俺と葉月が進む道【16】
「さっむ……」
「ほらほら、だからあたしの手編みマフラーをするべきだよ。 ね?」
身震いする俺の体に絡まるように抱きついて。 正直かなり鬱陶しい。
「ね? じゃねえよ。 それに手編みって言っても殆ど葉山に教えられながらだったじゃんか」
「むぅ、それは言わない約束なのに、にぃには分かってないなぁ」
やかましいわ。 いつそんな約束をしたんだよ。 それにそのマフラーはありえない長さになってしまった所為で、今は絶賛枕として活躍中だ。
「んじゃ、行ってきます」
「あいよ! 行ってらっしゃい!」
元気良く手を振る桜夜に軽く手をあげて、俺は家を出る。 三月の末、俺は寒さに震えながらとある場所へ向かう。 とは言っても、色々と行くべき場所があるから……まずは、やっぱり葉山のところかな。
「よっす」
「おう、なんか久し振り」
葉山との待ち合わせ場所は、葉山の家の近くにあるでかい公園。 そこにある人口の山のてっぺん。 時間より少し遅れて行った俺を葉山は特に怒ることはせず、笑って迎えてくれた。
そんな葉山はやはりというか、ニット帽を深くかぶって、更に首にはマフラーをぐるぐると巻いている。 寒がりなのはいつまで経っても治らなさそうである。
「ほんとね。 八乙女君も天羽さんも、すっかり忙しくなっちゃってさー。 私の身にもなれっての」
「悪い悪い。 忙しい時期だから仕方ないんだって。 お前もそうだろ?」
「まーね。 けど、私は二人とは違うから多少は暇なのよ。 ってわけで、今度もしもそういう機会があったら時間を作ること。 良いわね?」
葉山に関して言えば、成績も態度も優秀だっからな。 推薦を貰えたのは当然と言えば当然のことだ。 俺としては普段のこいつを是非とも見て欲しい。
「努力はしますよっと。 ま、問題はそんな機会が来るかだけど」
俺は言いながら、四角いベンチに腰をかける。 立っていた葉山も俺と一人分ほどのスペースを空けて、隣へと腰をかけた。
「来るでしょ、きっと」
「だと良いな」
高い場所にある所為で、風は強い。 そんな風に震えながら、葉山は俺の横顔を見ながら口を開く。
「んー、八乙女君、老けた?」
「おい」
面白いくらいに変わらないな。 まぁそれもそうか。 高校を卒業したからといって、いきなり変わるわけなんてないから。
「……そういう葉山も老けただろ?」
「マジ? やっぱ夜更かしがいけないのかな」
ああいや、訂正。 変わったよ、こいつは。 前なら問答無用で殴り飛ばされていた台詞だ。 なのに今はこうして、何もしてこず、普通に会話を続けられる。
それがなんだかちょっとだけ、寂しくも感じてしまう。 変わるってのはきっと、こういうことなんだなって。
「あ、そだそだ。 これ、私からね」
「ん? なんだ、別に良いのに」
「そう言わずに貰いなさいよ。 全然余裕で入るでしょ?」
ううむ、でもなんだか悪い気がしてならない。 結局、葉山には最後まで恩を売られっぱなしだった気がするぞ。 いつか何かしらの形で返せれば良いんだけど。
……いやでも、葉山のことだから現金で返した方が良いのか? 現金にするとどのくらいになるのか、ちょっと怖い。
「よっし、これで良いわね。 んで、それは後で見ること。 今見たらマジでここから突き落とすから」
「それ冗談じゃなさそうだな。 分かったよ、後で見る」
「うむ。 よろしい」
腰に手を当てて、満足そうに葉山は言う。 ああ、そうだ、葉山のノリに巻き込まれてすっかり言うのを忘れるところだった。
「葉山」
「ん? どったの?」
「……ありがとな、助けてくれて。 俺さ、お前には本当に感謝しているんだ」
「うわ、きもちわる」
酷すぎる反応どうも。 そこは普通、こちらこそとかそういうのを言う場面だろ! 折角の雰囲気が台無しだなおい! やっぱこいつ変わってねえわ!
「別に気持ち悪くてもいいや。 だから、ありがとう」
「……はー、八乙女君ってなんか、変わったよね? 周りがーとかじゃなくて、八乙女君自身が」
そうだろうか? 特にそんなことはないと思うぞ。 頭の中では案外失礼なことを考えている部分とか。
「それは、葉山が変わったからじゃないか?」
「そりゃそれもあるけど。 でも、前よりなんか、優しくなったかな」
前より、優しく。 まったくそんなことは思わないが……。
「ああ、そうじゃなくて。 自分に優しくなったなって思ったんだ。 気持ちを伝えるのに悩まなくなってるし、そうやって自分を縛らなくなってるし、だから自分に優しくなったって言ってるの」
「ふうん……。 実感ないけど、それって良いことなのか?」
俺の言葉に、葉山はマフラーを巻き直す。 そんなことをしながら下を見下ろして、言う。
「さぁ。 けど、私は良いことだと思うかな」
「……そっか。 んじゃ、それは良いことだ」
葉山が言うのなら、そうだろう。 正しくて真っ直ぐな気持ちを持っている葉山がそういうのなら、それはつまりそういうことだ。
「行くの?」
「そろそろ行かないと、間に合わないし。 葉山も時間ヤバイだろ?」
「……あ! マジじゃん! てか気付いてるならさっさと言えボケ!」
「あっぶねぇ!? お前今突き落とそうとしただろ!?」
「あーヤバイヤバイ! 間に合わなくなるッ!!」
葉山は言いながら、持っていた荷物をそそくさと持ち上げる。 俺の言葉は完全にスルーされたようだ。
「よっし! んじゃ」
慌ただしく階段を降りようとした葉山は一度振り返って。
「また会おうね、八乙女君」
「ああ、当然。 また会おう」
こうして、俺は葉山歌音と別れを告げた。
「懐かしいなぁ、ここ」
次に向かったのは、天羽の家。 葉山のところからはそれほど離れているわけでもないので、あれから十分ほど歩いてそれは見えてきた。
「お! 見慣れた影発見! 誰だ!?」
「見慣れているなら聞くなよ……。 久し振り、天羽」
「わはは! それもそうだね、お久し振りだ、八乙女くん」
葉山とは違って、如何にも女子らしい格好をしている天羽。 この寒い中スカートというのは見てるこっちが寒くなるくらいだ。
「歌音ちゃんとの用事は済んだのかい?」
にっこり笑って言う天羽。 葉山とは違って、こいつのそういう部分はまったく変わっていない。 天羽の場合はそれが本当に良い方向なんだ。
「済んだよ。 あいつ、時間すっかり忘れてて慌ててた」
「おおう。 見たかったなぁそれ。 んで、んで指さして笑ってやりたい!」
「お前、そのパターンで行くと後で葉山にバレて殺されるパターンだからな」
「は!? まさか八乙女くん、歌音ちゃんと裏で繋がっていて……」
「なわけあるか!」
どちらかと言えば、そんな恐ろしい関係は俺が嫌だ。 断固として嫌だ。 例え天地がひっくり返ろうとも嫌だ。 葉山と悪い関係になったら、間違いなく俺はそのうち、とかげの尻尾切りのごとく捨てられる。 間違いない、断言できる。
「わはは。 冗談冗談。 そっかぁ……お別れしたんだ、歌音ちゃんと」
「ったく。 まぁけど、また会おうって約束はしてきたよ」
「うむうむ。 ならいいんだ」
天羽の家のすぐ下で、天羽は座りながら、俺は立って話をする。 今までのことだとか、これからのことだとか。
「天羽も、大学に行くんだっけ?」
「うん。 大変だと思うけどね、頑張らないと」
「そうだな。 頑張れよ」
天羽はあれから、物凄く勉強をして凛さんと同じ道に進むことを選んでいた。 正直言ってそれが一番驚いたし、意外でもある。
天羽の性格からして、楽に生きることに全力を注ぎそうな感じだったんだけどな。 こいつもこいつで考えはあるんだと、思い知ったよ。
「いひひ。 八乙女くんもね」
「だな。 お前を見習わないと」
見習うべきところは誰にでもある。 天羽のそんな、ひとつのことだけにしっかりと向かっていけるこいつのそういう部分は、俺も見習わないと。
「あそだそだ。 これ、あたしからね」
「……同じだなぁ」
「へ? 何が?」
「いいや、こっちの話」
どこまで仲が良いんだと思いながら、俺はそれを受け取る。 てか、渡すならもっとタメを作ってくれよ。 あっさりしすぎてなんか寂しい。
「ありがとな。 けど、俺はこれを持って行かないといけないのか」
手渡されたのは、花束。 まぁ良いか。 良い、良い。 そう思おう。 思い込もう。
「良いじゃん似合ってるって。 花束を持つ男子! 憧れる!」
勝手に憧れるなよおい。 そんな憧れを持たれるのはマジで嫌なんだけど。 ていうかだな、そんな常日頃から花を持ち歩いているメルヘンな男子がいたら俺でも引くぞ。
「いやぁ、にしても八乙女くんも立派になったね。 見違えちゃうよ」
「お互い様だって。 天羽もかなり立派になった」
俺が言うと、天羽は頭を掻いて照れ臭そうに笑う。 笑顔でいえば、こいつは本当に綺麗に笑うんだよな。 まるでアニメに出てくるキャラクターみたいに。 なんて思い、まるで葉月みたいな考え方だと苦笑い。
「およ、てかてかそろそろヤバイんじゃない? 時間」
そんなところまで葉山とそっくりだ。 そしてこの流れで行くと、次に天羽は。
「あ! てかあたしも時間やべぇ!?」
「お前らもう好き合ってるんじゃないのか」
「……なんの話? うーん、気になる……けど! 今はそうじゃない! 八乙女くん、ちょっと荷物持って! 早く早く!」
「俺かよ!? あーもう! 仕方ねえな!」
それから慌てて走りだす天羽の荷物を持って、俺はその後を付いて行く。 待っていたのは凛さんで、顔は如何にも不機嫌そうだ。 次に会ったときが命日だと思い、俺は凛さんの車に天羽の荷物を積み込む。
「サンキュー八乙女くんっ! また会おうぜッ!」
「調子良い奴だなほんと! 馬鹿でかい鞄持って走る俺の身にもなれ!!」
つうか、予め積んでおけって。 この街を去る最後の最後までそうだなんて、行った先で本当に大丈夫なのかよ。
まぁでも、それもまた……天羽なのかな。
「八乙女くん、今までありがとね!」
車の窓を開けて、天羽は言う。 そんな天羽に対して俺はこう返した。
「違うだろ、それは。 これからもだよ」
「わはは、そうだそうだ。 それじゃあ、これからも」
「おう。 天羽、またな」
「うんっ! また!」
こうして、俺は天羽羽美と別れを告げた。
さて。
友との別れは済んだ。 俺もそろそろ行くとしよう。 生まれたときからずっとこの街で育って、様々なことがあったこの街。 今になって思い返せば、俺がつまらないと感じていたことも、見方によっては面白いことだらけだった気もしてくる。 終わってみないと分からない、失って初めて気付く。 過ぎたことは、戻って来ない。
俺はもう、高校生活を送ることはできない。 部活をして、歩いて帰って、馬鹿な話をしながら寄り道をして。 そんな当たり前だったことも……もう。
でも、大丈夫。 俺の中にはしっかりとそんな想い出が残っているから。 何も、心配することなんてない。
ひとつひとつを思い出し、俺は歩く。 数日分の着替えが入っている旅行鞄を引きながら。
ひとつひとつを感じながら、俺は歩く。 思い出深い街中を歩きながら。
ひとつひとつを受け止めて、俺は歩く。 次に見るものを見据えながら。
こうして、俺は長く、楽しい時間を過ごした地元に別れを告げた。
「やっぱ寒いな」
こんなことなら、やはりあの馬鹿長いマフラーを持ってくるべきだったか。 けど、あれを巻いて歩いていたら間違いなく不審者だしなぁ。 悩むべきところである。
そんなことを考えながら、俺は電車を待つ。 新しい場所へと運んでくれる、電車を。
これから先、どんな人生になるのだろう。 それはまだ、分からない。 けれど、これだけは言える。 俺が高校で過ごした三年間、それを思い出せば、どんな時でも頑張れるんだと。
人との出会いと、大切なもの。 人一倍、俺の高校生活は素晴らしいものだったと断言できる。 最高の友達に巡り会えて、最高の恋をして、最高の別れをして。 俺は、明日に向かって行く。
ついつい長々と話してしまう俺だけど、最後の最後はひと言で締め括ろう。 そしてその言葉が、この先の未来がどれほど明るいのかを教えてくれる。
出会いがあれば別れもある。 別れがあれば再会もある。
「遅かったな」
後ろに気配を感じて、振り返りながら俺は言う。
「見るべきアニメをチェックしていた」
すると、そいつはそう返す。 数年越しにする最初の会話がこれなんて、如何にも俺たちらしいだろ?
「そりゃお疲れさん、それじゃ行くか」
「うん」
どうやら、約束は果たせそうだ。
数年前のある日、渡されたペンダントを取り出して、俺はそいつにそれを渡す。 どうやらそれはそいつも同じだったらしく、既にペンダントを取り出していた。
「お待たせ、裕哉」
こうして、俺は神宮葉月と再会した。
以上で『神宮葉月の命令を聞けっ!』は完結となります。
長いようで短い間でしたが、読んで頂いてありがとうございます。 同様にお気に入り登録をしてくれた方、評価を付けてくれた方、感想をくれた方、ありがとうございます。
最後の最後はやっぱりハッピーエンドで。 二人はきっと幸せなはずです。
もしかしたら短編的な物を書くかもしれませんが、とりあえずは完結となります。
ありがとうございました。