表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
葉月と俺の関係とは
1/100

俺と彼女の出会い

「次の授業なんだっけ? 蒼汰そうた


「次? 次はー。 うげ、数学」


「お前ほんと苦手だもんなぁ。 数学に限らずだけど」


「うっせ。 俺はな裕哉ゆうや、敢えて出来ない振りをしているんだ。 そうやってカモフラージュをしているんだよ」


「何からだよ……」


高校一年生。 中学生の時は憧れていた物だけど、いざ入ってみると案外これがそうでも無い。 ただの中学の延長って感じ。 そりゃ勉強やらは難しくなりはしたけど、それだけのことだ。


それに気付いたのは結構最近で、今が五月だから……四月の終わりには気付いたんだっけかな? 確か。


俺こと、八乙女やおとめ裕哉ゆうやが入学したこの高校。 私立、箱山はこやま高校。 学力は結構高いところだとは思うのだが、今目の前に居る友達の北沢きたざわ蒼汰はいきなり勉強に付いていけていないようだ。 中学の時も大して成績は良くなかったはずなのに、どうやって試験に合格できたんだか。


「そっれよりさ。 三組の楚山そやま矢神やがみが付き合ってるって知ってたか?」


「知らないし興味がなーい。 別に誰が誰と付き合おうと良いだろ?」


「お前はそうかもなぁ。 顔だけはいいもんなぁ」


「だけはって何だよ。 それに別に顔だって……」


「ああん!? お前、それ言ったらぶっ飛ばす! 俺を馬鹿にするのもそこまでだ!」


「はいはいすいませんでした。 で、話はそれだけか?」


「いやだから、裕哉はそういうの無いのかよ?」


俺の席の前に座る蒼汰は、体を完全に俺の方へ向け、問う。


「無いね。 そりゃまあ、ひとりの男子高校生としては期待しなくも無いけどさ」


「お前が先陣を切らないと駄目だろうが! そうして他の男子諸君もそれに続いてだな!」


「どうして俺が基準なんだ!?」


「まあでも、女子としてはあれだよなぁ。 お前はちょっと敷居が高いよなぁ」


なんだ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。


「だってお前、男にしか興味無いもんな」


「妙な設定を付けるんじゃない! 俺は女にしか興味無い!」


「……流れは分かるが、それを大声で言うのはどうかと思うぞ、裕哉」


言われ、辺りを見返す。


周りは一斉に俺の方を見ていて、その中でも女子は「うわ、何あいつキモい」みたいな顔をしていた。


「とか言う奴が居るわけないよなぁ! あははは!」


「苦しいけど、その方法が最善だな」


うるさい。 誰の所為でこうなってると思ってるんだ。 それに女子たちは「なーんだ」みたいな顔をして、また自分たちの話題に戻っているじゃないか。


「んで、話を戻すけどよ」


「戻さなくても良いぞ。 お前と話していると、どんどん変な方向に話が行くからな」


「まあ聞け。 裕哉、お前さ……気になる女子とか居ないのか?」


「またそっちの話か……」


だけど、気になる女子ねぇ。


クラスで女子の中心的人物である葉山はやま歌音うたねは美人だし、性格も良いと聞いている。 お嬢様系と言うのが適切なタイプの女子。 狙っている男子は恐らく、クラスの半数を占めるかもしれない。


それに葉山とは真逆の性格である槇本まきもと。 彼女はスポーツ万能型で体育のときは物凄く輝いている。 一部からは熱狂的な支持を得ているとのことだし、葉山ほどでは無いが人気の女子だろう。


他にはおとなしめの川村かわむら。 その物腰静かな性格は男子受けも良い。 図書委員を努めており、毎日図書室まで密かに見に行ってる男子が居るのは事実だ。


だけど、なあ。


「居ないな。 確かに美人は多いと思うけど」


「しかしよ、それを無くして高校生活を終えるのか? それでお前の青春は良いのか?」


「別に無理にそういうのにこだわらなくても、他にも色々あるだろ? 体育祭とか、学園祭とかさ。 修学旅行だってあるだろうし」


「分かってないなあ裕哉! そんなお前にはこれだ!」


そう言って、蒼汰は俺の目の前に紙を突き出す。 ええっと、何々。


「町内一周二人三脚大会? 豪華賞品あり……」


「そうだ! 賞品はなんかどうでも良い物だけど」


確かに。 何かのアニメのグッズとかポスター的な物が上位を占めている。


「だけどな! 問題はそこじゃない!」


「町内を一周するってところか?」


「なわけあるかっ! 良いか、裕哉。 考えてみろ」


「これは学校非公認の行事だが、参加者は基本的にこの学校から選ばれてる。 勿論、自己申告制だけどな。 だからこそ!」


「気になる女子に声を掛けて、一緒にこの二人三脚に参加すれば必ず何かが芽生えるはずだ! それで芽生えなければ世界は間違っている!!」


「大袈裟だな……」


「ってわけで、お前も誰か誘って参加しろ! 分かったな? この紙は渡しておくからさ!」


「いやだから俺は良いって。 参加しないし」


「それだからお前は駄目なんだよ……いっそのこと、その顔を俺に寄越せ! ちくしょう!」


「無理なことを言うな。 てか、そういうお前は誰かを誘うのか?」


「当たり前だ! 俺の狙いは……」


「お前の狙いは?」


「……葉山、かな」


「無理だ諦めろ不可能だ」


「そんな否定すんなよ!? 俺だって駄目元なんてのは分かってるっての。 だけど、だけどな裕哉」


「……男には、やらないといけない時があるんだ」


なんて格好良い台詞を吐きながら、蒼汰は席を立つ。 台詞は格好良いが、行動原理は駄目すぎるな。


「よし。 それじゃあ俺は行ってくる。 そこで見てろ」


「へ? お前、今行くのか?」


「当然だ。 思い立ったら吉日って言うだろ?」


いや、でも今は止めた方が……。 クラスの殆どが教室内にいるし、失敗した時は立ち直れないぞ……。


「……まぁ、頑張れ」


「おう」


親指を立てて俺に見せ、蒼汰は女子と話をしている葉山の元へと向かう。 その後ろ姿はまるで、戦いに赴く戦士のようで格好よ……くない。 危うく騙されるところだった。


「葉山さん!」


「え? 何? 北沢きたざわくん」


北沢とは、蒼汰の苗字。 名前では無くて苗字で呼ばれている辺り、蒼汰と葉山が特別仲が良いわけでは無いことを窺わせる。 普通にあまり話さない男子と女子の関係だ。


「もし良ければ、俺と一緒にこの二人三脚大会に出てください!」


本当に言いやがった。 その勇気には敬意を払おう。 マジで。


俺は固唾を飲んでその光景を見守り、蒼汰があまりにも大きな声で言う所為で、クラスに居た女子は全員蒼汰の方を見ている。 男子は「やられた!」とか「先を越された!」とか「結果はどうなるんだ?」みたいな表情で同じく、全員が事の成り行きを見守っていた。


「ええっと……冗談? もし本気だったら、わたし走るのが得意じゃないから、ごめんなさい」


微笑みながら言う葉山。 しかし破壊力は抜群だ。 その笑顔もかなりの武器だが、何より蒼汰にとってはその言葉こそ、最大の武器となって身を切り裂いただろう。


「……どんまい蒼汰」


静まり返った教室。 鳴り響くチャイムがなんとも物悲しい雰囲気を作り出す。


「おーっす。 ん? お前ら何やってんだ。 次の授業体育だぞ」


と、やる気が無さそうに空気を読まずに入ってきたのは担任である大藤おおどう共治きょうじ。 教室内に広がった妙な雰囲気を気にもせず、話を続ける。


「あれ? 俺授業変わったって言って無かったっけ? あー、それならごめんごめん。 次の授業、体育になったから早くグラウンドに行けよ。 って言っても全員もう遅刻か。 はっはっは!」




「最悪だ」


「お前がそれを言うか、裕哉」


「あの教師、本当に早くクビにならないかと思っているところだ。 ありえないだろ! 生徒に授業内容の変更を伝えないとか!」


「俺はそんなことより……そんなことより……うっ!」


先ほどの教室での出来事は、かなりの深手をこいつに与えている。 男子たちからはからかわれ、女子からは若干引かれ、そのダメージは計り知れない。 だから、せめて失敗した時のダメージが少ないひとりの時を狙えば良かったのに。


「それだと駄目なんだよ。 失敗した時のリスクが高いほど、勝負は燃えるだろ? な?」


「気持ちは分かるけど……俺はお前が不登校になるんじゃないかと心配だ」


「大丈夫だ! 安心しろ! 葉山は走るのが苦手だと言っていただろ? もしも走るのが得意だった場合、俺と一緒に参加してくれた可能性は……」


「可能性は?」


「……高い!」


「いや低いだろ」


「うるせえ! お前まで俺に攻撃するな! もうやめてくれ……」


プラス思考で考えなければならないほど、ダメージは大きいのか。


「とにかくだ、裕哉。 俺はまだ諦めたわけじゃない! 必ず高校にいる間に、葉山の心を掴んでみせる!」


「……ま、頑張れよ」


「おう。 それより裕哉、ひとつ気になっているんだけどよ」


「ん? 何だよ?」


「お前、どうして上は制服のままなんだ? 下はしっかりジャージ着てるのに」


「……」


「裕哉?」


「これは、ファッションだ」


「そうか。 もうどの道授業は遅刻だし、早く着替えてこいよ」


「……だな」


たまに言われる俺の性格。 見た目はしっかりしているのに、中身はどこか抜けている。 もう何度と無く言われていることで、俺自身気をつけてはいるのだが……どうやら未だに、それは直っていないらしい。




「はぁ……」


ため息をつきながら、教室の前まで到着。 普通、下だけジャージに着替えて体育を受けようとする奴がいるか? 悲しいよ俺は。


いやでも、もしかしたら世の中は広いし、居るかもしれないよな? 経験がある奴だって、身近に居るかもしれないよな? よし、それなら俺はまだ大丈夫だ。 良かった。


「さっさと着替えてグラウンド行くか」


呟きながら、教室のドアを開く。 着替えは男子が教室で、女子は更衣室だ。 しっかりと女子だけ更衣室が用意されているのにはいつか、男子から意見が出そうではある。


「……いたっ!」


扉を開いた直後、胸の辺りに何かの衝撃。 そして、そのぶつかってきた物体が「いたっ」と言った。 つまり、人だ。 しかも、声は男子のそれでは無くて、女子の物。


「おわ! ごめん、大丈夫?」


俺は言いながら、その場に尻餅を付いた女子へと手を伸ばす。


……誰だっけ、これ。 同じクラスなのは覚えているが、あまり目立つタイプの女子では無いよな。 クラス全員の名前を必死に覚えていた俺が、あまり記憶に無いってことは。


確か、えっと。


神宮じんぐうさん、だっけ?」


そうだ。 ギリギリで思い出せた。 神宮葉月はづき。 この女子の名前だ。


隅の席に座っていて、見た目は結構な美人。 どちらかと言えば、可愛い系の方だろう。 当初は葉山と肩を並べるんじゃないかと言われていたが、性格があまりにも閉ざされていて、次第に忘れられていった奴だ。


腰まで伸びた日本人形みたいな真っ黒な髪。 だけど伸ばしっぱなしってわけじゃなくて、しっかりと手入れをしているのが分かる髪質。 この距離で見ただけでも、それは分かる。


「……」


「……大丈夫か?」


「……」


神宮は俺の差し伸ばした手を無視し、床に散らばった自身の荷物を手早く集め、俺の問い掛けに答えることもせず、横を通り過ぎて行く。


「……なんだこの悲しい展開は」


ひとり残された教室で、虚しく手を伸ばしたままの姿勢で俺はそう呟くのだった。 蒼汰のときとは違い、目撃者が居ないことだけが救いである。


「というかせめて何かしら反応しろよ! なんだあいつは……ん?」


愚痴を吐きながら自分の席へ向かおうとした時、つま先に何かがぶつかる。 そのまま視線を床に落とすと、そこには一冊のノート。


「……神宮葉月。 あいつのか」


丁寧に名前が書かれたノート。 恐らく、さっきぶつかったときに落としたのだろう。 あいつの机の上にでも置いておけば良いか。




「神宮さん? 誰だっけ、それ」


それから着替え終えた俺は、グラウンドに行き、蒼汰と一緒に準備体操をしている。 今日の体育は、走り込みという一番つまらない体育である。


「ああいや、知らないなら良いんだ。 さっき教室で会ってな」


「うーん……あー、なんか、居たような居なかったような」


女子を念入りに調べている蒼汰でさえ、この反応である。 これだけで、神宮葉月という奴がみんなからどんな認識をされているか、理解できるだろう。


「あの窓側の一番後ろに座ってる女子だよ。 覚えてるか?」


「……あ、ああ! あの女子か! 顔は可愛いけど性格が暗い!」


暗いかどうかは知らないけど。 だが、思い出したならそれで良いか。


「あいつさ、見かけないけどどっか行ったのか?」


「言われてみれば、確かにそうだな」


どこへ行ったんだか。 まあ俺には関係無いが……。 そういえばさっきぶつかったとき、あいつ制服着ていたっけ? ってことは、体育は見学か?


「なになに? 神宮さん?」


「そうそう。 神宮……ってうお!」


俺と蒼汰の間に顔を出してきたのは、槇本鈴香すずか。 スポーツ女で、ボーイッシュな短髪と爽やかな笑顔が特徴の奴。


「ひっひひ。 驚いた? で、神宮さんの話?」


「……まあ、そんな大事な話じゃないけど。 見ないなって思って」


「ああ、そういう。 あの子なら早退していったよ。 何でも、体調が悪いとかなんとか。 走れば治るって言ったんだけどなぁ」


いやそれは無いだろ。 余計悪化するからやめてあげろ。


「ていうか、なんでお前が知ってるんだ? 槇本」


「んん? 当たり前でしょ。 あたしってあれだし、保健委員だし?」


「へえ。 そりゃまたご苦労様」


「苦労はしてないって。 それで、八乙女くんは神宮さんのことが心配か……」


「……おい! そうじゃない! 変な目で見るな! ただ、さっき教室で会ったからどこへ行ったのかって思っただけだよ!」


「にゃるほどにゃるほど。 それは多分、鞄を取りに来てたんじゃないかな? 一回保健室に連れ添ってあげたし」


「ふうん。 ま、それならそれでいっか」


「あいあい。 それじゃ、お二人さんしっかり走り込むこと! 手を抜いたら距離伸ばすからね!」


「りょーかい」


最後に槇本は手を振り、意気揚々とグラウンドへ走って行く。 さすがはスポーツ女、さっきまでずっと走っていたのに、息一つ切らして無かったな。


「おい裕哉」


「……なんだその疑いの眼差しは」


「お前、槇本さんと仲良すぎだろ! 何があった!?」


「何もねえよ! お前は色々と疑いすぎだ! 少し話したことしかないし、今ので多分三回目くらいだぞ!?」


「もうか!? もう三回も話したのか!?」


「近づくな気持ち悪い! それよりお前は葉山だろ!」


「は! そうだった……危ない」


大丈夫かこいつ。 明日には川村が~とか言ってそうだ。


「八乙女く~ん。 ちょっと良いかなぁ?」


と、次に俺に声を掛けてきたのは副担任である宮沢みやざわ美希みき。 普段はあまり見ない教師だが、出てきたときは必ず面倒事という、曰くつきの教師である。


「……俺に何か?」


「実はねぇ。 神宮さんが、忘れ物しちゃったみたいで」


「神宮? 早退したって聞きましたけど」


「だ・か・らぁ。 家に持って帰るのを忘れた物があるの。 だから、忘れ物」


「なるほど……。 え? けど、それって俺に話してどうするんですか?」


「だってぇ。 お隣さんでしょ? 神宮さんと、八乙女くん」


……そうなの? 確かにそう言われてみれば、隣の表札に「神宮」と書いてあった気がしなくもない。 しなくもないけど、あそこって夫婦だけが住んでいると思ったのに。


「だからぁ。 こーれ。 頼んだわよぉ」


そう言い渡してきたのは大量のプリント。 枚数にして、数十枚はありそうだ。


「……えっと、これは?」


「教師の皆さんから出てる課題。 宿題やってこない所為で、課題が出されて、それもやらなくてっていうループ。 うふふ」


「……そうですか」


恐ろしいループだな。 というか、あいつって真面目な風に見えるんだけどそんなにサボっていたのか。 しかもそれで課題を置いて帰ったところを見ると……わざとだな。 多分。


「というわけで、よろしくねぇ。 八乙女くん」


「いやいやちょっと待って下さい! 他に居ないんですか? 近い人」


「居ないのぉ」


「先生が行くっていうのは?」


「嫌だよぉ。 遠いし」


……担任と副担任、是非とも二人まとめてクビにして頂きたい。 そうすればこの学校はきっと、素晴らしい物になるはずだ。


「それじゃ、後はよろしくねぇ。 あ、ちなみに提出日は明日が期限だからぁ。 伝えておいてね?」


最後にそう言うと、宮沢は校舎の中へと戻っていった。 さすが曰くつき教師。 見事に面倒事を押し付けていったな。


「……なあ蒼汰。 お前」


「嫌だぞ。 あんな目の前で見事に押し付けられた物に俺を巻き込むな。 それに、お前とは確かに地元が一緒だけど、近いわけじゃないし」


「はぁ……分かったよ。 ひとりで行ってくれば良いんだろ。 まあ、隣に住んでるっていうなら、本当についでで済むしな」


こうして、見事に仕事を押し付けられた俺は、帰り際に神宮の家を尋ねることになったのだった。




学校が終わり、部活にも入っていない俺は真っ直ぐ帰宅する。 最寄り駅から出て、いつものように家へと歩いて向かう。 家とは言っても、集合住宅ではあるけど。


「一応、持ってきておいて良かったか、このノート」


神宮葉月と名前が書かれたノート。 見た感じは至って普通。 名前は意外……と言っては失礼だが、女子らしい丸文字で書かれている。


「そういや、あいつってまともに授業受けてるのかな?」


袋に入っている大量のプリントを見て、そんなことを思う。 勝手に見るのは悪い気がするが……悪い気がするが、少しくらいならいいよな? 届けるわけだし。


「えーっと……」


おもむろに袋からそのノートを取り出し、パラパラと捲ってみた。


「……なんだこれ?」


何かのキャラクターの絵? 絵とか、風景? 漫画のように書いてあって、それがノート全てを埋めている。 あいつの趣味なんだろうか?


「てか、この分だとまともに勉強してないよな……」


丁寧にも日付と時間が書いてある。 恐らく、後から見ていつ描いたのかを分かるようにする為だろう。 書いてある時間は思いっきり授業中なのが、何をしているのか物語っている。


なるほど、こりゃ納得の課題数だ。 授業中、ずっとこんなことをしてれば、そりゃこうなるよね。


まぁ、俺には関係無い。 神宮自身もヤバイと思えば、授業もしっかり受けるだろう。


その頃既に手遅れでした、なんてなってしまったら、それはそれで良い勉強になるんじゃないかな。


「えーっと、神宮……神宮」


「あ、本当に隣なんだ」


八乙女と書かれた501号室。 その隣にはしっかりと神宮と書かれたポストがある。 部屋番号は502号室。


まあ、これならサッと行ってサッと帰れるだろう。 大量のプリントを押し付けて、俺はとっとと隣にある自宅へ戻れば良い。


「……神宮違いでは無いよな、さすがに」


そうであったら恨むべきはあの副担任か。 それこそ俺の所為では無いし、問題は特に無いか。


そんな風に思いながらエレベーターで上がり、すぐにその部屋の前。 表札にもしっかりと神宮の文字。


「ここか」


あの夫婦が出てきたときの為に、服装を一度整えて、俺はインターホンを押した。


ピンポーンという軽快な音が鳴り響き、その場でしばらく待つ。


部屋の中からはガタガタと物音がするし、人は間違い無く居るだろう。


それから待つこと一分。 二分……三分……五分。


「……おかしいな」


もう一度、インターホンを押す。 押すと中からガタガタと物音。 しかし出てこない。


「すいませーん! 神宮さーん!」


ドアをノックしながらそう言うも、無応答。


「隣の八乙女ですけどー!」


痺れを切らして大きめの声で言うと、ようやくその扉がゆっくりと開いた。


……チェーンが掛けられたまま。


「……あの」


「……」


少しだけ開いた隙間から見えるのは、小さな背の女子。 神宮葉月。 丸くて大きな目で俺のことを見ている。


「体調悪いところごめん。 これ、忘れ物って宮沢先生が」


「……いらない」


「おい」


いらないじゃない。 俺の方がよっぽどいらないぞ、これ。


「……さようなら」


「待て待て待て! 閉じるな! それだけじゃなくて、ノートもあるから!」


「ノート?」


というか、始めて声を聞いた気がするな。 小さな声だけど、なんともその姿に似合った可愛らしい声である。


「学校でさ、教室のドアのところでぶつかっただろ? その時、落としたっぽくて持ってきてやった」


「……」


俺が言うと、神宮は一度扉を閉める ガチャガチャと音がすることから、多分チェーンを外しているんだろう。


「……」


そして再度、扉はゆっくり開かれる。 予想通り、チェーンは外れていた。


「……ッ!」


扉が開いたと同時、神宮がいきなり飛び掛かってくる。 予想外の行動に一瞬反応が遅れたが、なんとかその突撃を回避。 というかなんだこいつ!?


「じ、神宮? お前、どうした……っておい!」


物凄く必死に、俺に飛び掛ってくる神宮。 その姿はまるで獲物を狙った猫のようだ。 もしも捕まったら引っかかれるのか? 俺。


「……はぁ……はぁ」


「息切れ早いな!」


「返して、ノート」


俺のことを睨み、神宮はそう言った。


「ああ、ノートか。 最初からそう言えよ……ほら」


「……」


どうやら飛び掛ってきたのはノートが狙いだったらしい。 普通に返せと言え無いのか、普通に。


「……見た?」


「は?」


「ノート、見た?」


人と話すのが苦手なのか、小さな声と途切れ途切れの言葉で神宮は言う。


「ああ、あのキャラクターとか風景か?」


「……」


「見たけど、お前しっかり勉強しろよ。 だからそんな馬鹿みたいな課題が……っと!?」


「いってええ! お前、いきなり脛を蹴るなよ!!」


ありえん! ありえない! こいつ今ローファーを履いているんだぞ!? それで脛を蹴ってきやがった!!


「命令、あなたは何も見なかった」


「……いや見たけど」


「命令、あなたは何も見なかった」


「いやだから見たって」


「……」


「っ!? 痛い痛い! 蹴るのやめてくれませんかねぇ!?」


「やめて欲しいなら、あなたは何も見なかった」


ひょっとして、こいつ恥ずかしがっているのか? 趣味で書いていた物が見られてしまって。


「……別に、そんな隠す物でも無くないか? 普通に、上手いと思ったけど」


俺がそう言うと、神宮は一瞬だけ驚いたように目を見開く。 まともに顔を見たのはこれが初めてだが、確かに葉山と肩を並べると言われるだけあるな。 もしかしたら、葉山よりも可愛いかもしれない。 この残念な性格が無ければだが。


「……ほんと?」


「ああ、本当だよ。 少なくとも俺なんかより、よっぽど上手い」


「あなたも絵を描くの? えっと」


「裕哉」


「いきなり名前を呼び捨てかよ……まあ、凄くたまにだけど」


凄くたまに、妹に「似顔絵描いてー」と言われて描くくらいだ。 そして馬鹿にされる。 何この宇宙人って。


「……来て」


「は? え? ちょ、おい!」


神宮は有無を言わさずに俺の手を引っ張り、部屋の中へ入る。 突然のことで逆らえず、俺は引っ張られるままに部屋の中へ。


「来て。 靴は脱いで」


「分かった分かった! 分かったからちょっと待ってくれ! 一旦手を離してくれ!」


「……」


無言で何故か俺が振り払われたように、雑に手を離す神宮。 ちょくちょく心を抉ってくる奴だなぁ、こいつ。


「脱いだ?」


「ああ」


「来て」


再び手を掴み、強引に歩き出す神宮。 というか、いきなりのことで何が何やら。


「ってか、いきなり俺が入って良いのか? 家の人とか居るだろ?」


「居るけど、今は居ない。 二人共出張中」


「ふうん……」


つまり、俺とこいつ二人っきりってことか。


……あれ、それって逆にマズくない?


「こっち」


しかし当の本人は全く気にしていない様子で、廊下を歩く。 そして、やがて猫の可愛らしいネームプレートが掛けられている部屋の前へ。


「ここ、私の部屋」


「……まぁ、見れば分かるな。 葉月って書いてあるし」


「知ってるの? 私の名前」


「一応な。 クラスの奴の名前は頭に入れてるし」


「あっそ」


素っ気ないなあおい! もっと「おお!」とかそういう反応無いのかよ!


「……」


「どうした? 入らないのか? 部屋」


「……」


何も言わず、ずっと扉を見つめている。 一体何だ……何だこの間は。


「……神宮?」


「……」


横顔は物凄い無表情だが……若干、本当に若干、頬の辺りがヒクヒクしている。 もしかして、何かを言いたいが言えない……とか?


「……トイレ行きたいとか?」


「死ね」


生まれて初めて、女子に真顔で死ねと言われた。 中々に珍しい体験をした気がする。


「……部屋を片付けたい?」


「……」


こくんと、無言で頷く。 なるほど。


……最初から言えよ! それ恥ずかしがるのに、どうしてこうもあっさり俺を家の中へ入れた!?


「なら、俺はリビングの方で待っていて良いか? 終わったら呼んでくれればいいから」


「分かった。 ならあそこで大人しく座っていて」


そう言い、リビングにあるソファーを指さす。 ほんと、無愛想な奴だ。


そして、それから待つこと数分。 神宮はようやく戻ってきて、何も言わずに俺と目が会うと、すぐに部屋の前へ戻っていく。


せめて、ひと言くらい声を掛けて欲しい物だよ。


「終わったか?」


「終わった」


「じゃあ、入って良いのか?」


「うん」


言いながら、神宮は部屋の扉に手を掛け、ノブを回すとすぐに開く。


次に目の前に広がった光景は……。


「……うお、凄いなこれ」


壁のあちらこちらに貼られたポスター。 それも何かのアイドルとかでは無く、アニメなどのキャラクターと思われる物。


部屋の隅には四角いガラスケースが置いてあり、フィギアが何体も置いてある。


「凄い?」


「うん、これだけ集めるのって、凄いんじゃないのか?」


要するに、これがこいつの趣味なんだろう。 そういう知識がないからどれが凄いとかは分からないけど、これだけ集められたってことは、多分凄いことだと思う。


「ノーコメント」


「ノーコメントかよ!? ってか、それは良いとして、なんで俺に?」


「え? だって、裕哉がそういうの好きって言うから」


「……」


言ったっけ? いや言ってないよな。 だとすると、それっぽい台詞?


うーん……。


「ああ! 分かった! 絵を描くの? って質問か!」


「そう。 裕哉、絵を描くって言った」


「いやでも、それってこういうのじゃなくて、普通の似顔絵とかだぞ。 しかも、妹に描いてーって言われた時くらいしか書かないし」


「……騙した?」


「騙してねえよ!? むしろお前が勝手にそう思い込んだんだろ!?」


「……」


やっと分かったのか、神宮は視線を右へ左へ移動させる。 無表情だが、恐らく焦っているのだろう。 どうすれば良いか考えている物だと思われる。


「とりあえず、裕哉。 座って」


「……そう言うなら、座るけど」


言われた通り、適当な場所へと腰を掛ける。


「裕哉。 今から頭を蹴るから、記憶を失って」


「嫌だよ! なんでそんなことを言われて「はい、分かりました」って言わないといけないんだ!?」


「ワガママ。 なら、命令」


「もっと嫌だわ!」


「なら、仕方ない」


「裕哉、アニメ見よう」


本当に突拍子が無いな。 どういう話題になっているのか、付いていくのがやっとだ。


「……アニメ?」


「見ればきっと、裕哉にも分かる」


「別に良いけど……」


俺はこの時、どうせアニメを一話くらい見て終わる物だとばかり思っていた。


しかし、どうやら神宮が言うには、アニメはワンクールでひとつとのことで、約三十分のアニメが十二話。 時間にして約六時間拘束されることになるのだった。




「これで終わり。 どうだった?」


「どうって……いやまあ、最後の主人公とヒロインが結ばれなかったのは泣けるかな」


「私的には、主人公の最後の告白シーン。 好き」


「ああ、確かに良いと思うよ。 神宮が言っていることは分かる」


それより、俺は腹が減ったし風呂に入りたい。 こいつの家に来たのは十六時なのに、もう二十三時を回っているとはどういうことだ。


家族には連絡しておいたので、余計な心配は掛けていないと思うけど……。


「よし。 裕哉、立って」


「ん? 分かった」


俺は言われるままに、その場に立つ。 すると、神宮は目の前に立って言う。


「さっきのシーン、やってみて」


「……俺が?」


「そう。 私がヒロイン役だから、早く」


「……」


「早く、早く」


すげーワクワクしてるな、無表情だけど、心無しか声が若干テンション上がってるぞ。


「ああもう分かったよ! やるだけやって、俺は帰るからな!」


「うん、早く」


「……ふう」


「名前って、変えた方が良いか?」


「もちろん」


勿論かよ。 まるでこれじゃあ、俺がお前に告白してるみたいじゃないか? まあ、神宮がそれで良いなら良い……のかな?


「よし、じゃあやるぞ」


「……葉月。 俺は、もう何年も前からお前のことが好きだった。 お前がいくら病気で、お前がいくら残り少ない命だとしても。 俺は、お前のことが好きだ」


「でも、私は」


「関係無い! 俺は、お前だけを愛していたい!」


そう言い、俺は先ほどの主人公同様に神宮を抱きしめる。


「……」


「神宮、続きは? お前が返さないと俺が続けられないんだけど」


「……ってない」


「は?」


「抱きしめてとは、言ってない」


「……おお!」


なんということだ。 普通に考えてそうだよな。 いくらアニメの真似をするといったって、俺と神宮は男子と女子だ。 普通に考えて、色々とアレだろう。


「すまん! そういうのじゃなくて、なんというか……ごめん!」


「別に、良い。 気にしてない」


口ではそう言っても、神宮は顔を真っ赤にしている。 そんな反応をされてしまっては、俺の方もどんどん恥ずかしくなるって。


「それより、聞きたい」


「……なんだ?」


「私、変?」


難しい質問来たなぁ。 普通か変か、どちらかと言えば変なんだろう。 それは多分、みんながみんなそう言うだろうけどなぁ。


「どっちかと言えばな。 この部屋だってそうだし、授業中ノートに絵描いてるし、後はその喋り方とか……?」


「やっぱ、そうなんだ」


やはり無表情で、神宮は言う。 だけど、俺にはどうしても、それがどこか悲しそうな顔に見えてしまう。


「でも、俺と大差無いな。 考えて見ろよ。 俺なんてアニメの真似して、今日まともに話したばかりの女子を抱きしめたんだぞ? だから、別にお前だけが変ってわけじゃない」


「……そうかも」


「それに俺だけじゃないって。 えーっと、あいつ。 蒼汰だって、今日葉山に振られてたの見ただろ? あいつだって変だよ。 普通に見たら」


「そうかも」


「だから、お前だけが変ってわけじゃない。 な?」


「うん。 そうかも。 どっちかと言えば、裕哉の方が変」


「おい」


「あはは。 裕哉、変」


「……なんだそりゃ。 はぁ」


「あはは、はは」


小さくだけど、顔からは分かりづらいけれど。 神宮は今日初めて、笑った。




「それじゃ、俺はそろそろ帰るから」


「うん。 また明日」


「課題やっておけよ? また増やされるぞ」


「大丈夫。 五分で終わる」


五分!? あの量をたったの五分で終わらせられるのか!?


「お前、実は頭良いのか……」


「それ、やめて」


「……それ?」


「お前」


ええっと、考えよう。 それをやめて、と来て……次にお前、か。 うーんと、なるほど。


「あー、なら、神宮?」


「葉月」


「……葉月?」


「そう。 葉月」


「……了解。 じゃあ、また明日。 葉月」


「うん。 また明日」


こうして、神宮葉月とのある意味での初対面を終えた。 アニメが大好きなオタクで隣人でクラスメイトの、神宮葉月。


もしかしたら、これっきりなのかとも思った俺だったが……次の日の朝、それは勘違いだと思い知らされる。


何はともあれ、俺はこの日、神宮葉月という一人の少女と出会ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ