ笑顔だったりはしないけど、だけど何だか、前よりも表情に変化は見えてきたかもしれない。


俺がそういう風に勘違いしているだけかもしれないが。


「……よろしく」


葉月は俺に背中を向けたまま、タオルを取る。 で、水着の上を抑えながら待っている。


簡単に返事をした物の、なんだこの展開は。 誰かに見られたら間違いなく誤解されるぞ。


「裕哉?」


「ん、ああ。 悪い。 今やるから」


そう言って、俺は垂れている紐を手に取る。


「キツかったら言えよ? 俺だとどのくらいキツく結べば良いのか分からないし」


「うん」


それにしても、こうやって葉月の背中を見るのは初めてだな。 まぁ、それもそうなんだけど。


色白で、本当に小さな背中。 軽く押しただけで壊れてしまいそうな背中だ。 そんな危うさみたいな物が感じられる。


綺麗で、透き通るような肌はやはりどこか人形っぽくもあり、ついつい俺はそれに触れてしまった。


「……ひっ」


「……おあ!? 悪い! 驚いたよな? ごめん」


「……別に良い」


……ああもう、俺は一体何をやっているんだか。 多分この妙なシチュエーションの所為で、変な行動を取ってしまったのだろう。 ちゃっちゃと結んでさっさと海へ行こう。 そうするべきだ。


「よし、出来たぞ。 大丈夫そうか?」


「うん、平気。 裕哉」


「ん?」


「……あれ?」


珍しく、葉月が淡々とした喋り方では無くて、疑問に思ったように口にする。 何だ?


「あれ、なんで?」


「何が? どうした?」


「……何でも無い。 先に行ってる」


「お、おう。 気をつけてなー」


しかし葉月は俺の質問には答えず、別荘からそそくさと出て行った。 一体今のは何だったんだろう? 俺の顔を見て、何か疑問に思ったような感じだったけど。


まぁ、葉月は何でも無いと言っていたし、俺も気にするのは止めておいた方が良さそうだ。 それより今は折角来たんだし遊びたい。 すぐに着替えて海に行くとしよう。




「いやぁ、やっぱり海って良いな! 裕哉!」


蒼汰そうたか。 まぁな、暑い中海ってのは良いよなやっぱり」


「そうじゃねえ! そうじゃなくてだな、俺が言いたいのは海プラス水着女子の組み合わせだ!」


「……お前はほんと、そういう話大好きだな」


むしろ蒼汰とそれ以外の話を滅多にしないんだよ。 中学の時はもうちょっとまともな奴だったと思うんだけど。


「何も感じない男なんて居るわけ無いだろ!? やっぱりいいよなぁ……海」


「今度は同意しないぞ」


「お前は本当にゲイなのか疑いたくなるレベルだな。 葉山に神宮じんぐうさん、それに最近では天羽さんと一緒に毎日過ごしているってのに」


「あのな、あいつらは別にそんな……」


「そんな良くないってか!? お前マジでそろそろ男子全員から鉄拳食らうぞ!?」


理不尽だなそれ! 葉山だって天羽だって、殆ど成り行きで一緒になっただけなのに! てか葉山なんて一緒に居て良いことなんて数える程しかねえぞ!? マジで!


「……俺も入ろうかな、裕哉の部活」


「そういう話は葉山か葉月に言ってくれ。 基本的には葉山の方が部活を纏めてるけどな」


「へえ。 やっぱ葉山は格好良いよなぁ……」


表向きはな。 表向きは俺もそう思うよ。


「いやでも、やっぱ天羽さんも良いよな? 性格も明るいし、スタイルも結構良いし。 まあ、葉山には敵わないけど」


「そうかぁ? 別に普通じゃないのか?」


「ああ、お前は神宮さん派だもんな」


「……別にそういうわけじゃないって」


「だって、人気投票の時だって神宮さんに入れてたじゃないか。 思いっきり黒板に自分で書いて」


「……あれは忘れろ! 今思い出すとすげえ恥ずかしくなってきた!」


背中がむず痒くなる話題だ。 何で俺はあんなことをしたんだろう。


「言っとくが、教室内では噂になってるぞ。 お前と神宮さんの関係」


「一応聞いとく、なんて?」


「上司と部下。 ちなみに神宮さんが上司な」


「どうしてだよっ!? なんで俺があいつの部下なんだ!?」


「く、首を締めるな裕哉……息が……」


「あ、悪い悪い。 ついな。 ははは」


「ついで殺す気だっただろ!? お前いつからそんな性格になった!?」


元々だろ。 そうでないとしたら、あいつらと一緒に居る内に変わったんじゃないか。 悪い方向に。


「だって仕方ないだろ? お前いつも神宮さんと一緒に居るし、飲み物とか買いに行かされてるし」


「……あれには色々深い事情があるんだよ」


「不快な深い事情が?」


「……」


「いてっ! 無言で叩くなよ!」


「なんとなく腹が立った」


むしろ叩いた俺を褒めて欲しいね。 この場に葉山が居たらこれだけでは済まなかったんだし、絶対。


「……理不尽だな。 ところで裕哉、裕哉はどれがお気に入りだ?」


「お気に入り?」


「女子の水着だよ! 決まってんだろ!?」


「いやそう言われてもな……」


確かに、言っていることは分かるけど……。


「俺としては、川村かわむらの水着がイチオシだな。 派手な色でも、派手なタイプでも無いワンピース型水着。 ああいう控え目な性格が出ている感じがベストだ!」


「そりゃ良かったな。 で、他には?」


「うーん……葉山のタンキニも良い感じだ! てっきりビキニを着てくるかと思わせておいて、あのセレクト! やっぱ葉山は気遣いが出来る大人系女子だよ。 うん」


……なんか気持ち悪いなこいつ。


「……んで、他は?」


「おい、お前なんか適当に流してないか!? 折角俺が解説してやっているのに!」


「いやだって、だから何だよ? って感じだし。 あいつらが何着て来ようが自由じゃないか?」


「つまり、俺達がいくらそれを凝視して解説しても自由ってことか? 着てきた本人たちが悪いってことで」


「……そうは言ってないけど」


というか、俺もそろそろ海に入って遊びたいんだが。 それに葉月の面倒もみないと、あいつすぐどこか行くしな。 今は砂浜で何かを作っているけど。


「っぁああああ!?」


「うるさっ! お前いきなり大声出すんじゃねえ!」


「聞け裕哉!! 大事なこと忘れてたッ!!」


「一体何だよ!? 俺もう海に入りたいから早くしてくれないか!?」


「そう怒るな。 本当に大事なことなんだよ。 川村と葉山の水着を解説して、天羽を忘れるとは……。 あいつのセパレートもかなり良い! 自分の事が分かっていてこそだ!」


「そりゃ良かったな。 じゃあまたな」


「待ってくれよぉおおお! お前が居なくなったら俺一人ぼっちじゃねえか!」


「知るか!! なんで海まで来てお前の水着解説を聞かされないといけないんだ! 聞かされる身にもなってみろ!!」


「いやいや、まだ最後の一人が残ってるから! それだけ聞いたら行って良いから!」


「……はぁ。 ったく、何だ?」


「最後は裕哉の仲が良い女子ナンバー1の神宮さんだ!」


「その仲が良い女子ナンバー1ってのはやめろ」


「女子の間だと噂になってるんだぜ。 組み合わせがありえなくて面白いって。 一見したら美男美女だが……二人の性格からして、どうしてそこで仲良くなったのかが不思議らしい」


「……俺ってどんな奴だと思われてるんだ? 女子に」


「いつも何を考えているか分からなくて、ボーっとしてる奴。 で、しっかり者だけどどこか抜けている。 急に説教を始める不思議系男子。 こんな感じだな」


「ただの怪しい奴だな、俺」


それより途中にあった「どこか抜けている」の部分が軽くショックだ。 一生懸命どうにかしようと努力はしているんだけど……染み付いた性格ってのは中々治らないのかな。


「んで、裕哉と一緒に居るようになってから神宮さんはどこか楽しそうにしている。 だからこういう噂がある」


「裕哉と仲良くなった女子は幸運を手にする。 なんてな」


「今すぐその噂を根絶してえ! だから最近女子に話し掛けられるのか!? てっきりモテ期が来たんだと思ってたけど!」


聞きたくない事実だった。 ただ俺は幸運を呼び寄せるから声を掛けられてただけかよ。 少し浮かれていた俺を殴りたい。


「ま、その話は今は良い。 神宮さんの話に戻すぞ」


「あ、ああ……で、葉月がなんだ?」


「実に俺は良いと思う。 確かに幼児体型だし、一見ビキニは似合わないように思えるが……そのギャップが実に良い! 背伸びして着ている感じが実に良い!」


「それで、更に言わせて貰えばあの背中の結び目だ。 自分でやったとは思えない程綺麗に結べている。 ああいう地味に見えてくる器用な所もポイント高いぞ」


いや、それは俺が結んだ所為だな。 とてもじゃないが言えないけれど。 というかそこまで見ているお前が心底気持ち悪い。


「良く見れば足は細いし、肌も綺麗だ。 で、まあ胸は残念だけど……あいたっ!!」


「何だよ裕哉!? いきなり殴るなよ!!」


「別に、なんかお前の気持ち悪い解説が頭に来た」


「酷い奴だな……。 ま、確かにその通りかもしれない。 海に来たからにはやっぱり遊ばないとな!!」


「だから俺はさっきからそう言ってるだろ? もう行っても良いか?」


「おう! 俺は葉山を誘って遊んでみることにする!」


最後にそう言うと、蒼汰は葉山達が遊んでいるところへと向かっていく。


こいつ、まだ葉山の事諦めて無かったのか。 部室でちょくちょく「お前の友達どうにかしろよ、八乙女君」とか言ってくるのでなんとなくは気付いていたが。


「やっと静かになったか……。 さて、俺はどうするかなぁ」


とは言っても、正直言って行く場所は一つしか無さそう。


だって葉山達八人は何やらビーチボールを出して、全員で遊ぶ様子だし。


するとやはり、俺はあの砂浜で寂しく一人で遊んでいる葉月の所に行くしか無いだろう。 なんかあいつも今俺に気付いて、手招きをしているしな。


「……何やってんだか、あいつは」


そういえば、結局俺の予想通りだったな。 葉月は水遊びというより、一人で砂遊びでもしていそうなって思ったやつ。 ここまで葉月の事が分かってしまう自分が怖い……。


そんな事を思いながら、俺は葉月の元へと歩いて行った。

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