クッキー(わさび入り)
葉山 歌音:それじゃあ明日、朝の10時に学校前ね。 分かった?
神宮 葉月:分かった。
八乙女 裕哉:了解。 しかし本当に葉山に任せるとすぐに話が纏まって助かるな。
天羽 羽美:んだねー。 いつもは鬼だけど、こういう時は助かるよ!
八乙女 裕哉:鬼って言うよりかは、悪魔だろ?
神宮 葉月:葉山はただのクズ。
天羽 羽美:葉月ちゃんは相変わらずの毒舌だなぁ! クズまでいったら可哀想だよ? 良くてやっぱり八乙女くんが言ってた悪魔だとか、その辺じゃない?
神宮 葉月:どっちにしろ、最悪な性格。
天羽 羽美:わはは! 確かに!
八乙女 裕哉:……あんまり言ってやるなよ。 確かにその通りだけどさ。
今日はアプリを使って会議。 夏休みに入って一日目の今日だが、この大雨ということもありこういう形となった。 俺と葉月はともかくとして、葉山と天羽に外で会おうと言うのもあれだったから。 晴れていたなら部室に集まっても良かったんだけどな。 あそこは本当に居心地が良いし。
で、今日話し合った内容は旅行の予定と事前準備のことについて。 その結果日程も無事に決まり、明日はその事前準備という名目で遊ぶことになった。 学校前に集まってから近くにあるデパートへと行こうとのこと。 葉山曰く、簡単な物ならなんでも揃えられるらしい。
天羽 羽美:あは! ごめんごめん! ついね。 八乙女くんもそんなこと言いながら、心の中では?
八乙女 裕哉:想像に任せる。
天羽が絵文字を使いながらそう発言して、俺が察してくれと言わんばかりにそう言った後、最後にこんなメッセージが流れてきた。
葉山 歌音:あんたら明日覚えとけ。
「おーっす! 葉月ちゃんに八乙女くんっ! 今日もあっついねぇ!」
「おはよう。 そういうお前は今日も元気だなぁ」
次の日。 約束通りに俺と葉月が10時前に校門で待っていたところ、最初に現れたのは天羽だった。 こいつは遅刻常習犯なんだけど、こういうイベントの時はしっかり時間を守る奴らしい。 いつも朝のホームルームで「おお! セーフ!」って言いながら入ってくるのはもう恒例になりつつある。
「後は葉山。 珍しい」
「珍しい? えっと……どゆこと?」
葉月の発言に天羽は首を傾げながら聞き返す。 こいつって葉山と同じ中学だったんだよな? それならあいつの性格も知っていると思うんだが……。
「あー、葉山ってああいう性格だけど、割りとキッチリしてるところはキッチリしてる奴なんだよ。 だから集合時間の三十分前にはいつも居る感じでさ。 こういう風に一番最後ってのが珍しいってこと」
勿論、あの葉山がただ大人しく待っているわけじゃない。 俺はともかく葉月は基本的にマイペースなので、待ち合わせの五分前になっても家でアニメ雑誌を読んでいたりする。 で、それを俺が無理やり連れて行くというのは良くあることだ。 時間ピッタリだと「五分前に着くの基本でしょ?」と言って、五分遅れると「はい、死んでください」と言って、それが三十分ともなると「おい」と言ってくる。
ちなみに「おい」と言われた場合は死刑と同じ意味だ。 最初の頃、それで俺は酷い目に遭っているからな……。 この話は今思い出したく無いから、今度にしておこう。
「なるほどぉ。 やっぱ八乙女くん翻訳機があると便利だねぇ!」
「人の事を翻訳機とか言うな」
「わはは! ごめんごめん! それより歌音ちゃん、マジで遅くない? もう10時になりそうだけど」
「……連絡取ってみるか? 葉山に」
「あ、来た」
俺が丁度携帯を取り出したところで、葉月は言いながら俺と天羽の後ろを指さした。 そんな葉月の行動を見た俺達は揃って振り返ると、そこには小走りでこっちに走ってくる笑顔の葉山がいた。
「おい逃げるぞ。 なんかそうしないとヤバイ気がする」
「ど、同意だね。 禍々しいオーラ放ってるよあれ」
「大丈夫。 ここは任せて」
逃げようという意見の俺と天羽。 しかし葉月はそう頼もしく言うと、一歩前へと出る。 迎え撃とうと言うのか、あの危険度マックス状態の葉山を。 あいつが笑ってお嬢様っぽく小走りとか、ちょっとしたホラー映画だぞ!?
「皆ぁ! おっはよお!」
ヤバイヤバイヤバイ。 これ、昨日の事を相当恨んでるよマジで! 絶対そうだ!
「おはよう。 葉山、遅かった」
「あはは! 実はこれ作っててね、遅くなっちゃったんだぁ」
葉山は言い、鞄の中から何やら小さな袋を取り出した。 可愛らしい袋で、如何にも女子って感じの。 中には一体どんな危険物が入っているんだ……?
「皆の為にお菓子作ってきたの。 食べてみる?」
「お菓子。 なに?」
「クッキー。 少し時間掛かっちゃってね。 それで遅れちゃったの」
「食べる!」
葉月の奴、絶対何も警戒してない。 甘い物大好きだからな……もう頭の中は恐らくクッキーしか無いだろう。 背中越しに見ても、嬉しさオーラ放ってるし。
「ほんと!? なら、どうぞ!」
「……おい天羽、あれって」
「間違いないね……何かある!」
そんな俺と天羽の会話も耳に入っていない様子で、葉月は葉山からクッキーを一枚受け取って、口の中に入れた。
「どう? 美味しい?」
「……」
葉月は数秒固まって、やがて口を開く。
「か、辛い……」
「うん。 だってわさび入ってるしぃ、そりゃそうかなぁ。 あっはははは!!」
狂気の笑顔だな……。 実に楽しそうで実に嬉しそうだ。 引っかかったのが葉月というのがまたなんとも。
「……辛い痛い」
「……ちょ、ちょっと神宮さん? そんな泣くほど!?」
葉山がそう言うので俺も葉月の顔を覗き込む。 すると、葉月は無表情のままポロポロと涙を零していた。 こんな時でも無表情ってある意味すごいな。
「お前どれだけわさび入れたんだよ……。 なんか見るからに死にかけてるぞ、葉月」
「いやちょっとしか入れてないって! 本当に一瞬辛くなるくらいだって!」
「……本当かぁ?」
「マジマジ! なら一枚食べてみる? クッキー」
「遠慮しておく」
こいつの性格知ってるからな。 嘘って可能性の方が高そうだ。 んで、この状況になるのも計算済みの可能性だってある。 葉山歌音は頭が良い奴だから。
「うーむ。 ならあたしが毒味致そう!」
「へ? あ、おい! 天羽!」
俺の静止を無視して、天羽は葉山の持っているクッキーを一枚取り上げ、頬張った。 死んでも俺は責任取らないぞ。
「……むむ。 確かにちょっとツーンってするけど、普通に美味しくない?」
「は!? お前味覚音痴だったのか!?」
「いや一応しっかり作ってるから。 女子の前で良くそんな台詞言えるわよね……八乙女君。 食べてもいないのに」
「あ、ああ……悪い。 なら俺も食べてみるよ」
確かにまぁ、食べずに言うのは悪かった。 ついつい反射的に言ってしまったよ。
「……どれどれ」
葉山は俺に袋を突き出して、俺はその中から一枚クッキーをつまみ、口の中へ入れる。
砂糖などはしっかり使っているようで、少し甘い。 で、そのすぐ後にわさび独特の風味。 なんというか、なんだろう。 わさびが逆に隠し味的になって、普通に美味しい……と思う。
「どう?」
「……結構美味いな」
「でしょでしょ!? あたしの味覚がぶっ飛んでなくて安心したよー!」
「だから神宮さんのがオーバーリアクションなんだって。 ってまだ泣いてるし……」
「……痛い」
言いながら目をゴシゴシと葉月は擦る。 それにしても良い泣きっぷりだ。 感動物のアニメとか見ても、こいつは泣かないのに。
「擦るな擦るな。 ほら、ハンカチで拭けって」
服の袖で擦る葉月の腕を掴んで、代わりにハンカチで葉月の顔を拭く。 こいつってほんとそういうのは適当だからな。 家事力は割りとあるのに。
「……飲み物。 裕哉、飲み物欲しい」
「えーっと、ちょっと待ってろよ」
俺は葉月の涙を拭いたハンカチを仕舞って、次に鞄から葉月の水筒を取り出した。 で、それを葉月へと手渡す。 ちなみに中身は葉月が好きなレモンティーである。 コーヒー牛乳もこいつは好きだけど、この暑さの中でそんなのは飲みたく無いだろうから、今日はこっちだ。
「……はぁ。 ごくろう」
「もっと素直に礼を言えんのか」
「いたっ」
だけど、ちょっとだけ焦ってる葉月を見れたのは面白かったし、まぁ良いかな。
「ていうか、なんで八乙女君が神宮さんの水筒持ってるの?」
「自分で持ってたらすぐに無くすからさ、別の人が持ってないと駄目なんだよ」
「……なんというか、まるで親子ね。 あんた達」
「うっさい、ほっとけ!」
とりあえず今回分かったこと。 葉月は超が付くほど辛い物が苦手ってことだ。 本当に少しの辛さでも駄目なんだろう。
……今度、葉月に内緒で辛い物でも食べさせてみようかな。 いやでもマジ泣きをされても困るからな。 やりたいのにやれないこのジレンマ。 非常に悔しい。
「うおお! あたしデパートって初めて来た! 色々あるんだねぇ!」
「そうなのか? ここら辺なら結構あるだろ、そういう建物って」
「まーね! だけど、色々もう忙しくてさー。 こういうとこに来る機会って中々無いんだよ。 だから!」
「てか、騒ぐの止めなさいよ。 恥ずかしいでしょ。 神宮さんの落ち着きっぷりを少しは見習ったら?」
葉山は言いながら、葉月の両肩を持って俺と天羽の方へ体を向かせる。 なるほど、確かに無表情でえらく落ち着いているな。
「……元からこいつはそうだろ?」
「そうだっけ?」
「何ヶ月一緒に居ると思ってるんだよ……」
このわざとらしいやり方も葉山らしい。 知っててやっていて、更に同時に葉月に対して攻撃しているのだ。 難解な技を使う奴なんだよ。 葉山歌音という奴は。
それにしても、こうやって葉山と葉月が一緒に居ると、こいつらって姉妹みたいに見えるよなぁ。 さっきは俺と葉月が親子みたいだって葉山は言っていたけど、こいつらの方は姉妹っぽいよ。
すぐに設定を考えるとすると、明るい性格で人気のある姉と、暗い性格で塞ぎこんでいる妹って設定か。 実際はそんなこと無くて、性格の悪い姉とマイペースな妹だけど。
「いやぁ、でもさ。 あたしと歌音ちゃんが来て良かったのかな? なんかこう、邪魔しちゃってるみたいじゃん?」
「邪魔? 邪魔って、何が?」
天羽の言っている意味が分からず、俺は聞き直す。 葉山だけなら確かに邪魔は邪魔だが……どうして天羽まで?
「へ? だってお二人って付き合ってるんでしょ?」
言いながら、天羽は俺と葉月を指した。 にこにこ笑いながら。
付き合って……は!? 何言ってるんだよこいつ、頭おかしいのか!?
「どうしてそうなる!? ていうか、前にも葉山に似たような事言われた気がするんだけど!」
「……え!? じゃあ付き合ってないの!? マジで!?」
「そこで驚くなよ! 普通に友達だっての!!」
「いやいや! だってさちょっと待ってね……」
天羽は腕組みをしてしばし思考。 五秒、十秒、三十秒。
そうそう、そうやって考えればすぐに分かるだろ?
「いややっぱり付き合ってるでしょ?」
「だからどうしてそうなるッ!?」
分かってねえ! 駄目だこいつ!
「だって、いっつも二人で一緒に登校してくるでしょ? お昼ご飯もいっつも一緒でしょ? 学校終わったら一緒にいつも帰ってるし、部室でも二人で勉強してたりするでしょ? 移動教室だって一緒に行ってるし、二人で並んで廊下良く歩いてるでしょ? 休みの日にたまたま二人見かけた時も一緒だったし、この前なんて映画一緒に見に行ってたでしょ?」
「だけど違う! 付き合ってない!」
そこまで羅列しなくても良いだろ。 俺にもプライバシーという物があるんだ。
「……ならそっちの方が驚きだ! どうして付き合わないわけ!?」
「どうしてって……」
俺は言われて、ふと葉月の方を見る。 顔を伏せて、何も言わずにじっとしてるだけ。 何を考えているのか、何を想っているのかも、顔を見ただけでは分からない。
「別に、俺と葉月はそういうのじゃ無いんだって。 ただの友達で、部屋が隣だからそうしてるだけなんだよ」
「……ま、八乙女君は基本的にお節介男だからねぇ。 神宮さんの面倒を見たくて見たくて仕方ないってことよ。 んで、神宮さんもそれで助かってるわけだし良いじゃない。 天羽さん」
どこかわざとらしく、葉山は言う。 それが少し気になったが、この話はこれ以上しても葉月がただ嫌がるだけだろう。 だから、俺は何も言わずに黙っていた。
「うううううむ……。 羽美ちゃんとしては多少気になるけど、まいっか。 それより今日はお買い物! そういうことならあたしは構わずどんどん絡んで行くよ!」
「そうしてくれ。 でも、だからと言ってくっつくなよ。 俺にも葉月にも葉山にも」
「ええ!? あ、それと一応聞いておくけど」
「……八乙女君と歌音ちゃんが付き合ってるってわけじゃないよね?」
言った瞬間、その場の空気が凍ったのが分かった。 そして何かドス黒いオーラを感じる。 発信源は勿論葉山。
「天羽さーん、それ以上気の触れた事を言うなら、今から屋上に行って突き落としてあげてもいいけど?」
まさにそれこそありえないって話だ。 葉山よりも蒼汰と付き合おうと努力した方が早いくらいにありえない話である。
「わ、分かった分かった! これ以上は少し黙るよ! だからやめてぇええ!!」
一見敵無しにも見える天羽だが、どうやら葉山には敵わないらしい。 うーん、俺と葉月と天羽で対葉山同盟を組めないだろうか? そうすればきっと、この葉山を打倒することが……。
「で、ついでに八乙女君は今度罰ゲームね」
「は!? ちょっと待て! 俺なんかしたか!?」
「ただなんとなく? なんかムカつくこと考えてそうだったからかな。 あはは」
……葉山は良い奴葉山は良い奴葉山は良い奴葉山は良い奴。
「……なに睨んでるのよ。 喧嘩売ってるの?」
駄目だ! プラスの思考は全然読んでくれねえ!
こうなってくると同盟を組んでる暇も無さそうだな。 すぐにバレて仲違いの策でも使われそうだ。
そんな感じで、慌ただしくも騒がしくもある一日が始まったのだった。