表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
葉月と俺の関係とは
11/100

葉月と俺の関係性とは

八乙女やおとめ君!!」


なんとか立ち上がって、なんとか走りだそうとした時、後ろから声が掛かる。 振り向くと、少々額に汗を掻いた葉山はやま歌音うたねがそこに居た。


くそ、こいつが後ろから来たってことはトップの奴らはもう四周目に入るってことか? 冗談きついな。


「……葉山か、何だよそんな大声出して」


「そりゃ出すわよ! 殆ど足引き摺ってるじゃない!」


「でも! ……はぁはぁ、走れないわけじゃないって。 そりゃ……痛いけどさ」


「……八乙女君、どうしてそんな無理するの? そこまでして、神宮じんぐうさんとの約束って大事なの?」


「ああ、大事だよ。 葉月はづきが約束守って、俺が破ってたら示しが付かないだろ?」


「でも、その約束だって、きっと神宮さんが無理に頼んだんでしょ?」


「まぁ確かにそうだけど……でも、俺はそれを引き受けたんだし」


「そんなの言えば良いじゃない。 足が原因で無理だった、とか。 頑張ったんだけど駄目だった、とか。 いくらでも言えるでしょ?」


葉山は俺の肩を支えて、コースから少し離れた位置に動かしながら言う。


本来だったらこんな話をしている暇なんて無いのだが、正直な所、少しだけ足を休めたかったので丁度良かったかもしれない。


「言えるわけ無いだろ。 そうやって言った時点で、俺は葉月に嘘を吐くことになる。 あいつに嘘は、吐きたくない」


「嘘じゃないでしょ。 現にこうやって八乙女君は神宮さんの為に頑張ってるじゃない」


「嘘だよ。 嘘だ。 ちゃんと約束守らないと、駄目なんだよ。 葉月はきっと、悲しむしさ」


「……だから分かってないって言ってるのよ!! 八乙女君は何も分かってない! 八乙女君が今やってることが、そうやって頑張ってることが、一番神宮さんを悲しませてるってどうして分からないの!?」


「なんで俺が頑張るのをあいつが悲しむんだよ! それこそ訳が分からないってんだ!」


「……そんなの、そんなの決まってるじゃない。 そうでしょ、神宮さん」


葉山は俺の後ろに顔を向けて言う。 俺も釣られて、葉山の視線の先を見ると、そこには言葉通り葉月が立っていた。


血相を変えて走って来たのだろうか。 スタート地点からここまでは大した距離も無いのに、額にはしっかり汗を掻いている。 それに息遣いも荒いし。 全く、どれだけ体力無いんだよ。


「……葉月」


「八乙女君、分かる?」


「分かるって、何が?」


「はぁ、鈍感はこれだから嫌。 どうして神宮さんが私にだけ「頑張って」って言ったと思ってるの? どうして怪我をした時、八乙女君が頑張って何とかするって言ったのに、神宮さんは背中を向けたと思ってるの?」


「……それは」


……そんなの、本当は分かっていた。 葉月が俺の事を気に掛けているって。 心配してくれているんだって。


だけど、そう思わないようにしていた。 だってそれを考えてしまったら、それに甘えてしまいそうだったから。 俺は、諦めてしまいそうだったから。


約束をしたのに、それを破ってしまいそうだったから。


「悪い、行かないと。 早くしないと、賞品貰えないしさ」


俺は言って、立ち上がる。 葉山の言葉も、葉月の存在も、一旦頭の中から消して。


「八乙女君!」


葉山は言い、俺の肩を掴む。 言いたい事は分かるって、俺だってそのくらい、分かるよ。 とっくに分かっていたんだ。


そんなイライラと、行き場の無い感情はすぐ傍にいる葉山へと向かっていく。


「中途半端に止めるのは嫌なんだよ! もしここで葉月との約束破るくらいなら、今頑張って無理に走って、大変な事になったって構わない!! なんなら一生走れなくなったって良いさ! 今諦めたら、俺は俺が嫌になっちゃうんだ!!」


葉月の為でも、葉山の為でも無い。 これはきっと、自分の為。 俺達に散々言い訳をしていた葉山も、こんな気持ちなのだろうか? 他人の為ではなくて、自分の為だと。


「俺は()()、約束を破るのは絶対に嫌だッ!!」


「……八乙女君」


「俺は最後まで走る、じゃないと何の意味も無いから」


葉山は俺から手を離して、それを感じた俺は、葉山に背中を向けて走ろうとした。 だけど。


「裕哉!」


がっちりと、俺の体に手を回して、すぐ後ろから、葉月の声が聞こえてきた。


「裕哉、もう良い! もう、頑張らなくて良い!」


「……葉月?」


「だから、やめて。 裕哉が辛そうなのを見ていると、苦しい。 嫌だ」


葉月は言って、俺の背中に顔を埋める。 その声は震えていて、初めて俺は、葉月のそんな声を聞いた。 感情を出さないこいつが、もしかすると初めて感情を出したかもしれない。


「もう、休んで。 頑張らなくても、約束守らなくても、良いから。 お願い」


「だけど、俺は」


「……諦めるまで、こうしてる。 命令」


その手で来たか。 その手を使われてしまったら、俺はどうすれば良いんだよ。


「裕哉、頑張らないで」


そんな声で言われてしまったら。 そんな泣きそうに言われてしまったら。 余計に分からなくなってくる。


約束を守る事と、今葉月の命令に従う事。


どちらが大切か、どちらを優先するべきか。 俺は必死に考える。


「……お願い」


その声を聞いて、全部分かってしまった。


俺が約束を守るからと言ってしていたこと。 それは、昨日の夜に葉山が言っていたことなんだ。


『八乙女君がいくら優しくして、頑張って、誰かの為にやっても、それで心が痛くなる人も居るんだ。 絶対にね』


今回、俺が傷付けた人物。 傷付けてしまった人物。 そいつは今こうして、俺を必死に止めている。 柄にも無く、感情を出して。


俺は葉月を傷付けたく無い。 それが今、一番俺の中にある感情で……それをする為には、俺が葉月の命令に従えば良いだけのこと。 だけどそれだと。


「……はいはい、そういう風に抱き合うのは良いけどさ、私の事忘れてない?」


「べ、別に抱き合ってはいないだろ! 葉月がこうしてるだけで!」


思考を遮るような声。 まるで、俺が何に葛藤しているかを分かっているように。


「全く、はぁ。 八乙女君、一つだけ言わせて貰って良いかな」


そして葉山は腰に手を当てながら、口を開いた。 俺が悩んでいる事に対する答えを。


「八乙女君が言う約束を守るだとか、それってもうさ、八乙女君のだけじゃないでしょ。 こうやって私を巻き込んでまだそう言うなら、本当に引っ叩くけど」


「たまには、頼ってみたら? ()を」


葉山は言い、俺の方に拳を向ける。 それは、いつか一緒に犯人捜しをした時のように。


「けど、それは俺がした約束で……」


「分からず屋。 間抜け。 アホ。 馬鹿」


「……言い過ぎだろ」


「大体、何勝手に一人で頑張ってんの? 八乙女君、私に最初「葉山って走れないのか?」って聞いたよね。 あの時は私に頼ろうとした癖に、何今更それシカトしてんの? 舐めるんじゃないわよ」


「……葉山」


「あんたが言う「友達」って、都合が良いだけの存在? 私を頼ろうとして、でもやっぱ自分で頑張りますーって言いたいの? もしもそうなら、私は八乙女君のことは友達だと思わない。 だけど、そうじゃないなら」


「頼りなさいよ。 八乙女君が言った「友達」を」


「……あーくそ、分かった分かった分かったよ! お前らほんとそう言うの止めろよな! すっげえ恥ずかしいからさ!」


これは絶対言わないけど、それに加えてかなり嬉しい。


「葉山がそこまで言ってくれて、葉月がそこまでしてくれて。 全くほんと、お前らお人好しだよな!」


「八乙女君がそれを言う? あはは」


「……うっさい」


「んで、いつまでもこうしてるの嫌なんだけど。 決めたならさっさとしてよ」


葉山は未だに拳を突き出しながら、少し笑いながら、言う。


「……くそ。 良いところ持って行くよな、お前って」


「あはは。 別に良いでしょ? 私なんだし」


「ああそうだ、そうだったそうだった。 じゃあ、葉山」


「はいはい、何?」


そして、俺は言う。 その言葉はきっと、人に言ったことの無い言葉。 俺がこの数年間、誰かに言われてきた言葉。 言ってみて初めて思ったが、本当に友達だと思える奴にこれを言うのは、ちょっと申し訳ないって感じだな。 だけど、それと一緒くらいの大きさで、安心できる言葉だ。


「後は、任せた」


「了解。 任せて、八乙女君、神宮さん」


葉山と俺は拳を合わせる。 あの時は騙して、騙される関係だった俺と葉山。 その関係は少し変わり、今は信頼して、信頼される関係だ。


「よっし。 じゃあちょっと頑張ろうかな。 ぐだぐだ八乙女君の所為で遅れちゃったわけだし、終わったらご飯くらい奢ってね?」


「……ったく、しっかりしてるよな、葉山は。 ま、そのくらいなら良いよ」


「やった! 何のお寿司食べようかな~」


「なんで寿司なんだよ! 普通ファミレスとかファーストフードとかだろ!?」


「チッ、まー別に良いけど。 それじゃちょっと行ってくるよ。 また後で、お二人共」


「おう。 あー、そうだ。 葉山」


「ん? なに?」


「頑張れよ! 絶対勝て!」


「あはは! 任せなさい!」


そして、葉山は走り去る。 これまでの遅れを取り戻すかのように、全速力で。


あっという間に視界から葉山の姿は消えて、その場に残されたのは俺と葉月。


「……悪かったな、色々と」


背中に葉月を感じながら、俺は言う。 今回一番心配させて、一番迷惑掛けたのはこいつだな。


「別に良い。 分かってくれたから、良い」


「そうか。 てか、とりあえずなんだけど」


「なに?」


「……その、そろそろ離れてくれないか。 恥ずかしいから」


「……」


てっきり恥ずかしさから葉月に殴られるのかと思ったが、そんなことは無く、葉月はただ黙って俺の隣に腰を掛けて、その大会が終わるまで、ずっとそうやって横に居た。




「あーあ、惜しかったなぁ。 先頭結構固まってたから、後もうひと息だったんだけど」


「いやでもあそこから走って行って追い付くだけで充分だよ。 本当にありがとな」


残念ながら、さすがに参加者もそれなりの実力者揃いという所為もあって、結果はギリギリ十位。 悔しいけれど、これが現実だ。


「威勢良いこと言っといて、こんな結果で申し訳ないって。 それにムカつく。 あ、それならいっそ一位の人襲って賞品奪う?」


「それは止めろ!」


放っておいたら本当にやりそうだ。 なんて事を考える女だ。


「あれ、そういえば神宮さんは?」


「ああ、なんかアニメの再放送がーって言って帰ったよ。 結果だけ見てすぐに」


「そうなの? なんか薄情だなー、あのオタク人形」


色々バリエーションがあるのか、その人形シリーズって。


「まぁ、口では良いとか言っておいても結構欲しがってたのは事実だしさ、やっぱりショックなんじゃないのかな」


「それはどうかな。 私的には、八乙女君が無理してあんな風になったことの方が、ショック受けてるみたいだったけど?」


「……言うなよ。 俺だって、反省してるって。 葉山の昨日言ってた言葉の意味、ようやく分かったし」


「なら良し。 私もわざわざ出向いた甲斐があったね。 で、ご飯を奢ってくれるってお話なんだけど」


「あー、あったなそんなのも。 マジで寿司とか言うなよ? 高校生にそんなの求められても、困るしさ」


「ウソウソ。 さすがに冗談だって。 でさ、ちょっと考えたんだけど……神宮さんの手料理食べてみたいなーって。 八乙女君、前にすっごい褒めてたじゃない? 豚に真珠とはこのことだとか、神宮さんのこと貶しながら」


「言ってないからな。 捏造するな」


マジでやめてくれ。 葉月の奴はそれを聞いたら絶対本気にするだろうから。


「あれ? そうだっけ?」


「お前な……。 でもまぁ、美味しいのは事実だよ。 ああ見えて、料理上手いし」


「やっぱそうなんだ! ならさ、今から神宮さんの家行こうよ。 メール入れとけばいきなり行っても大丈夫でしょ? お昼ご飯の時間には丁度良いしさ」


「あー、うーん……。 分かったよ、とりあえず連絡してみる」


「はーい。 よろしくっ」


それから俺は葉月と連絡を取り、事情を説明したところ、二つ返事で「OK」とのことだった。 てっきりショックを受けているんだとは思ったけど、意外にもそんな様子は感じられなかった。


「あそうだ。 これ、八乙女君に渡しとくね」


「ん? なんだこれ、ペンダント?」


「そ。 さっきの大会の賞品。 私はどうせ使わないし、神宮さんにあげるなり好きにしていいよ」


「……なんか、お前って二重人格だったりするのか?」


「あ?」


「ああいや何でも無い。 すいません」


怖かったり、と思ったら優しかったり。 何とも不思議な奴だよ。 まぁ、本当にいらなかったかもしれないし、葉山の気遣いだったのかもしれない。 俺にはそれがどっちかなんて分からないけれど、それは多分分からないままで良い。 とにかくありがたく貰っておく事にしよう。


「じゃあ、行くか。 葉月の部屋」


「どーせあのだらしない奴の部屋だし、散らかってるんだろうなぁ。 写真にでも撮って朝、黒板に貼り付けてみようかな。 あはは、今から反応が楽しみ」


「やっぱお前性格悪いな!」




「まぁ、俺が言うのもあれだけど……皆お疲れ! 色々迷惑掛けたけど、なんとか無事に終わったな」


それから俺と葉山で葉月の部屋を訪ね、打ち上げ開始。 意外にも葉月はいつも通りといった感じで、正直言って拍子抜けだった。 勿論、悲しいって感情を表に出していないだけかもしれないが。


「……葉山、とりあえず()おめでとう」


「ちょっと八乙女君! なんかこいつすっごい嫌味っぽくない!?」


「俺に言うなっ! 葉月も葉月で、葉山は葉月の為に頑張ってくれたんだからそんな風に言うなよ!」


「……でも、その」


「……ありがとう」


やっぱり無表情で、やっぱり淡々と、葉月は葉山に言う。 だけどその気持ちは多分伝わったんじゃないかな。


「……だから、何度も言うけど自分の為にやっただけ! あんたの為じゃないから!」


ほらな、口ではそう言っても葉山は少し嬉しそうだ。 顔を見て考えてる事が分かるって言っている葉月じゃないが、俺にだってそのくらいは分かった。


「それより神宮さんはやることあるでしょ? やることって言うか、言う事? それも私にじゃなくて」


「分かってる。 裕哉」


「はいはい」


「……やっぱなんでも無い」


なんでも無いのかよ。 はは、照れてるのかな? こいつ。


「そっか。 なんでも無いなら、それで良いよ」


「ったく……ほんと結局、なーんも変わらなかったわね。 神宮さんももうちょっと気持ちを八乙女君に言えば良いのに」


「別に良いって。 一位取れたらこそだろ? だから、今回は良いんだよ」


「ま、八乙女君がそう言うなら良いけど。 私的には納得いかない!」


なんでお前が怒るんだ。 別に良いじゃないか、変わっても変わらなくても。 俺は今のこの関係ってのが好きなんだし、面白いと思っているんだから。 葉月が変に感情を表に出すようになった日には……。


一体、どうなるんだろうな? それもちょっと面白いとは思うけれど、やっぱり今はこのままで良いと俺は思う。


「そうだ、葉山。 これからも部活続ける?」


「は? 何急に。 一区切り付いたからってこと?」


葉月の斜め上からの話題に、葉山は即座に反応する。 こいつも葉月の話の振り方に手慣れてきた節があるな。


「そう。 あまり強要はしたくないから。 葉山がやめたいなら」


「っはぁああ。 用が済んだからもうお前はいらないよってこと? 神宮さんも八乙女君もそういうウザい所とかそっくりだよね。 嫌ですよーだ! しっかり三年間って約束だから、神宮さんがやめろって言っても私は部長ですよーだ! もしそれが嫌なら、神宮さんが辞めれば? ふ・く・ぶ・ちょ・う・さ・ん」


「裕哉、やっぱり葉山は性格悪い。 素直じゃない」


「人の事言える立場じゃないだろ」


「……そうかも」


……全く。 素直なんだか、そうじゃないんだか。


葉山の場合は本当に分かりやすい部分もあるから助かるけど、葉月の場合って分からないからなぁ。 多少はそりゃ分かるけど、全体を掴むのにはまだまだ時間が掛かりそうだ。 まずそこからってのが、何とも難しい付き合いにはなりそうだけど。


「ま、とりあえずは一件落着。 それで良いでしょ? 神宮さんに八乙女君」


「そうだな。 俺としては学んだこともあったし、謝りもお礼もしないといけないけどさ」


「なんて言うか……。 良かったよ、葉月と葉山とこの部活作って、こうやって遊んだり大会出たり、楽しかった。 ありがとうな」


「……私も。 葉山は性格悪いけど、友達。 裕哉も、友達。 一緒に居たい」


「良くもそんな寒い台詞が言えるわよね、あんた達。 けど、一応私も……それなりには暇潰しになったし? 一応は友達ってことだし? 一応は部活の部長だし?」


「……その、これからもよろしくね」


言って、葉山は俺と葉月の前に手を差し出す。 なんとも不器用な奴だけど、なんとも口が悪くて性格も悪い奴だけど。 それでも俺と葉月は、こいつと友達なんだ。


二人で顔を見合わせて、俺は笑って葉月は無表情で。


葉山の手に、一緒に手を重ねる。 葉山は先ほど「何も変わらなかった」とは言っていたが、それはちょっとだけ違うかもしれない。


きっと、多分。 変わった物は少しくらいあるんじゃないかな。 俺達がまだ気付いていないってだけで、変わった物が。


「っはあ。 なんかこんな青春っぽいの苦手苦手。 ってわけで私は帰ろっかな。 結構良い時間だし」


「本当だ。 早いなぁ、時間経つの」


「おっさん臭い事言わないでよ。 私もこう見えて疲れてるしね。 八乙女君だって疲れてるでしょ? あんな無理して走ってたんだから」


「まぁ、そうだな……。 それじゃ、俺も帰るか」


「……」


俺の言葉に、立ち上がって俺の事を見下ろしていた葉山はキッと睨みつける。 で、テーピングされている足を踏み付けてきた。


「いってぇえええええ!!!!! おま、お前何すんだよっ!?」


「チッ……。 ちょっと来て」


「俺一応怪我してるんだからな! そこを踏むとか悪魔か!?」


「良いから来い!!」


半ば無理やり、俺は玄関まで連れて行かれる。 葉月はというと、特に気にした様子も見せずにアニメ雑誌を読んでいた。 助けてくれよ、酷い奴だな。


「……八乙女君死にたいの? ねえねえ」


「いてっ! 言いながら足をつつくな! マジで痛いって!」


「だって、あまりにも八乙女君が馬鹿だからよ」


「馬鹿って……何が? 意味が分からないんだけど」


「あー、そういえばあいつ言ってたわね。 えーっと、なんだっけ名前。 学校で八乙女君の前の席に座ってる奴」


「……蒼汰そうたか? 北沢きたざわ蒼汰」


こいつもこいつで酷いな。 クラスの奴の名前くらい覚えておけよ。 一応はクラスの中心なんだからさ、お前。


「そうそう、あいつが言ってたわね。 裕哉はいっつもどこか抜けているって。 納得だわ、これなら」


「お前は一体何が言いたいんだ。 俺をいじめたいだけか」


「八乙女君をいじめても反応つまらないし。 どうせならあっちの人形の方が良いかな」


実践するなよ。 あいつはよく「裕哉は私をいじめる」と言ってくるが、それが「葉山が私をいじめる」との相談になった時、俺はどう対応をすれば良いってんだ。


「で、何が言いたいかって? ……はぁ、私が何の為に先に帰るの? 何の為にさっき賞品をあげたの? そこで「俺も帰る」とか馬鹿の極み!」


「私が居たら話そうにも話せないことだってあるでしょ。 だから折っ角! 先に邪魔者は消えようって言ってあげてるのに……あーなんか考えたらムカついてきた」


「いてててて!! だからつつくなって!! 言いたい事は分かったからっ!」


「なら良いけど。 しっかりやりなさいよ、分かった?」


「分かったよ……。 お前ってやっぱ優しいよな、そういうところ」


「うざ。 そういうの良いから」


「別にただそう思っただけだってのに……。 まぁ、良いか。 それじゃあ葉山、また明日」


「はいはい。 また明日」


葉山は言い、俺に気だるそうに手を振って、部屋を後にする。


こいつには多分、俺は一生敵わないかもしれないな。




「裕哉、葉山は?」


「ああ、やっぱり疲れたから帰るって。 あいつ、めちゃくちゃ頑張ってたもんな」


それから俺は葉月の元へ戻り、前のように二人してベッドに腰を掛ける。 外から見える景色は既に赤くなっていて、後少しすれば暗くなってしまうだろう。


なんだか長かった一日も、終わってしまえばあっという間。


「そう。 裕哉、足は大丈夫?」


「さっき葉山に踏まれてた時、葉月さんは何してましたか?」


「これ読んでた。 今期アニメの見所特集」


「……そうですか」


あーあ、やっぱり変わってないよ。 なんにも変わりはしない。 えらく普通に、いつも通りだ。


「裕哉」


「ん? どした?」


「……ごめん」


「は? 何で謝るんだよ? というか、謝るのは俺の方だろ……一位取れなかったしさ、葉月の気持ちにだって、気付かなかっただろ」


「でも、私の所為。 わがまま言ったから」


「別に、そんなの本当に良いって。 結局さ、最後は俺の変な意地みたいなもんだし」


「違うの。 そうなったのも、私の所為」


葉月は俺の顔を見ずに、雑誌やら葉月の服やらが散らかっている床を見つめ、言う。


「裕哉には、沢山言わないといけないことがある。 だけど、難しい」


「分かってるよ。 別に良いって、言わなくても」


なんとなく、葉月の言いたい事は分かる。 お礼とか、そういう色々を言いたいつもりなのだろう。


「でも、言いたい」


「また難しい事言うな……。 だったらあれは? アニメの台詞」


用意されている台詞なら簡単に言えるって言ってたからな。 それなら葉月の伝えたいこともすんなり言えるんじゃないだろうか?


「自分の言葉が良い」


だけどこいつはこう言う。


「わがままだなおい。 まぁ、でも俺はそれに喜ぶべきなのかな、やっぱり」


用意された言葉じゃなくて、自分で用意した言葉が良いと、そう言ってくれている。 それはきっと、俺は喜ぶべき事なんだろう。


「一つ、案があるの」


「案? どんな?」


「うん。 少し待ってて」


そう言うと、葉月は部屋から出ようとする。 そんな背中に俺は声を掛けた。


「あーっと、その前にさ葉月。 渡したい物あるんだった」


「……なに?」


危ない危ない。 先ほど葉山に言われたばっかだってのに、忘れかけてた。 本当、この性格をどうにかしたいよ。


「これ、葉山が取った賞品だけどな。 俺にくれたんだけどさ、使わないし……葉月にやるよ」


あれだけ葉山の事を素直じゃないなんて思っていて、俺がこれだ。 結局俺も素直じゃないのかもな。


「……ペンダント?」


「いらないならいらないで良いけど。 桜夜さよにでもあげるから」


「ううん、いる!」


葉月は俺の持っていたペンダントを奪うように取り、それを眺める。 夕日に照らされながら、じっくりと。


「綺麗」


「そうかぁ? 安物だろうし、おもちゃみたいだけど」


「だけど、綺麗」


それはきっと、太陽のおかげだろう。 窓から差し込んできている赤い光で、綺麗に見えるだけなんじゃないのかな。


「……」


葉月はそんな俺の考えも知らずに、そのペンダントを付ける。 で、俺の方に向き直って聞いてきた。


「どう?」


「……うーん。 なんて言うか、更に人形っぽくなったというか」


「……」


あれ、これは怒っている……のかな? 女子という物はイマイチ良く分からないな。


「ああでも、似合ってる! 割りと良い感じだな!」


「ならいい」


……次は少し機嫌が良くなったか? 難しい、これは難しいな。 今度葉山にでもどういう事を言われたら喜ぶのかとか、どういう事を言われたら怒るのかとか、聞いておいた方が良さそうだ。


「裕哉、少し待ってて」


先程と同じ台詞を言って、葉月は今度こそ部屋から出て行く。 その足取りは少し軽そうにも見えた。


「……疲れたなぁ」


一人だけ残された部屋のベッドの上。 俺は呟き、横に倒れる。


葉月と出会ってからの一ヶ月と少し。 本当に色々あったな。


最初に会ったのは教室の入口でぶつかった時で、あいつは俺を無視したんだっけ。


んで、それからノートや教師達から出された課題を家まで届けに行って、あいつの趣味を知って。


なんとなく一緒に行動するようになって、なんとなくそれに葉山が加わって。


気付いたら部活なんて物が作られていて、気付いたらここに居て。


振り回されて一緒に居た少しの期間、大変だったし辛いこともあったけど、それ以上に面白かった。 面白くて、楽しくて、たまに嬉しくて。


葉山はたまに「神宮さんは八乙女君に甘えてる」とか言うけれど、ひょっとすると甘えているのは俺の方かもしれないとも思う。 だって、あいつが居てくれて俺の日常は楽しい物になったから。 それにきっと、俺は甘えているんだろう。


何も面白い事が無かった日々。 何も楽しみが無かった日々。 それを変えてくれた葉月。 面白い奴だし、楽しい奴だ。


まぁでも、別に甘えてるだとか甘えられてるだとか、そんなのはきっとどうでも良いことなんだ。 少なくとも、今はまだ。


葉月は俺と居る理由の一つに、自分の趣味を凄いと言ってくれたのを嬉しいって言っていたっけ。 俺にはやっぱり、そんなのはそこまで喜ばれることじゃ無いとは思うけど。


きっとそれは否定された時の悲しみを知っているから、だからこそ肯定された時に過剰に嬉しくなるだけだろうし。


そんなのを昔、俺も経験したっけか。 中学生の時、一度だけ。


「裕哉?」


「ん? おお、悪い。 なんかこの部屋に居ると落ち着くんだよなぁ。 ごめんごめん」


俺は言って、起き上がる。 さすがに何も言わずにベッドに横になるのはまずかった。


「別に良い。 やっと死んだかと思っただけ」


「やっとって何だよ!? 心の奥底では俺の死を望んでいるのかおい!?」


「それより」


いや大事な話じゃないか。 葉月が本気で俺に死んで欲しいとか思っていたら、明日からどう接すれば良いんだよ。 そんな大事な話を「それより」だけで片付けないで頂きたい。


「これ、あげる」


「……ん? 紙?」


無表情で渡してきたのは、紙。 A4用紙ほどのサイズの紙だった。


「絵、描いたの。 気持ち言えないから、絵で」


「ああ、さっき言ってた「案」ってのはこれか。 なるほどな」


「うん。 そう」


「見て良いか?」


「良い」


さて、一体どんな絵が描かれているんだろう。 もしも血塗れた俺の絵とかだったらどうしよう。 実に心配だ。


それともただ単に気持ちを何かの絵で描いただけ……かな。 葉月のことだから、どうせアニメの絵だろうけど。


そう思って、俺は紙を裏返す。 正しく言えば最初に渡された時に上を向いていたのが裏だったから、表に返す。


「……これって」


本当にシンプルで、本当に分かりやすくて。 これは多分、葉月の本音で、葉月のやりたい事なのだろう。


その絵には、笑顔でありがとうと言っている葉月が居たのだから。


「はは、あはは!」


おかしくて、面白くて、俺は笑う。 こんな気持ちの伝え方なんて初めてだよ。 生まれて初めてだ。 だがこれが葉月の気持ちで、伝えたい気持ち。 それはしっかり、俺に伝わったよ。


「実は嘘」


「嘘なのか!?」


「……」


まぁ、このくらいは分かる。 葉月が照れているって事くらい分かってやらないとな。


それはそれとして、俺が今、葉月に言うべき言葉。 今まで何回もお礼を言われているけれど……勿論、こうやって笑顔の葉月を見るのは初めてだ。 絵だけどな。


その度に俺が言わなかった言葉。 それは今、言わないと駄目なんだろう。 絵とは違って葉月は相変わらずの無表情、それでもやっぱり、その葉月に対して言わなければいけない言葉。


「どういたしまして、葉月」


こうして、俺と葉月の関係は変わらずに進んでいく。 もう世間は初夏と呼べる時期。 出会いの季節とは少しだけずれてしまっているが……まぁその辺は俺達だし、仕方ない事だろう。


「うん。 裕哉、アニメ見よう。 録画してある奴」


「待て。 どういう話の流れでそうなったんだ?」


「見ない?」


「俺結構疲れてるんだけど……」


「大丈夫。 アニメ見れば治る」


「風呂入って寝たいけど……」


「大丈夫。 アニメ見れば眠気も無くなる」


「……」


「アニメ見よう。 裕哉」


「……はいはい。 分かりました分かりました!」


この神宮葉月という少女と一緒に居ると、振り回されてばかりで嫌になってくる。 嫌になるけど、それをどこか俺は楽しいとも思う。


それに無理難題を吹っ掛けられるし、脛なんてもう何度蹴られたことか。 大変だけど、それでもどこか暖かい気もする。


まぁ、大変だったり楽しかったり、色々面倒で忙しいけれども。


いつかこの葉月が描いた絵のように、葉月が笑ってくれるとするならば。


俺ももう少し、頑張るのも良いかもしれない。


「裕哉、早く。 命令、早くして」


「はいよ。 今座るから待ってろって」


とりあえずはまぁ、俺と葉月の関係性。 始まりの始まりで、本当に最初に出来た関係だ。 それは分かって貰えただろうか。


こんな関係が変わる日は来るのだろうか? 葉月が心の底から、こんな風に笑ってくれる日が。


もしもそれが見れたなら。


それはきっと、俺と葉月の関係が今より少し、変わった時のことだろう。


俺はそんな事を思いながら、テレビの前に座る葉月の横へ、腰を掛けるのだった。

以上で第一章終わりです。

お気に入りして頂いた方、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ