いざ、旅行!
「えーっと、一回買った物のチェックしよっか。 買い忘れてる物あるといけないし」
「裕哉、あそこ」
「ん? ああ、アニメのグッズも売ってるのかぁ。 色々あるんだな、ここって」
「うん。 見に行こう」
「……はいはい」
「薬は買ったでしょ。 で、着替えは各自持ってくるし……使い捨てカメラとかも買った方が良いかな?」
「八乙女くん! 見てあれ! あれなに!?」
「今度はお前か。 あーっと、あれは何だ……? なんかポットみたいな形だな」
「あれは揚げ物を作れる。 油要らず」
「あれで揚げ物出来るのか!? 凄いな……」
「おお! 壊滅的な腕前のあたしでも作れるってこと!? ヤバイ! 買おうかな!?」
「これはオッケーで、これもオッケー。 で、さすがに非常食なんていらないよね……」
「天羽、見て。 これでいつでも裕哉を倒せる」
「おう!? なんか強そうな形の……これは?」
「バール」
「やめろ! そんなので殴られたら倒れるどころか死ぬだろうがっ!」
「……あんたらは話を聞けぇえええええええええええええ!!!!!!」
「いてっ! なんで俺だけ!?」
「八乙女君が一々こいつらのノリに付き合うからよ! それより今日の目的は違うでしょ!?」
葉山に任せて俺達は気になる物を見ていたところ、ついにというかやはりというか、葉山はキレた。 カルシウム不足じゃないのかな。
俺なんて自分で旅行に行こうと準備したことも無ければ、当然葉月だってそうだろう。 天羽も意外と世間知らずな部分があるからそうだろうしな。 だから葉山に任せていたのだが……さすがに任せすぎたかもしれない。 とも思わなくも無い。
「分かった手伝うよ……。 次は何を買うんだ? もう殆ど買ってるように見えるけど」
「一応……次で最後。 あそこ行くわよ、あそこ」
「あそこ?」
「決まってるでしょ、水着売り場」
「……どうして俺が一緒に付き添わないといけないんだ」
それから俺達四人は葉山に付いて行き、水着売り場に到着。 夏休み前ということもあって、割りと人が多い。
「はぁ? 散々私に任せておいて「じゃあ俺は待ってるから」とか言うつもり? 後で屋上いきましょ」
「勘弁してください」
屋上好きだなお前。 バリエーション少しは増やしたらどうなんだよ。
「……」
無言で睨まれた。 滅多な事は思わないほうが良いな。 ごめんなさい葉山さん。
「どっれっにっしっよっうっかっな! おお! ねねね、これどう?」
天羽は言って、俺の肩を叩く。 振り向くとそこには競泳水着を持った天羽の姿。 自分の体にそれを合わせて、俺にそう聞いている。
「お前は一体どこに行くつもりなんだ」
「海! 羽美ちゃんは海に行くんだ!」
これにはツッコまない方が良さそうだ。 こんな程度の低いギャグに付き合う程、俺も暇ではない。
「裕哉、これ可愛い」
袖を引っ張ってきた葉月の方を向くと、持っているのは確かに可愛らしい水着。 黒の小さなビキニで、所々にフリルが付いていて実に女子っぽい水着。
「……確かにそうかもしれないけどさ、葉月それ着るのか?」
確かに普通の女子高生とかが着るのは良いと思う。 でも、こいつって人一倍恥ずかしがりみたいなところあるんだし……。
「……」
無言で俺に水着を叩きつけるなよ! なんか悪いことしたみたいじゃん!
「私はこれかなぁ? どう? 八乙女君」
「……お前のはどうでも良いかな」
「……チッ」
「いっつぁ! だから脛を蹴らないで……」
もう帰りたい。 なんでこんなわけの分からない物に付き合わないといけないんだ。 切実に帰りたい。
そんな風に思っている時、後ろから声が掛かる。
「あれ? 裕哉じゃん。 何してんのこんなところで……」
振り向くと、そこには水着を持った誰かでは無くて、見知った顔。 見慣れすぎた顔。
「蒼汰? お前なんでこんなとこに」
「いや待て裕哉。 お前この状況なんだよ。 ぶっ飛ばすぞおい!!」
「待て待て落ち着け! とにかく胸倉を掴むんじゃねえ!」
全くなんて騒がしい一日だ。 葉月と一緒に居ると、本当ロクなことが起きないぞ。
「ってことはなんだ、お前らも海に行くってこと?」
俺の目の前には友人である北沢蒼汰。 それに相馬和孝、その相馬と良く一緒に居るサッカー仲間の霧生隼人。
「ああ、まーな。 しっかし、お前はどんなハーレム築くつもりなんだ……」
呆れ顔で言ってくる相馬。 別にそんなつもりでは無いんだけど。
「でも、お前らも女子と一緒って言ってたじゃん。 そいつらは?」
「槇本と川村と円爾な。 あいつらはなーんかお茶飲んでくるとか言ってどっか行った」
淡々とやる気無さそうに言うのは霧生。 普段から常に面倒臭そうなオーラを出している奴だけど、こうやってイベントには参加するんだな。 意外と言えば意外だ。
「つうかお前は羨ましすぎるんだよ裕哉! なんであろうことか葉山さんと神宮さんと天羽さんなんだ!? クラス内でダントツの三人じゃねえか!」
「痛い痛い痛い痛い!! 首を締めるなっ!」
お前はあいつらの性格を知らないからそんなことが言えるんだよ! 俺がどれだけ災難に遭っていると思ってるんだ!
「あ、てかさ。 八乙女、お前達はどこ行くの? 俺達はちょっと遠いけど――――――」
相馬が言った行き先。 俺はそこに聞き覚えがあった。 いやだってそこって。
「……一緒じゃん、俺達と」
その後は面白いように話が進む。 まず初めに「なんかお前ムカつくな」との蒼汰の言葉から始まって、俺が反論しているところに槇本達が戻ってくる。 で、同じ場所ならどうせだし一緒に行かない? という話になる。
その話を未だに水着選びに夢中の三人に話すと、意外にもあっさり承諾。 こうして十人という大人数での、ひと夏の旅行が決まったというわけだ。
現地集合で、俺達四人の部活仲間は当初の予定通り、天羽の姉の車で。 蒼汰達六人は電車で。 到着したら連絡を取って、集まろうとの話に纏まる。
そして、その日がやってきた。
夏休みの中盤。 世間一般ではお盆という時期。 天気は快晴で、気温は平均よりもやや高め。 30度は超えていると思われる。
「悪い! 遅れた!」
大事な日こそ遅刻というのは俺と葉月の場合はもう通例だ。 というか殆ど葉月の所為だけど。
なんでも昨日までの夏休みライフを毎日毎日飽きることもなくアニメを見ていた所為で、生活リズムが崩れているとのこと。 女子ってのはそういうのは肌に悪いとかで気を遣う物だと思っていたのだが、こいつの場合は違うのかもしれない。
けど、それでも肌とかスベスベだけどな。 男の俺からしても羨ましいくらいのスベスベっぷり。
「ったく、結局八乙女君と神宮さんは相変わらずか。 またどうせ神宮さんの所為でしょ?」
集合場所である校門前に、腕を組んで不満を言うのは葉山歌音。 こいつはやはり、三十分前には来ていたのだろう。 前回のが本当に異例だったのだ。
「……なんか、見たいアニメの録画が大変だったらしい」
「そう。 何本も予約しておかないと駄目」
「そういうのは事前にやっておきなさいって。 ていうかそれに付き合う八乙女君も八乙女君よ。 それで遅刻とか駄目でしょ。 放っておいて来たら良いのに」
「それをやったらこいつは絶対来ないだろ。 面倒臭がって」
頭をぽんぽん叩きながら言う。 一度だけ放ってきたことがあるんだけど、結局俺が部屋に行くまでこいつはアニメを見ていたんだ。 だらしないってレベルじゃない気がするよ、本当に。
「……そこを更に放って置けないのが八乙女君の面倒なところよね」
「悪かったって……。 そういや、天羽は?」
あいつも遅刻常習犯ではあるが、大体は俺と葉月と同じくらいにいつも来ているんだけど……。 今日は姿が見えない。
「天羽さんはお姉さんの車で来るって。 てかさっきメールあったでしょ? 校門前で待っててってさ」
言われてメールをチェックすると、確かに一件新着メールあり。
「ああ、走ってて気付かなかった……。 なるほど、それじゃあセーフってことだな」
「アウトよアウト。 私を待たせた時点であんたらはアウト」
「天羽も?」
葉月が聞くと、葉山はすぐに答える。 そんなのは常識と言わんばかりに。
「当たり前でしょ。 私を待たせるとか何様のつもりなわけ? あの血塗れ女とそのお姉さんは」
血塗れ……ってのは天羽の髪色のことか。 葉月に対する黒髪人形とか、髪の色とかから悪口を良く思い付くな。 俺の場合はどんな悪口になるんだろ?
「お、あれじゃない? 天羽さん」
それから葉山から愚痴を延々と聞かされながら待つこと数分。 葉山が指をさしながら言って、顔を向けている方向を見ると一台の車。 荷物と人数を考えてくれたのか、黒のバンだ。
その車は校門の前に止まり、助手席側の窓が開く。
「お待たせ! ささ乗って乗って! 早くしないと追手が来るから!」
「追手!? お前何に追われてるの!?」
「あたしじゃなくてお姉ちゃんがね、さっきまで激しい戦いを繰り広げていて……」
バコン! という音と共に天羽の顔が下を向く。 恐らく叩かれたのだろう。
「……と、とりあえず乗って?」
涙目で言う天羽はなんとも可哀想にも思えてくる。 結構痛かったのかな……。
しかし、天羽の姉って一体どんな人なんだろう? こいつの姉だろ? なんか更に明るい性格だったらどうしよう。
「んじゃ、行こうか」
俺が言って、葉山と葉月は車に乗り込む。 助手席が天羽で、その後ろに俺。 すぐ隣に葉山で、運転席の真後ろは葉月。
「じゃあしゅっぱーつ! 皆忘れ物ないよね?」
「ああ、大丈夫。 それよりえっと……天羽さんのお姉さんですよね?」
車を運転するのは結構若い女の人。 年齢的に、そう天羽とも離れていないように見える。
髪は黒で、一つに結んである長い髪。 ここからだとよく見えないが、目つきは何だか凄く鋭い。
「ああ、そうだ。 あたしは天羽凜。 こいつの姉だよ」
「あ、俺は八乙女裕哉って言います。 今日はすいません」
「別に良い。 少しついでの用事もあったしな。 で、後の二人は?」
思っていた性格とは少し違う……かな。 なんというか、ハキハキした喋り方と突き刺さるような視線。 で、格好もえらくラフだし……なんだか男っぽい人だな、なんて思った。
「私は葉山歌音です。 今日はわざわざありがとうございます。 天羽さんにはいつもお世話になっていて」
「あはは! 羽美、お前の言ってたのと一緒だな? 表向きはすごい真面目って。 ははは!」
言ったのかよ! ってことは当然、裏もってことだよな?
「んで、性格が悪いんだっけ?」
「あ、あはは……」
「別にそんな警戒するなよ。 誰だって性格に悪いところの一つや二つくらいあるだろ? そんなことより最後のお前は?」
バックミラー越しに、天羽の姉は葉月の事を見る。 あいつ大丈夫かな……。 葉月が一番苦手にしそうなタイプの人だけど。
「……」
「ん?」
やっぱ駄目だ! 葉月の奴喋れてねえ!
「あ、あー。 こいつは神宮葉月。 ちょっと口下手っていうか、人見知りっていうか、そんな感じなんで気にしないでください」
「へえ、なるほど。 てっきり人形が乗ってるのかと思ったよ」
それはそれで驚きだよ。 自動で動く人形じゃないか。
「ま、短い間だけどよろしく。 八乙女裕哉に、葉山歌音に、神宮葉月か。 良い友達を作ったな、羽美」
「へへ! そうっしょそうっしょ!? あたしの自慢の友達だよ!」
「お前らも、悪いな。 こいつと付き合うのは面倒だろう? 感謝してるよ」
「いやそんな大袈裟な……」
ただ普通に、友達ってだけだ。 俺達と天羽は。
「そだ!! ねえねえ、ちょっと皆聞いて! お姉ちゃんってこう見えて仕事してるんだけど、何の仕事してると思う!?」
「おい羽美。 こう見えてって言ったか?」
「ご、ご覧の通り……」
姉貴は絶対って感じだな。 ちょくちょく恐れている節はあったけど、確かにこの威圧感は笑顔の葉山以上である。
「うーん……教師! とか?」
「はは! そう見えるか? 歌音」
ふむ。 いきなり名前呼びか……結構ずかずかと入ってくるタイプの人なのかな? その辺は、ある意味葉月と似ているかもしれない。
「意外な感じで……みたいな。 あはは」
「残念ながら、あたしは教師向きじゃなくてね。 子供ってのが苦手なんだよ、気持ちを読むのも苦手だ。 だから、あたしじゃとても務まらないさ」
「……あ、なんかごめんなさい」
「ああ、別にお前らの事を言ってるわけじゃない。 ただ、あたしが向いていないって話だから」
そうだろうか? 俺にはなんとなく、確かに厳しいだろうけど……それ以上に、優しさを持った人にも見えるけどな。
「やっぱ分からないよねぇ。 お姉ちゃんはね、お医者さんなんだよ。 しかも結構偉いらしい!」
「え!? 無免許ってことか!?」
「……ちょっと八乙女君」
あやべえ、ついいつものノリでツッコミを入れてしまった。
「おい八乙女裕哉とかいったな、後で話がある」
「……はい」
今すぐ車から飛び降りたい。
「……ぷぷ」
そんな笑い声が聞こえて横を見ると、葉山が満面の笑みを浮かべていた。 心底嬉しいのだろう。 本当に嫌な奴だなこいつ!
「凜、凜」
「ん? おおう、お前か。 どうした?」
急に発言するから俺までびびったぞ。 てか、いきなり目上の人を呼び捨てにするなよ……。 凜さんがたまたまそういうの気にしないタイプで良かったが。
「さっき、葉山が言っていた。 私を待たせるとか何様のつもり。 って」
「……ほう?」
「天羽の事を血塗れとも言っていた。 悪そうな顔で」
「あたしの妹の事をそう言ったのか。 なるほど」
「今度会ったらあいつら殴ろうって」
「……そうか」
「ちょっとあんた何言ってるのよ! 殴ろうとまでは言ってないでしょ!!」
「ということは、それ以前の事は言ったという認識で良いんだな。 歌音」
「へ!? あ、いや、それは……」
「お前にも後で話がある」
良くやった葉月! これでもういつもの恩返しくらいにはなったぞ! さすが!
「……あんた後で覚えておきなさいよ。 この黒髪人形」
「言ったことは事実じゃないか。 それで葉月に八つ当たりするなって」
「はぁ!? 別に言わなくても良いことをこいつが言うからでしょ!! 八乙女君の場合は自業自得だけど!」
「お!? ファイトする!? あたしどっち応援しようかなぁ!!」
「しねえよ! それに応援じゃなくて止めろ!!」
「ははは! 騒がしい奴らだな。 これならお前も暇しないだろ? 羽美」
「へへへ。 まーね、毎日楽しいよ、本当に」
葉山に引っ張られて、耳元でギャーギャー悪口を言われながら、俺は視界の隅に天羽の横顔を見た。
どうしてか、それとも俺の見間違いだったかもしれない。 状況が状況だしな。
だけど、何故かその横顔は少し、悲しそうな物だった。