夏休み計画 後編
「で、葉山。 俺とお前はどうしてここに居る?」
「そんなの私が聞きたいっつーの。 明らかにあの黒髪人形の所為でしょ!」
「……はぁ。 それより天羽は? 逃げたのか?」
「んー、なんかさっき先生に呼ばれてた。 そろそろ来ると思うけど……」
宮沢は例の如く厄介事を一緒に持ってきて、俺達が暇そうにしているとの理由で、外に設置されている水道が結構汚れてきたので掃除しろ。 との命を受けた。 断っても良かったのだが、その場合は部活がどうなるか分かった物じゃないからな……まともに活動をしていない部活はこれだから大変だ。
「しっかし、なんでこんな馬鹿でかい水道が設置されてるのよ。 まるでプールじゃない」
葉山が言うのも無理は無い。 運動部が使いやすいようにと、長くでかく設置されているそれはプールにも見えてくる。 プールで入る前に水を浴びるあそこ、あんな感じである。
「それにこれって普通、美化委員とか風紀委員とかの仕事でしょ!? なんで私達がこんなことやらないといけないのよ!!」
「……文句を言うわりには、すげえ掃除頑張ってるよな、お前」
さっきからブラシでゴシゴシと懸命に掃除してるじゃん。 ブラシで掃除しきれない所はタワシも使ってるし。
「うるさいわね! そりゃ押し付けられた仕事だけど、やるからにはきちんと責任取らないと失礼でしょ!?」
一体誰にだ。 まぁ、確かに一度やると言ったからにはしっかりとやろう……という意見には同意だけど。 でも良いように使われてる気しかしないんだよなぁ。
しかもあれだ。 さすがにこれを二人でって言ったら、普通に夕方くらいまで掛かりそうだぞ。 宮沢が言っていたように結構汚れてるし。
「おおう! 二人共ごめんよぉ! なんだかやらせちゃっててさ!」
と、一体どれ程の時間が掛かるか頭を悩ませていたところ、突然上から声が聞こえてくる。 見上げると、校舎の二階から顔を出している天羽の姿。
「天羽か! 助かった! 正直二人だとキツかったんだよ!」
「いやぁ……それがね、ちょっとごめん、今日用事があってさ。 すっぽかそうかと思ってたんだけど……お姉ちゃんから学校に連絡来ちゃって。 本当にごめん! 今度何かしらで埋め合わせるからっ!」
「……八乙女君と似たような事言ってるわよ、あの子。 埋め合わせするって……似た者同士?」
「うるさい。 別に俺と天羽が似ているわけじゃなくて、あれが普通なんだよ。 あいつはお前とは違ってしっかり気配りが出来るからな」
「ほーう。 なら聞くけど……八乙女君が教科書忘れた時に貸してあげたのは?」
「……葉山さんですね」
それだと葉山が教科書無いってことになるだろって言ったら、こいつは当然のように「頭に入ってるから良い」と言ってきたっけ。
「次。 八乙女君がお財布持ってきたは良いけど中にお金入れるの忘れて来た時に、お金貸してあげたのは?」
「……葉山さんです」
あの時は助かったなぁ。 ありがとうございますって五回言わされたけども。
「んで次だけど……」
「分かった分かった! 俺が悪かったって! 葉山は気の利く奴だ!」
「そう? ま、分かったなら良いけど」
今度から生活態度を気をつけよう。 全くこのうっかりさん的な性格には参っているよ……。
「おーい!! おーふーたーりーさーん! 聞いてるぅー!?」
「ああ! 聞いてる聞いてる! 用事あるんだろ!?」
「そうなんだよー! だからごめん! それあたしはちょっと出来ないんだぁー!」
「らしいけど」
天羽の声を聞いて、俺は横に居る葉山に顔を向けて言う。 さすがのこいつも、あれだけ嘘が苦手って感じの天羽のことを疑うことは無いだろう。
「……怪しい。 めちゃくちゃ怪しい。 あいつ」
あったな。 普通にあった。 葉山さんのこと侮ってたぞ。
「いやでも、あいつならこの掃除だって喜んでやりそうじゃないか? やったーとか言って」
「……ま、そうね。 確かにあの馬鹿ならそうかも。 というか、もしも嘘だったら今度別荘行った時に海に沈めてやるわ」
「お前が言うと本気に聞こえるからやめてくれ」
「おーい! 二人ともー! 聞いてるー!?」
「ああ! 分かったー! 今度焼きそばパンで勘弁してやるよ!」
いけないいけない。 ついつい葉山のボケなのか本気なのか分からない返しで、会話に夢中になっていた。
「ほら、葉山も」
「分かってるわよ。 ったく……」
「私はー! お寿司が食べたいなぁー!」
「少しは遠慮しろっ!」
「いったぁ! そっちこそ少しは手加減しなさいよ! てか女子を叩くなっ!」
「あっはっは! はいはい! 分かったよ二人とも! また後で連絡するから、予定の話し合いしようね!」
そう言う天羽に俺は軽く手を振って、天羽はそれを見ると顔を引っ込める。
「元気良いよなぁ、あいつ」
「……私はそれがまだ解せないのよ。 あれだけ元気良くて、性格だって凄くおおらかでしょ? あんなのが中学の時に居たら、絶対忘れないと思うのに」
「ただお前とあまり接点が無かったってだけじゃないのか? あいつ以上にお前が目立ってたとか」
「私が? そんなこと無いでしょ。 目立つ事なんてしてないし」
「……」
「なによその目は。 言いたい事でもあるわけ?」
「いーや、何でも無いですよっと。 それよりさっさと掃除終わらせようぜ。 どうせ葉月が補習終わるまで暇だしさ」
「……ふうん?」
「何だよ?」
「別に? ただどうして神宮さんを待つ必要があるのかなーって思っただけ」
「待つ必要って……そりゃ、いつもそうしてるから。 それに家だって隣同士だし」
「へえ。 ま、それならそれで良いけどね」
「てか、そういうお前も葉月の事待ってるじゃん。 こうして掃除手伝ってるってことは」
「……うるさいわね。 八乙女君って、なんか人のことには良く気付くよね。 前々から思っていたけど」
「そうか? 俺自身はそうだと思わないけど」
分からない事だらけだよ。 葉山のことだって、葉月のことだって、天羽のことだってな。
「自分は抜けているのにね。 抜けているというより、抜けた振りをしているのかな?」
「……これがもしも振りなら、是非ともすぐに治したいって」
「あはは! そっかそっか、ちなみに言っておいてあげるけど」
「八乙女君、さっきからズボンの裾落ちてるよ。 ずぶ濡れになってるから」
「……お前は気付いてるならとっとと言えよ!!」
「つめたっ! ちょっと水掛けるのは反則でしょ!? 私制服なんですけど!!」
「俺だって制服なんだよ! 教えなかった罰だ!」
「ふーんあっそ、それじゃいっか。 折角これはやめようと思ってたのに」
そう言って、葉山はあろうことか、水道に繋がっているホースを手に取る。 そして、蛇口を捻る捻る捻る捻る捻る。
「お、おい待て! それこそ反則だろ!?」
「残念でしたぁ。 私の中ではルール内なの」
「……はっくち!」
「性格の割には可愛いくしゃみだな」
「うっさい! 誰の所為よ誰の!!」
あれから、水遊びは結局葉月の補習が終わるまで続いて、当然の如くずぶ濡れになった俺と葉山は制服を部室の窓のところに干し、今はジャージに着替えている。
「私もやりたかった。 水遊び」
床にぺたんと座りながら葉月は言う。 こいつが水遊びしてるのって想像出来ないな……。 海とか行っても隅の方で一人砂遊びしてそうだ。
「一人でやりなさいよ、一人で」
シュールな図になりそうである。 高校生女子が一人で水遊びしてたら。 いやまぁ、砂遊びも同じくらいシュール……では無くて、どちらかと言えば寂しい奴かな?
「そういえば、天羽は?」
「天羽さんは何か用事があるからーって言って帰ったわよ。 すっぽかそうと思ったとか言ってたし、多分家の用事じゃない? お姉さんから連絡が来たとも言ってたし」
「そう」
「……もっと反応無いわけ? 折角説明してあげたのにその反応だと、なんか損した気分なんだけど」
「喧嘩はやめろよー」
なんだかいつものが始まりそうな気がして俺は言う。 事前に止めるに越したことはない。
「しないっての。 ただ……あー、いいや。 何でも無い」
葉山は葉月の顔を見ながら目を細めていた。 何かを言いたそうにも見えたけれど、どうやら葉山は今その事については話す気が無さそうだ。
「それより今は旅行の計画でしょ。 二人共、夏休みの予定は?」
「私は暇。 アニメ見るのは忙しいけど」
「それは忙しい内に入らないから。 で、八乙女君は?」
「俺は……まぁ、暇だな。 他の奴と遊ぶ予定なんて直前に決まるし、今年は家族でどこか行くってのも無いし」
「ぷ。 二人して寂しいねぇ。 あ、だからよく一緒に居るわけか。 寂しい者同士で」
一々うざったいなこいつ……。 何か言わないと気が済まないのか。
「そういうお前は? 夏休みの予定」
「へ? 私? 私は……忙しいけど、めちゃくちゃ忙しいけど、八乙女君と神宮さんがどうしてもって言うなら、予定空けてあげても良いかなぁ、なんて」
「暇なのか、お前も」
「葉山、寂しいの?」
「だから忙しいって言ってるでしょ!! 話を聞けっ!」
床をドンドンと二回踏みつけて葉山。 最初は床が抜けるんじゃないかとも思ったが、案外丈夫らしく未だに抜けたことは無い。 俺の部屋にでかく空いた穴はあんな簡単に抜けたのに。
「よし、じゃあ皆特に予定は無いってことで……後は天羽か」
「ちがーう!! 私は忙しいって! 夏休みの予定びっしりだって!!」
「なら、葉山は欠席。 残念」
「そうだな。 別に無理に予定空けても可哀想だし、そうするか」
「あ、あんたらねぇ……。 ああもう! 暇よ暇! 夏休みの予定なんて皆無ッ! 文句ある!?」
こいつ本当に面白いな。 ここまで偉そうに夏休みの予定が無いことを言う奴なんて、きっと後にも先にもこいつだけだよ。
「じゃ、皆暇って事で良いか? それなら結構楽に予定出来そうだな」
「……悪かったわね暇で」
「別に悪いなんて言ってないって……。 そう怒るなよ」
俺がせめてものフォローを入れたのだが、葉山は「チッ」と舌打ちをして顔を逸らすだけだった。 実に可愛くない奴である。
「あー、でも天羽さんが居ないと駄目じゃない? 向こうの別荘だっていつでも大丈夫ってわけじゃないだろうし。 それにお姉さんが車を出してくれるって言ってたけど、お姉さんの予定だってあるだろうし」
「それもそうか。 じゃあどっちか天羽と連絡取れないか? いつ空いてるか聞いてくれるだけで良いんだけど」
「連絡先知らない。 天羽の」
「……私も知らないけど」
「ん? 俺もなんだけど」
駄目じゃないか。 というか、知り合って結構遊んだりしているのに未だに誰も連絡先交換してないってどうなんだよ。 俺が言うのもあれだけどさ。
「それより、私は八乙女君と神宮さんの連絡先も知らないよ?」
「あ……そういえばそうだな。 俺は葉月の連絡先は知ってるけどお前のは知らないや」
「なら、交換しよう。 知ってた方が便利」
とは言っても、今まで特に不備は無かったんだよな。 メッセージアプリで連絡取ったりできるし、いっつも学校で会っている所為だろうけど。
「オッケー。 じゃあほら、スマホ出して」
そうして、葉山と俺と葉月で連絡先を交換。 これでいつでも連絡は取れる。
「……一つ聞いて良い?」
しかし交換して、その番号やらアドレスやらを確認している段階で葉山の動作が止まる。 そして恐る恐ると言った感じで、葉山は俺の方を見ながらそう言った。
「なんだよ葉山。 その目は」
怪訝な目つきだ。 一体こいつは何を思っているんだろう?
「八乙女君と神宮さんって、付き合ってたりするの?」
「付き合ってって……は!? 何で!?」
「……」
ほら見ろ! 急に変な事を言う所為で葉月が機能停止してしまったじゃないかぁ!
「いやだって、神宮さんのメアド……これって、八乙女君のことでしょ?」
『yuuya.sukisuki-daisuki』との表記。 なんかデジャヴだ。
「それは違う!! そういう意味じゃない!! だから早く変えろって言ったじゃないか葉月!?」
「……うう」
駄目だ。 葉月が使い物にならなくなっている。 というかそれくらい事前に考えとけよ! すっかり忘れてた俺も俺だけどさ!
「ふうん? へぇええ?」
「お前は何悟ったような顔してんだっ!」
「あいたっ! だから女子を叩くってどういうこと!? 信じられない!!」
軽く頭を小突いただけでこの言われようである。 信じられないのはお前の性格なんだけど!
「第一、こんなメアドだったらそういうことなんだって普通思うでしょ!? 悪い!?」
「だーかーらー! 葉月と俺は別に付き合ってないし、そういう意味でも無いって! 本当に!」
「何度も叩くなぁ! もう分かったからやめて!!」
結局事情を説明するのに一時間程掛かって、葉月はその間ずっと黙って下を向いたままで、終わる頃にはすっかり日は暮れてしまっていた。
というか、今日はこれで皆帰っていったわけだけど……そういえば予定なんも組んで無かったな。 本当に大丈夫なのだろうか。