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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 二学期
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寂しいお正月

前回までのあらすじ

 総一郎とうまく行っていた歌子だが、総一郎が仲良くしている王先輩の存在を知り、不安を募らせるようになる。王先輩も歌子にライバル宣言し、歌子はいくら大丈夫だと自分に言い聞かせても自信が持てない。そんなとき、片桐さんと別れた傷心の拓人が歌子を抱きしめ、それを総一郎が見てしまうという事件が起きる。総一郎は激怒し、二人は関係を修復できないまま自然消滅してしまう。

 総一郎のことを諦め、拓人とまた親しくして過ごしていた歌子だが、拓人の誕生日、彼から自分とつき合わないかと告白される。歌子はうなずこうとしてもうなずけなかった。総一郎のことがまだ好きだと気づいたのだ。そんな中、冬休みは始まり、新学期には修学旅行が控えていた。

 渚たちと別れて家に帰ってから、自分の部屋のベッドに寝転がり、本棚を見つめる。楽しかった気分がもやのようになって散っていくのを感じた。

 総一郎のことがまだ好きだとわかってから、わたしはずっと心にぽっかり穴が空いたような気分だった。もういいって思ったのにな、と思いながらも、総一郎からもらった黄色いステゴザウルスの顔をじっと見つめてしまったり、コウモリのイヤホンジャックを指で撫でてしまったりしている。今もそうだ。空しいと思うのに、もう癖になってしまっているのだ。

 拓人とも会わなくなってしまった。誕生日に振られるなんて、ショックだっただろうな、と思って悲しくなる。でも、わたしは自分を偽ることができなくて、正直な自分が総一郎を選んでいるのに逆らうことができないのだ。

 ベッドの上で、大きくため息をつく。総一郎は、王先輩とキスをしただろうか。好きだと言い合っただろうか。涙をにじませながら、「わたしが悪いんだもん。仕方ないよ」と自嘲する。あっはっは、とわざと大きな声で笑い、次に長い沈黙に浸る。

 メールが来た。総一郎ではないとわかっているのでのろのろ画面を開く。知らないアドレスからだ。

「何であんたが浅井君に選ばれるの? 何で? 篠原と二股かけるような女の癖に! みーんな言ってるよ、あんたが最悪のビッチだって。井出光も、大谷夏子も、川野美登里も、雨宮渚も」

 そこまで読んで、画面を消した。去年のおかしなメールを思い出した。多分、同じ人間だ。わたしが拓人とまた噂になったので、アドレスを変えてまたやりはじめたのだろう。すぐに着信拒否にする。消した画面には延々と学校中の生徒の名前が載っていた。少し傷ついたけれど、大したことではない。渚の名前があった時点で嘘だとすぐにわかる。それに本当にわたしが総一郎と拓人に二股をかけていたと思われていたとしても、誰も態度に表さないから実害はないし、どうでもいい。

 この子は拓人のことが好きなんだな、と思った。それから拓人はわたしに長い片思いをし、わたしは総一郎を一方的に思い続け、でも総一郎は王先輩とつき合っている。直線ができている。でも最後は円になっているじゃないか。そこまで考えて、また大声で笑い、それから黙った。

 わたしという人間が、かなりおかしくなってきている。


     *


 気づけば大晦日も過ぎ、元旦になっていた。毎日を機械的にこなしていたから、ある日の朝、肌がぴりぴり痛むような寒い廊下を歩いて居間のこたつに飛び込むと、普段言われない「あけましておめでとう」を言われてびっくりした。母はわたしを気遣うような顔で、

「歌子ちゃん、珍しく大晦日に夜更かししなかったわね」

 と言った。そういえば、そうだ。大晦日なんてどうでもよかったから、普段通り日付が変わる前に寝てしまったのだ。母はお屠蘇をわたしに飲ませ、大した食欲も感じずにおせちをつついているわたしを初詣に誘った。ぼんやりしていると、身支度を終えた父が居間に入ってきて、大声でわたしに新年の挨拶をする。いつもより更にうるさくて、まるで空元気だ。わたしはちょっと笑った。両親はそれぞれのやり方でわたしを元気づけようとしてくれている。何が原因か、知らないだろうけれど。

 三人で初詣に出かけたけれど、今年は拓人の家と一緒ではない。去年みたいに「また元に戻ろう」なんて、拓人に会っても言えないだろうからほっとした。父は何にも気づいていないような元気さで、母は気づいているのが容易に伝わる優しさで、わたしに何くれと話しかけた。

 毎年行く神社は、人で賑わっていた。大きな石の鳥居を抜けて敷地内に入ると、白い息を吐く人々の群が本殿に列を作って柏手を打っていた。わたしも両親と一緒に並ぶ。周りの人々は希望で一杯だ。明るく楽しそうな顔で立っている。順番が来ると五円玉を投げ、柏手を打つ。何も思い浮かばなかった。神社では願い事をするんじゃないのよ、目標を宣言するの、と母に教えられてから、目標がないわたしは何も考えられずにいる。

 隅のおみくじ販売機でおみくじを引く。大吉だった。けれど何の感動もない。そのまま木に結びつけようと細く畳もうとすると、父がおみくじを奪った。

「おお、大吉じゃないか。それに『待ち人来たる』だってさ。よかったな、歌子」

 父はわたしに微笑みかけた。わたしも微笑んだけれど何も考えてなどいない。両親はそんな空虚なわたしの微笑みを、戸惑ったように見る。

 家に帰ったら、年賀状がたくさん来ていた。ほとんどが新しい友達からだ。嬉しかったけれど、一枚一枚見ていくうちに肝心のものがないので、こっそり自分の部屋で泣いてしまった。当然だ。わかっている。

 総一郎からの年賀状は来ていなかった。わたしからも出していない。本当に途絶えてしまったんだな、と考え、携帯電話のコウモリのイヤホンジャックを指で撫でた。

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