夏休み計画 前編
「は?」
「だから、あたしって歌音ちゃんと同じ中学なんだよー。 さっきはまさかと思ったけど、やっぱりまさかだった! だってその性格で葉山歌音って言ったら、君くらいしか居ないし!」
「……ってことは、私があんたに見覚えあったのも」
「同じ中学だったから、ってことか? 葉山と天羽が」
「そういうことになるわね……でも、そんな仲良かったっけ? 私と」
「あー、どうだろ? あたしはハッキリと覚えてる……というか思い出したけど、歌音ちゃんの方はそうでも無いかも? あたしって影薄いし?」
影が薄いのかこれで。 葉山の中学にはどれだけ面白い奴が沢山居たんだろう。 是非行ってみたい。 行って見てみたい。 今度頼んで卒業アルバムを見せてもらおうかな。 多分、何かのコスプレ大会とかよりキャラの濃い連中が多そうだ。
「いやでもあんた程の性格だったら忘れそうに無いけどなぁ……。 うーん」
「まぁまぁ! お久し振り……じゃなくて、この場合は初めまして、から始めた方が良いのかな? とにかくよろしくっ!」
言って、天羽は腰に手を当てながら高らかに笑う。 俺の方までその影響を受けてしまいそうな程に明るい性格だ。
「なーんか納得行かないけど。 まぁ、よろしく」
そうして再度、葉山と天羽は握手をする。 懐かしい出会いだとか、初めての出会いだとか……お互い思っている事は違いそうだけど、仲間が増えたことには変わりない。
「とりあえず、あたしは明日先生に言ってみるよ。 部活入りたいーって! 部長は八乙女くんかな?」
「ん? 俺は違うぞ」
「はれ? じゃあ、葉月ちゃん?」
「私も違う」
「ってことは、いやいやまさかね。 無い無い。 つまり部長は誰もやってないってこと?」
「天羽さーん、一人聞き忘れて無いかなぁ?」
「ひっ! ああっと! ああ、もしや裏ヘッド!?」
「その呼び方、止めて貰うと嬉しいなぁ? あはは」
「ひ、ひい……。 う、歌音ちゃんが部長さんってことだね。 りょ、りょーかい」
さすがに本性を見せた葉山は強いな。 この明るく敵がいなさそうな天羽ですら、びびってびびってびびりまくっている。 俺だったら今すぐ逃げ出しているレベルなのだが、それでも一応はしっかりと受け答えをするこいつは素晴らしい人材だ。
「必殺、輪ゴムアタック」
突然葉月の声が聞こえたと思うと、葉山の顔に丸めた紙が命中し、地面に落ちる。 パチンという軽快な音だった。
「いつっ! っておい! 黒髪人形ぶっ飛ばすぞ!!」
「新入部員をいじめる葉山がいけない」
「いじめてないでしょ!! どこをどう見たらそうなるわけ!? ねえ、八乙女君!」
「だから毎回俺に振るなよ! お前に賛同したら後で葉月に言われて、葉月に賛同するとお前が文句言うとかどうすれば良いんだよ!?」
「わはは! 良いね、すっごい楽しそうな部活だ!」
「「どこがだ!!」」
俺と葉山は揃って天羽に言って、天羽は「わはは」と笑いながら頭を掻く。 その顔はなんとも楽しそうで、俺までなんだか楽しくなってくるような。
「必殺、輪ゴムアタック」
「いたっ! だーかーらー!! もう許さないッ!!」
気がしないな。 こいつらは何でこう、毎回毎回喧嘩を始めるのだろうか? ひょっとすると、本当にひょっとすると、もしかしたら仲が良いのかも。 なんて思う。
「……裕哉、助けて」
「またそうやって影に隠れて……。 仕方ない、八乙女君ごめんね」
待て、待て待て! 何でお前は俺ごとぶっ飛ばそうと箒を構えているんだ!? やるなら葉月だけにしてくれよ!!
「お? お? 二対一か! ならあたしは歌音ちゃん側に付くしか無いね!」
どうやらこれは、俺の苦労が一つ増えた瞬間だったかもしれない。
それから数日経って、夏休みを数日後に控えたある日。 既に学校は午前で授業を終えているが、特にやることが無い俺達は毎日の如く部室へと集まっている。 暇人同士仲良く。
天羽も正式に加入して、部員は四名。 同じ性別の奴が居ない部活ではあるけれど、葉月も葉山も女子ってイメージよりはかけ離れている所為で、特にその辺には不満は無い。 天羽もどちらかと言えば男子のノリに近いしなぁ。
「おーっす、葉山だけか」
「お疲れ。 聞いてなかったの? 神宮さんはあれだって、補習」
「あー、そういえばなんか大藤先生に呼ばれてたっけ」
「あいつも馬鹿だからねぇ」
「一応補習を免れられるように、テスト前は勉強教えたんだけどな……」
「良い保護者ね。 八乙女君は」
いつもの調子では無くて、素っ気なく、馬鹿にしているように言う。 それが少しだけムッとしてしまって、俺は言い返した。
「なんだよ? 勉強が出来ないから教えてるだけで、それに何か文句あるのか?」
「別に。 そういう意味じゃないって。 ま、八乙女君がそれで良いなら良いんじゃないかな」
「……意味の分からない事を言うな」
「ごめんごめん。 そう怒らないでって、私も言い方悪かったしさ、ごめんね」
そう言いながら、葉山は手を合わせて俺に謝る。 そういきなり態度を返されてしまったら調子が狂うというか、なんというか。
「……いや、俺もなんか無駄に突っかかったよ、悪かった」
そうは言っても、葉山は葉山で意味の無い事を結構言う奴だけど。
大事な事は、しっかりと真面目にいつも話している。 だから、さっき言ったこともきっと、葉山が思っている事なのだろう。
「いやあ! 遅れた遅れた! ごめん待ったぁ!?」
「待ってない。 今日暑いし、人増えると気温上がるから帰って良いよ、天羽さん」
「八乙女くーん! 歌音ちゃんがいじめてくるよぉ!」
「くっつくな! 暑苦しいだろ!?」
全く、自分が女子で俺が男子ってのを理解しているのか!? こいつはこうやってすぐにスキンシップを取ってくるのだ。 抱きついたり顔を近づけてきたり。 される方は参ってしまう。
「てか、暑いならクーラー付ければ良いじゃん。 折角付いてるんだしさー」
にへらと笑って天羽は言う。 額には汗。 こいつはこう元気いっぱいって感じだけど、暑さを感じることはできるのか。
「その気持ちは山々なんだけど、とある事情でクーラーは使えないんだよ」
「ほほう……とある事情というのは?」
「葉月がクーラー付けると熱出すんだよ。 この前一回だけ付けたら次の日見事に風邪引いて、俺がずっと看病する羽目になった」
「なんという即効性! 一発芸として使えるんじゃない? それって!」
どれだけ体を張った一発芸なんだ。 その一発芸をやられる度に俺が看病しないといけないなんて、絶対にごめんだからな。
「でも、今葉月ちゃん居ないじゃん。 良いんじゃない?」
「私も最初はそう言ったわよ。 今日と一緒で、あの人形が補習ある時にね」
「だけど駄目だった?」
「この馬鹿が「葉月だって、暑いのは一緒なんだから俺達だけ涼しくなるのは可哀想だろ」とか言う所為でね。 全く甘やかすのも大概にしろっての」
言いながら葉山は俺を睨む。 いやだって実際そうだろ? 葉月だってそれだと部室に行きづらくなりそうだし。 一応葉月にはクーラーが故障していてって話してあるから、付けたら付けたでそれこそ駄目だしさ。
「わはは! 八乙女くんは優しいんだねぇ」
「その優しさの所為で被害を受けている私の身にもなれって話よ! 全く!」
「でもさ、それに素直に従ってるってわけだよね? 歌音ちゃんは。 だって今も暑いのにこうやってここに居るわけだし?」
「……チッ」
こいつは良くも悪くも素直じゃない。 それはもう、葉月と同レベルで。 だけど葉月の事を友達だと思っているのは確かなんだろう。
「うーん! 結論としては二人とも優しい! ってことかな? まぁまぁ良いことじゃん! 友達想いって!」
「何の話?」
「うおう!? お、おおう……なんだ葉月ちゃんか。 はーびっくりした。 びっくりして死ぬかと思った」
俺もびびった。 いつの間にそこに居たんだこいつ。
「あれ? てか、葉月。 補習はどうした?」
「逃げてきた。 あんな物、私には必要無い」
「おい」
「やれば出来る子。 私は」
「やっても出来ないからこうなってるんだろ……」
一体俺がどれほどの時間を割いて勉強を教えてやったと思っているんだ! その努力を返せ!
「でもさ、神宮さんの今日の補習ってあれでしょ? 宮沢先生の授業でしょ?」
「そうなのか? ってことは国語か……。 良く逃げてこられたな」
「仮病を使えば、余裕」
不真面目だなおい! どうしてこう、もう少し真面目にやれないのかなぁ。 俺の教え方がおかしかったりするのか?
「わはは! 良いねそれ! 今度あたしもやってみよっかなぁ」
「やめろ。 これ以上この部活に問題児が増えたら活動停止させられるって……」
「そうよ。 私が居るから、一応は認められてるんだから」
冗談とかでは無くて、これは割りと本気の話。 多分、この葉山歌音という優等生が居なかったら今頃この部活は潰れていただろう。
「それよりさ! 皆ちょっと良いかな!?」
天羽は元気良く言って、元気良く立ち上がる。 いつも毎回、動きが一々パワフルである。 こいつが動くと風が掛かって涼しいので、出来れば常に動いていて欲しい。
「この部活は合宿とかないわけ!? 夏休み合宿とか!!」
「合宿? って言っても、正直合宿とかした所で何の意味も無いだろ……この部活の場合は」
「そうね。 どうせ遊ぶだけでしょ? 集まっても」
「なら遊ぼうよ! 折角の夏休みなんだし! どっか皆で泊まりこみでさ!」
「うーん……」
「裕哉、裕哉」
葉月は言いながら、俺のすぐ隣に座って、顔を覗き込みながら言う。
「行きたい、合宿」
「だけどそんな遊びに行く金なんて……」
「合宿、行きたい。 合宿、行きたい」
呪文を唱えるように言いながら、俺の肩をゆさゆさする。 まず、何故俺にそれを言う?
「それに行く場所だって無いだろ?」
「あ、それなら大丈夫! あたしの家お金持ちだから、別荘あるし! めっちゃでかいやつ!!」
「マジ!? それなら私も賛成! 別荘とか一度行ってみたかったんだよね!」
「裕哉、行きたい」
「八乙女君!」
「八乙女くーん!」
だからなんで俺なんだよ!? そうやってすぐ俺に振るの本当にやめてくれ! 断れば揃って文句言うじゃねえか絶対!
「ああもう分かったよ! なら、夏休みの予定が合う日で行くか? 皆で」
「やった。 私はいつでも大丈夫」
こうやって結束されてしまったら、俺一人じゃどうしても太刀打ち出来ない。 正直言って夏休みが終わったらすぐに学園祭があるし、その為に色々とやっておきたかったんだけど……。 まぁ、仕方ないか。 それに俺も少し行ってみたいって気持ちはあったし。
「ねえねえ、ところで別荘ってどこにあるの? 天羽さん」
「んー? 多分、お姉ちゃんが車出してくれるからそんな長旅にはならないよ。 ここからだと二時間くらいかな?」
「へえ、お姉さんが居たのか。 天羽」
「……あたしは苦手なお姉ちゃんだけどねー。 いつかぶっ飛ばしてやるんだ!」
姉妹仲が悪いのだろうか。 でも、わざわざ車を出してくれるっていうし、そうでも無いのかな?
「んで、夏だし当然海ね! 毎年花火大会やっててさ、結構豪華なんだけど来る人は少ないんだよ。 もうすっごいから!!」
「へぇえええ! あーもう今から楽しみ! それじゃ早速予定立てようよ。 皆の予定とかもあるし、日程組まないと」
「天羽、別荘でアニメは見れる?」
「ん? 見れる見れる! 何でもあるさ!」
「どこでもアニメ見るな……葉月は」
「生きる上で必要」
そりゃまた大変なこって。 でもよ、葉月。 今はそれよりもっと大変な事態が起きているぞ。 葉月の後ろで。
「じーんーぐーうーさーんー。 もう、体調は治ったのかなぁ? 良いよねぇ、夏休みの旅行ってぇ。 でも遊ぶのも良いけど、補習もしっかりやらないとねぇ」
ああ怒ってる。 あの宮沢美希が怒っている。 笑顔で怒るから声を聞かないと怒っているのか分からないんだよな、この人。
「……裕哉、呼ばれてる」
「俺じゃなくて葉月だろうがっ!」
「いたっ」
若干涙目にも見える葉月はその後、宮沢によって引っ張られ、補習を結局受けることになったのだった。