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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 三学期
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新学期と修学旅行の話題

「あけましておめでとう!」

 三学期の始業式の日、下駄箱で光に声をかけられた。明るく輝く彼女の笑顔に、日陰にいるような気分のわたしはまぶしさを覚えた。彼女は新年になってから何度もわたしを遊びに誘ってくれた。わたしはそれを全部断ってしまった。渚と二、三回会う以外はずっと引きこもっていた。

「何か、痩せたね、歌子」

 光は心配そうにわたしを見た。わたしは「そう?」と笑い、別の話を始める。修学旅行の話だ。

「部屋割り、一緒になれるといいよね」

「うんうん。スキーかあ。絶対楽しいよね」

 光は楽しそうにうなずく。それから一緒に階段を上り、教室に入る。教室では皆互いに再会を喜んでいた。光の仲間たちに混ざってしばらく話をしたり、美登里や夏子と声をかけあったりした。いつも通りの学校が始まったのだ。

 学校には、渚がいて、美登里がいて、夏子がいて、光がいる。楽しくなるだろう、とわたしは希望を抱く。でも、同じクラスには拓人がいて、同じ学年には総一郎がいる。少し憂鬱になる。現に、拓人はわたしのほうを見ないようにして自分の席に行ってしまった。ぐらぐらと足下が歪んだような気がしたが、すぐに立て直す。修学旅行くらいは、楽しく過ごしたいのだ。元気に振る舞うくらいはしたい。

 でも、始業式の時間になり、全校生徒が体育館に向かいだし、渡り廊下で総一郎の姿を見つけたときは、足をとめて逃げ出しそうになった。どうして彼はあんなに目立つ身長なのだろう。中肉中背に生まれてくれたら、見つけなくて済んだかもしれないのに。そんな自分勝手なことを考えながら踏ん張るように歩を進める。始業式中、総一郎のほうを見るのをこらえる。終わってからも、急いで帰る。

 やっとの思いで教室に着き、田中先生の指示の下席替えを済ませると、修学旅行のグループ分けや部屋割りを決める時間になった。スキー講習のグループは、話し合いで決める。光は仲間たちと一つのグループになり、光たちのグループから離れがちだったレイカや坂本さんも元の仲間の一部と一緒になった。レイカは以前のような勢いを感じないが、それなりに楽しくやっているようだ。ほっとした。

「歌子、これでいいよね」

 夏子がわたしに声をかける。わたしはうなずき、笑みを作る。わたしのグループは、わたしと夏子と美登里とあと二人の親しくしている女子で構成されることになった。

「運動音痴、多くない?」

 美登里が苦笑いをする。わたしと夏子が笑い、夏子の美術部仲間の二人も顔を見合わせる。

「いいよいいよ。レベルが合ってるほうがやりやすいって」

 わたしが言うと、四人は笑った。わたしも笑う。ほら、楽しいでしょ? とわたしは自分に言い聞かせる。

「決まったか? 次は部屋割りだぞー」

 冬のためか浅黒い肌の色が薄くなった田中先生が、注目を集めるためにくじ引きの箱を持ち上げる。ちょっとどきっとする。部屋割りは二人部屋か三人部屋だ。四日間一緒の部屋で寝起きするのは、気が置けない人であってほしい。

 男女の学級委員が箱を持ち、それぞれ男子と女子にくじを引かせた。わたしは引いたくじに書かれた部屋番号と、プリント用紙のホテルの展開図を見比べて、二人部屋だと悟った。田中先生が部屋番号を読み上げる。二人か三人の生徒が返事をし、互いに挨拶し合っている。わたしの部屋番号が呼ばれた。わたしと一緒に返事をしたのは、舞ちゃんだった。少し、気が重くなった。

 舞ちゃんのほうを見る。相変わらずひっつめ髪の地味な彼女は、わたしのほうを一切見ようとしない。彼女はレイカが坂本さんを仲間外れにしていたとき、レイカに従うようにという自分の忠告を破ったわたしにずっと怒っているようだった。そんなことで? と思い続けているわたしは、彼女のことが全くわからなくなっていた。そんな舞ちゃんと四日間も同じ部屋にいるのは、気まずい。

 重い気分のままチャイムは鳴り、しばらくして渚が飛び込んできた。彼女に関しては久しぶりではないが、会いに来てくれるととても嬉しい。

 渚は立ち上がったわたしの前でとまり、スキー講習のグループや部屋割りの話を始めた。彼女は総一郎や岸以外に親しいクラスの友人がいないはずだが、大して気にしていない。ただ、「あの人たちと一緒だと息が詰まるから、たまに歌子たちのところに遊びに来るね」と言う。それは大歓迎だ。ホテルで過ごす時間が渚と一緒だったら、助かる。

「歌子、また痩せた?」

 突然、渚が心配そうにわたしの顔に手を添える。わたしは微笑み、大丈夫だよ、と答える。渚がわたしの親友でいる限り、大丈夫。そんなわたしの顔を見ながら、「何とかしてあげたい」と落ち込む渚に、わたしは満面の笑みを浮かべて見せた。それでも彼女は安心しなかった。

 放課後になり、渚と一緒に一階の昇降口に向かう。下駄箱の前で靴を履いていると、誰かがわたしにぶつかった。片足で立っていたわたしはよろけて、その人に寄りかかってしまった。

「あ、ごめんなさい」

 体勢を立て直しながらわたしがそう言うと、その人は一瞬黙り、

「いいよ」

 と言った。どきっとする。顔を上げ、その顔を見る。彼はわたしを見下ろして、戸惑ったように目を泳がせ、自分のクラスの下駄箱に向かった。彼の横顔を見ながら、わたしは、総一郎に触った、総一郎と話した、と頭の中で繰り返した。

「歌子、行こっか」

 渚がわたしの腕を引っ張る。わたしは後ろ髪を引かれる思いで一緒に寒い校庭に出た。振り向きたくて仕方がなかった。

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