新入部員
「やっぱりさぁ、毎日たったの三人で同じ顔触れって飽きるよね」
始まりは葉山の一言だった。 夏休みを目前に控えた七月の中旬、いつもの放課後でいつもの部室でいつもの面子で集まって談笑をしている時、葉山が唐突にそう言ったのだ。
「……そうか? 葉山と葉月の喧嘩は飽きないけど」
「ふうん? そういうこと言うわけか。 なるほど」
俺の言葉を聞くと、葉山は笑顔で立ち上がる。
「なんだよ? なんか嫌な予感するぞ」
「うふふ。 よし! ってわけで……」
「神宮葉月VS八乙女裕哉! レディ……ファイッ!!」
「……何言ってんだ、お前」
変な奴だとは思ったけど、まさかここまで変な奴だとは。 そんないきなりした掛け声で、俺も葉月も戦い始める訳が無いだろう。 第一戦う理由が無いし。
と思っていた。
「裕哉、覚悟」
アニメを見ていた葉月は突然立ち上がり、どこから取り出したのか、木刀を構える。
「待て待て待て待てぇ!! それはヤバイだろ!! 殴られたら骨折れるって!!」
「問答無用」
美しい仕草で構えを取る葉月。 なんだかそれは、アニメに出てきそうな感じだ。
「あっははは!! ほらほらぁ、八乙女君も早く構えないと、やられちゃうよ!」
「嬉しそうだなおい! お前何した!?」
きっと理由があるはず。 葉月は確かにわけの分からない暴力を振るってくる奴だけど……それでも、意味の無い暴力は振らないはずだ。 多分。 きっと。 恐らく。
「なにって。 ただ神宮さんが昨日面白そうなアニメ見てたな~って、思い出して」
ああ、分かった。 全部分かった。 葉月の奴、昨日バトルアニメでも見てたのだろう。 多分、木刀を振るうキャラでも見たのだろう。 多分というか絶対そうだ。
「葉月、落ち着け! これは罠だ! 悪の親玉はこいつだ! こいつ!」
「ちょっと女子を盾にするってどういうこと!? あんた男でしょ!!」
「元はと言えばお前が変なことをするからだろ!? だったら犠牲になれ!」
「了解。 敵は多い方が燃える」
ん? 待て、この状況だと俺が危ないのに変わり無いのか?
「必殺、木刀投げ」
葉月は言って、木刀を俺と葉山目掛けて投げる。 最早それは必殺技と呼べるのかどうかは後回しだ。 とにかくこれは避けるしかねえ!
そう思ったのはどうやら葉山も一緒で、俺達は同時に床に伏せる。 目標を失った木刀は後ろにあった壁へと命中。 葉月と俺達の距離は近かった事もあり、跳ね返った木刀はくるくると回って、葉月の頭に当たった。
「いたっ!」
いつもの「いたっ」よりも力強く言ったな。 その分痛かったのだろう。 見ているだけでも結構痛そうだし。
「やった! 敵を倒したよ八乙女君!」
「確かに倒したけどそんな場合じゃないだろ……。 おい、葉月大丈夫か?」
「……頭が痛い」
仰向けに倒れた後、体を横にしてそのまま丸まる葉月。 頭を抑えながら、呻くようにそう言った。
「そりゃそうだ」
因果応報。 天罰とは存在するんだなぁ、なんて思いながら、俺は目をくるくると回している葉月の事を見るのだった。
「あんた達と話してると、本当に話がすぐ逸れるわね」
あれから復活した葉月を混じえて、三人で部活会議。 基本的には葉山が取り仕切る。
「今回は俺達だけの所為じゃないだろ……」
「あ? 何か言った?」
「いえ何も」
「じゃあ良いけど。 で、話を元に戻すわよ」
葉山は言い、床をダンッと踏みつける。 そのまま床が抜けて下に落ちてくれない物だろうかと思っているのは内緒だ。
「まず、この三人だけじゃつまらないと思わない?」
「そうでも無い。 三人で良い」
「俺も同意見かなぁ、無理に増やす必要も無いし、何より当てが無いしさ」
「私はつまらないと思う。 よって部員をもう少し集めまーす」
「……酷い部長だなおい」
「……やっぱ性格悪い」
「二人でこそこそ何を話しているのかなぁ? あ、ひょっとして私の悪口? まさかねぇ!」
葉山は顔を近づけて、俺と葉月の頭を鷲掴み。 こいつはこんな華奢な体なのに、割りと力があるから困る。
「いでで! すいませんすいません!」
「……頭が割れる」
俺は耐えられたが、葉月は先程の木刀によって負った負傷もあり、耐えられず。 床に倒れこんでしまった。
「これで一対一ね。 で、部員を集めるか集めないかどっちにする? 今の所、私と八乙女君で意見が割れているけど」
「一人倒して無理やり一対一にするなよ! 恐ろしいなお前!」
「私が聞いているのはどっちにするか。 それ以外の事を言ったら、次は八乙女君にも退場してもらうから」
「……」
確かに、葉山の言うことにも一理ある。 だけどこの圧力が納得いかない! 葉月だって今のままで充分だと言っているし……一応、この部活を作ったのは葉月だしな。 だからここは葉月の意見を尊重して。
「よし、部員集めるか」
尊重して吟味した結果、集めようと思う事にした。 葉山にいじめられるのは嫌だし。
「決定! じゃ、八乙女君後はよろしく」
「はぁ!? なんで俺が探さないといけないんだよ!? 言い出したのお前だろ!? やだよ!!」
「チッ……。 じゃあどうするのよ? 今更部活に入ってない馬鹿なんて、やる気無い奴だけでしょ」
「俺に言われても。 三年生の暇そうな人とか探してみるか? 部活もそろそろ引退だろうしさ」
話す為だけなら別に良いって人も多いんじゃないかな。 本当にこの部活ってアニメを見るか談笑するか、後は葉月が持ち込んできた漫画を暇潰し程度に読むかくらいだし。
ちなみに葉山はいつも雑誌を読み漁っている事が多い。 本人曰く「好きで読んでいるわけじゃない」との事だが、それなら一体どういう事なのかが最近気になっている。 聞いても教えてくれ無さそうだから、聞かないけど。
「三年生か……あでも嫌。 上級生ってそれだけで面倒だしウザい。 一年生が良い」
「わがままだなおい。 確かにそれはそうかもしれないけど」
「それで出来れば女子。 男子だと私に媚び売ってくるからウザい」
「そうさせてるのはお前だろうが」
言って、俺は葉山の頭を軽く叩く。
「いてっ。 もう、女子に暴力とか信じられないんだけど?」
「暴力と言えば葉月だろ……。 そんなことより、一年生で女子か。 あー、それならあいつは? 円爾とか、暇そうだし」
「あの子は駄目。 どこか一つの所に居るのは嫌なんだって。 前にそう言ってたから」
「そこは葉山の力で無理にでも入れれば良いじゃないか。 そうすればあいつの性格だし、すぐに馴染むだろ?」
「嫌よ。 何であの子の気持ちを無視しないといけないのよ?」
……こいつなんか面倒臭いな。
「てかそれを言えば、葉月の時はどうだったんだよ。 葉月の気持ち、絶対考えてなかっただろ」
「あの時はあの時よ。 私は友達には優しいの。 神宮さんのこと、あの時は嫌いだったし」
「あの時は?」
「そう、あの時は……って今も嫌いよ! こんなの!!」
言って、葉山は寝ている葉月の事をゲシゲシと足で蹴る。 やめろ、葉月が物凄く惨めに見えてくる。
「で! とにかくそういう事だから涼羽さんは駄目! 他のにするから!」
「当ては?」
「無い」
「よし帰るか! お疲れ様!」
「……良いの?」
「……なんだよ、何か言いたそうだな」
「別に帰りたいなら帰って良いよ。 明日の朝、黒板に八乙女君がベッドの下に隠してある本が貼り付けられるだけだから」
「その手には乗らないぞ! 俺のベッドの下には何も無いからな」
「ああそっか。 最近は本棚に並べてある本の裏だっけ? 教科書の裏。 あっはっは」
「よし部員を探そう」
いつだ、いつこいつは気付いたんだ。 確かに何度か俺の部屋でもこの三人で遊びはしたが……。
そういえば、葉山はちょくちょく桜夜と話していたような気がする。 帰ったらあの馬鹿をどうしてくれようか。 というか、たまに桜夜が俺の部屋に勝手に入ってるのはそれを探す為だったのか!?
「とは言っても……実際どうするんだ? 部員探し」
「うーん、手当たり次第って言っても難しそうだし。 何かアピール出来る事をポスターとかにして?」
「アピール出来る事?」
「無いわね」
「駄目じゃんか……。 いっそのこと、転校生でも来てくれれば楽なんだけどなぁ」
「あるわけないでしょ。 高校で転校生なんて、そうそういないわよ」
だよなぁ、そうだよなぁ。
「みんなぁ、ちょっと良いかなぁ?」
と、俺と葉山が頭を悩ませている所に突然、聞き慣れない声が聞こえてきた。 いや、俺は何度か聞いたことのある声だけど……あまり聞きたくは無い声。
「良かったぁ、やっぱりみんな暇そうだねぇ。 ってわけで、転校生の子に学校の中案内してあげて?」
宮沢美希。 厄介事を持ってくるプロ。 俺がこの学校の中で、一番関わりたくない部活の顧問だ。
「……転校生?」
俺が聞くと、すぐさま宮沢は答える。
「うんそう。 明日改めて紹介するけどぉ、予め校内の事知っておいた方が良いだろうしぃ」
「それでぇ、どうせみんな暇でしょ? だから、今から職員室に来てねぇ」
「いやちょっと!」
「よろしくぅ」
言うだけ言って、出て行った。 何で俺達で、何で今なんだ! どこかで見ていたのか!? タイミング良すぎだろ!
「……」
「……そうそういたな、転校生」
「……そうね」
それから俺と葉山は寝ている葉月を起こして、言われた通りに職員室へ。
言われたまま行動するというのは癪ではあったけど、正直言ってタイミング的には良かった。 確かに俺達は暇しているし、丁度良く部員を探している所ってのもあったしな。 だから言われるがまま、職員室へと来たのだが。
「やっほお! 宮沢先生が言ってた優しい人達ってあなた達のことかな!? 君が葉山歌音さんかな?」
言って、葉月の事を指さす。
「んで、そこに立ってる男の子が神宮葉月さんかな?」
言って、俺の事を指さす。
「ああ! ってことは最後の君が八乙女裕哉くんか!」
言って、葉山の事を指さす。
「なるほど! 確かに宮沢先生が言ってたような雰囲気だねぇ」
「お前逆に凄いな! 全部間違えてるぞ!? というかこいつを指さして「八乙女裕哉くん」っておかしいだろ! 俺は女装趣味でもあるのかよ!?」
恐らくこいつが、宮沢の言っていた転校生って奴だろう。 髪は栗色で、背は俺と葉月の間くらいだろうか? 一般的な女子の身長くらいだと思う。 スカートも何度か折っているのか、今時の女子高生って感じの丈。 ちなみに葉山は優等生振っているので膝と同じくらいの長さ。 葉月は太ももが見える程に短くしてる。 葉山はともかくとして、葉月の場合は確実にアニメの影響だ。 時々目のやり場に困るから止めて欲しいんだけど、言うに言えない状況が続いて今に至る。
「あそうだね! 確かに言う通りだ。 わはは! いやぁ、参ったね。 あ、そういえば自己紹介がまだかっ! 先に名前知っちゃってごめんね。 あたしは天羽羽美! よろしく!」
「……あー、えっと、俺は言ってたように八乙女裕哉だ。 で、こっちの小さいのが神宮葉月。 そこに居るのが葉山歌音。 宮沢先生から校舎の案内をしてくれーって頼まれて来たわけだ」
「なるほど。 なるほどなるほど。 そこの男の子が八乙女くんで、お人形さんみたいな子が神宮葉月さん。 で、最後に君が葉山歌音……葉山歌音? あれ? あれれ?」
天羽は言いながら、葉山の顔をジッと見つめる。 首を何度か傾げて、さぞ何かが引っ掛かっているように。
「何? どうしたの、天羽さん」
にこにこと、笑顔で葉山は疑問符を浮かべている天羽に言った。 さっきまで「あーあ、転校生が男だったらどうしよう。 マジウザいことになりそうだなぁ」とか言っていた奴とは思えない。 やはり俺はお前が怖いよ。
「んー、いやいや、何でも無い。 葉山歌音さんね。 よろしくっ!」
「あはは。 よろしく、天羽さん」
そして二人で仲良く握手。 うーむ……バラしたい。 こいつの性格をバラしてやりたい。 てか、もしも部活に勧誘して、こいつが入ったとしたら性格がバレるのも時間の問題じゃないだろうか。
「そこのボケっとしてる二人もよろしくっ!」
「お、おう。 よろしく」
俺は慌てて天羽が差し出してきた右手を握る。 ガッチリと……では無くて、どこか弱々しい握り方だった。 見た目と性格の割には握力が無いのだろうか?
「おおう! そいえば男子と握手するのは初めてだ! ファースト握手だ!」
「んだよそれ……」
「責任取ってね? 八乙女くんっ!」
「一体何の責任だ!?」
「わはは! 面白いなぁ、八乙女くんは。 で、そこの彼女もほら握手!」
人の事を面白いって思うのはちょいちょいあるとしても、面白いって言われるのは中々無いな。 まぁ、こいつの方が確実に面白い性格していそうだけど。
「……」
「……おい葉月?」
差し出された手をジッと見つめて、次に天羽の顔を見る。 それが数秒ほど続いた後に、葉月は天羽の手を取った。
「……よろしく」
「おおう? 恥ずかしがり屋さん? それとも人見知り? それともまさか、本当にお人形さん!?」
「なわけあるかっ!」
「いてっ! 男子に叩かれたのは初めてだよ八乙女くん!?」
「あ、ああ……悪い。 ついいつものノリで」
「いつも女子を叩いてるの!? ああー、だから葉月ちゃんはこんなに無口に……可哀想に」
「いらぬ考察をするな。 それより校舎見て回るんだろ? さっさと行こう」
「そうだった! 了解了解!」
天羽は仰々しく敬礼をして、くるりと向きを百八十度変える。 実に元気の良い奴だ。 葉月と真反対だな。
「……裕哉」
「ん? どうした?」
歩き出した天羽に付いて行く為、俺も歩こうとしたところで葉月が制服の裾を掴む。
「あの子。 天羽」
「おう、そうだ。 それがどうかしたか?」
「……何でも無い」
「何でも無いって……なら良いけど。 葉月、何かあったら言えよ? なんかさ」
なんか、良く分からないけれど。 今の葉月はちょっとだけ、悩んでいるようにも見えたから。
「ああ、いや。 何でも無い。 行こうか」
「……うん」
しかしそれを言う事は出来ず、結局葉月と同じような事を言って俺は歩き出す。
「八乙女君、八乙女君」
俺の隣まで来て、肩を叩きながら言うのは葉山。
「今度はお前か……何だよ?」
「なんかさ、あの子どっかで見たことあるんだよねぇ……どこだったっけかな?」
「見たことある? 俺は全く知らないけど……気のせいじゃないか?」
「なら良いんだけど。 ってか、それより天羽さん!」
「ほい? どったの、うたたねちゃん」
ビキッ、という音が横から聞こえる。 ああ、やべえ、葉山さんキレてるぞこれ。
「あ、あははー。 私の名前は歌音だよ。 もう、間違えないでよぉ。 あ、あは、あはは」
「おお! ごめんごめん! 人の名前覚えるの苦手でさ、つい自分の中で覚えやすいように変えちゃうんだよね」
「へ、へえ。 それより羽毛さんが先に行っても分からないでしょ? 私達が付いていっても」
こいつ、わざとやりやがったな。 天羽と羽毛って結構面白いけど……。 それよりそうだ、何で俺達三人は大人しく天羽に付いて行ってるんだ!?
「あ、おーう。 ついつい。 ごめんごめん!」
しかし当の天羽は名前が間違えられたことを気にもせず、ツッコミもしない。 こいつ、かなりできるな。
「あー、じゃあここまで来ちゃったし、とりあえず一階から回ってくか? 良く行きそうな所も一階に大体あるしさ」
「はいよ! 了解!」
「それついでに一つ聞きたいんだけど、俺とか葉月の名前も勝手に変えたりしてないよな?」
「ん? 変えてるよ、勿論!」
勿論じゃねえ。 やめてくれ。
「えっとね、八乙女くんが乙女くんでしょ? 八とかいらないし。 で、葉月ちゃんがリーフムーンちゃん!」
「人の名前の一部を要らないとか言うんじゃねえ! それと何で葉月が横文字なんだよ!?」
それよりしっかり覚えてるじゃないか。 そうだとすると、さっきの「うたたねちゃん」とやらもわざとか? わざとなのか?
もしもこいつの性格にも、葉山の様に裏があったとしたら……考えたく無い。
「裕哉、裕哉」
「……今度は何だ?」
「リーフムーン、格好良い」
「じゃあ今度からそう呼ぶぞ。 絶対後悔すると思うけど」
こいつら、もう嫌だ……。
「ここが購買で、あっちに食堂もある。 食堂の方はまぁ、人が多いし時間も掛かるから行けば昼休みが全部潰れると思って良い。 だからあまりオススメはしないかな」
「へえ、色々あるんだねえ。 ちなみにちなみにこの購買でのオススメの食べ物は?」
「俺的には焼きそばパンかな! この学校のは結構美味いぞ!」
良いね、こうやって仲間を増やしていこう。 葉月はいつも自分で弁当を作っているし、葉山は弁当の時もあれば、途中のコンビニで大体買ってきているから、俺の仲間は今のところ皆無なのだ。
「本当に!? あたしってご飯よりパン派だから、それは嬉しい情報だね! 今度食べてみるよ!」
「おう!」
良い奴じゃないか。 少なくともこの二人よりも。
「それじゃあ、次は教室の案内かな? ところで、天羽さんってクラスは私達のところなの?」
「うん、そうだよー。 宮沢先生が言ってたしね。 ちなみに席は葉月ちゃんの隣~」
「へえ、そうなのか。 良かったじゃないか、葉月」
「命令、あっち行け」
「だから命令すんなっ!」
「あいたっ!」
全く、会って早々に命令をするのはやめろと言っているのに。 いや会ってからしばらく時間が経っていたとしても、普通はしないけどな。
「……裕哉は私をいじめる」
「それは誤解だろ……いてっ!」
「わはは! どうだ! 葉月ちゃんの分返したぞ!」
「ごくろう」
……何でこう、女子同士ってすぐに結束するんだろうな? このままだと俺が本当にいじめられることになるんじゃなかろうか。 葉月と葉山と天羽が結託して。 そうなったら俺は家から一歩も出ないぞ。
「はいはい。 いつまでも遊んでないで次に行こう? 時間も沢山あるわけじゃないし」
葉山が手を叩いて言うと、天羽はすぐに背筋を伸ばして、やはり敬礼。
「了解! 歌音ちゃんはしっかり者なんだねぇ~」
「あはは、そんなこと無いよ。 私は普通だよ」
どの口が言うか! どの口が言うか! どの口が言うか! 何だよその笑顔は!?
「それじゃあ皆、行こうか?」
と、キラキラと笑顔で葉山は俺達に言う。 呆れるというか、なんというか。 多分しっかり者って言われたのが嬉しかったのだろう。 いつもの十倍くらいは機嫌良さそうだし。
「ん? 葉月、それ何だ?」
「秘密」
葉月は小さな紙を隠すように、ポケットへと仕舞う。 で、その後俺に「少しだけ外す」と言ってどこかへ行ってしまった。
結局それからは俺と葉山と天羽の三人で校舎内を周り、いよいよ最後に紹介するべきところへとやってきたわけだ。
「で、ここが最後ね。 新しい校舎の三階、私と八乙女君と神宮さんが入ってる部活の、部室」
「おお、三人共部活仲間だったんだ? 何部!?」
「……暇潰し部?」
天羽の問いに、俺が物凄く簡潔に分かりやすく答える。 これ以上分かりやすい答えは無いだろう。
「……なんだそりゃ?」
と言われてもな。 正しくその通りに暇を潰しているだけの部活だから困った物だ。
「うーん、簡単に説明すると……皆でお話したり、遊んだり、テレビを見たり……みたいな? 私はいつも、八乙女君と神宮さんと仲良くお話してるかな」
仲良くね。 へえ。
「なんだそのありえない部活は!? もう暇潰しじゃなくて遊び部じゃん!?」
「……一応、何かのイベントの時に新聞的な物を発行するってことで了承を得ているんだよ。 だから、表向きはそれがメインなんだけど……基本的には遊んでばかりだな」
「へぇえ! 面白そうだねそれ! あたしさ、そういう仲良くわいわいってのやってみたかったんだよねぇ!」
「なら、入るか? 実はさ、丁度今部員を探していたんだよ。 三人だけじゃあれだしってことで」
「マジ!? 良いの!? 入って良いの!?」
すごい食い付きっぷりだな。 もうそこまで楽しみな顔をされてしまったら、断れないじゃないか。
「うん。 私も天羽さんが入ってくれるなら楽しくなりそうだし、嬉しいかな」
そう言えばこれは多分関係の無い事だろうけど、葉山は部長会議などを終えた後に「あーあ、誰か代わりに出てくれる人いないかな? 八乙女君とか八乙女君とか八乙女君とか」と言ってきた事がある。 でまぁ、俺は部長でも無いので丁重にお断りしたのだ。
そんな葉山が、天羽が入ってくれたら嬉しいと言っている。 うん。 多分これとそれは関係無いな。 きっと。
「よっしゃー! じゃあ入っちゃおう! 羽美ちゃん入っちゃおう!」
「あはは、ありがとう! それじゃあ天羽さんが入ってくれるってことだし、部室紹介しよっかな!」
葉山は何とも嬉しそうに、部室の扉を開ける。 俺と天羽ににこにこ笑顔を向けながら。
で、俺が最初に目にした光景。 中に座っていたのは葉月だ。 何でここに居るんだよ。
「おかえり」
「……神宮さん?」
俺と葉山と天羽は不思議に思いながらも、中に足を踏み入れる。 そして、気付いた。
一応ここは教室なので、とは言っても机も椅子も俺達が持ってきた分しか無い。 しかし黒板は作られた時に設置されているからあるのだが……その中央に、一枚の写真。
葉山がさぞ嬉しそうに、葉月にヘッドロックをかましている写真が貼ってあった。 そういえばそんなこともあったなぁ。 確か葉月が葉山に「来い、チャレンジャーよ」とか言ったんだっけ。 最近は割りとバトルアニメにハマっているらしく、そういう台詞を言う事が多いから。
「……歌音ちゃん、これって?」
「あ、あー! なんだろねこれ!? 怖い写真だなぁ!」
慌てて、額に汗を掻きながら葉山はその写真を剥がす。
「葉山、あそこにもあるぞ」
教室の一番後ろ。 そこに貼ってあるのは葉山が仁王立ちをして、俺が頭を下げている写真。 あれは確か、誤って葉山にお茶をかけた時か。 懐かしい懐かしい。
「ちょ! な、なんだろうねぇ!? あ、あははあはは!」
それにしても葉月の奴、これがやりたかったのか……。 なんて恐ろしい事を思い付く奴なんだ。
「ちなみに」
葉月は言って、スマホを操作する。 するとすぐに、そのスマホから音声が流れてきた。
『あーあ、今日もあっつ! マジでこの気温どうにかならないわけ? ねえちょっと八乙女君、私の事仰いでよ。 うちわ貸してあげるから』
『なんで俺が!? 自分でやれよ、自分で』
『ああそういうこと言っちゃうわけ? この前八乙女君の代わりに走ったのは誰だったかなぁ。 あーあー、暑いなぁ』
『この……! はぁああ、分かったよ! 仰げば良いんだろ!』
俺と葉山の会話だ。 あの大会があってから少しの間、葉山には逆らえなかったんだよなぁ。 これもまた懐かしい懐かしい。
「こんな感じ」
「……わはは! 歌音ちゃんこわっ!」
「ちょ、ちょっと待って天羽さん! それ勘違いだって!」
「いやいや、だって今ので思い出したよ。 歌音ちゃんってやっぱりあの歌音ちゃんでしょ! 中学の時、裏の頭って呼ばれてた歌音ちゃん!」
「は!? 何でそんな事知ってるのよあんた! 誰から聞いたの!?」
裏の頭って呼ばれてたのか。 何をしていたんだ、中学時代の葉山は。
「いやだって、あたし歌音ちゃんと同じ中学だったし?」
元気良く、快活に、手を腰に当てて、天羽羽美はそう言ったのだった。