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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 二学期
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拓人の誕生日

 時間がどんどん過ぎていく。加速していくようにも思う。わたしの寂しさは消えていくことがなく、一定の量を残したままだ。この寂しい気持ちをずっと抱えていくのは辛い。総一郎も寂しかったのだろうか。

 十二月の半ばのある日、わたしは母と一緒にクッキーを焼いた。動物の形のかわいいクッキー。焼きあがったものをオーブンから出して試食した。上出来だ。わたしはにっこり笑う。チョコレートでデコレーションし、冷えたものをラッピング袋に詰めていると、母から訊かれた。

「誰にあげるの? 渚ちゃん?」

「ううん。拓人にあげるんだ」

 わたしが答えると、母はちょっと驚いたように、そう、と言った。わたしはできあがったクッキーを持って、二階に向かう。自分の部屋で、ベッドに寝転がってメールを打つ。

「拓人、今日誕生日でしょ? プレゼント作ったよー」

 しばらくして、返事が来た。

「作ったってことはお菓子? やったー!」

 わたしはくすくす笑う。拓人はいつも素直だ。わたしは拓人が部活を終える時間を待ちわびた。その時間は、寂しくない。

 夕暮れ、拓人が家のチャイムを鳴らした。わたしは小走りで玄関に向かい、靴を突っかけて外に出た。手にはクッキーを持っている。

 拓人はうちの庭の柵に背をもたれてわたしを待っていた。わたしを見ると、嬉しそうに笑う。わたしは走って拓人のところに行き、隣に立つ。

「はい」

 クッキーを渡すと、拓人は早速袋を開けて、ハリネズミのバニラクッキーをぱくっと食べた。形をちゃんと見てほしかったわたしは抗議したが、「うまいうまい」と笑って味わってくれているのを見ると満たされた気分になった。

「嬉しいなあ」

 と言うと、拓人はわたしをちらっと見て、熊のクッキーを出してまたかじった。

 拓人がクッキーを全部食べ終わってから、わたしたちは黙っていた。どうしてだか、言葉が出なかった。もう明るいとはとても言えない色の空で、街灯に明かりが灯っている。わたしは何をしているのだろう、とふと考えた。拓人のためにクッキーを作り、彼を待ちわび、会うと喜んで、何を望んでいるのだろう。頭の中が混乱した。頭の中にあるこんがらがった思考をほどこうとしていると、拓人が口を開いた。

「歌子」

「何?」

「篠原がいないと、寂しい?」

 わたしは黙っている。混乱が強くなったのだ。どうしてそんなことを訊くのだろう。拓人には関係のないことなのに。

 拓人は、わたしのほうに少し近づいた。緊張していて、何かを胸に秘めているのがよくわかった。

「おれとつき合わない?」

 わたしはどきっとした。つき合う? 拓人と? 考えてもいないことだった。でも、いいことだと思えた。わたしは拓人のことがそれなりに好きだし、拓人もわたしも今は恋人がいない。何の不都合もない。寂しいのだって紛れる。いつか拓人を愛することができるようになるかもしれない。

 拓人は真剣にわたしの目を見ていた。覗き込むようにして、少しも目を離さない。ああ、本気で言っているのだな、とわかった。

 わたしはうなずこうとした。何度もうなずこうとした。そして、言った。

「ごめん。わたしはまだ総一郎のことが好きだから」

 拓人の体から力が抜けた。そして、彼は微笑んで一歩わたしから離れた。

「そうか」

 うなずき、笑う。

「そうだよな」

 拓人の向こうに月がはっきり見えている。きれいな満月だった。誰の心も満ちていないのにな、と何だか悲しくなった。そして、わたしはまだ総一郎のことが好きなんだとわかって、狂おしい気分になった。どうしてこの気持ちを手放すことができないのだろう。もう関係が切れてしまったのに、どうして。

 澄んだ空気の中、月光が夜を明るく照らしている。わたしと拓人は別れ、互いの家に入った。


     *


 冬休みは、それなりににぎやかに始まった。わたしたち二年生は一月に修学旅行に行くので、色々な相談や買い出しがあるのだ。渚や美登里や夏子と、街に出てかわいいパジャマや防寒グッズを買う。わたしたちの修学旅行の行き先はスキー場なのだ。スキーウェアは貸し出してもらえるらしいが、それ以外の細々したものも必要だ。わたしたちは大騒ぎしながら色んな店を巡った。

 コーヒーショップで一息つき、わたしたちは飲み物を飲みながら話をした。話題はやはり、修学旅行だ。

「部屋割りとか、スキー講習のグループとか、気になるよね」

 と美登里が言うと、夏子はからから笑った。

「どうにかなるって。部屋割りはくじ引きだけど、グループは自分たちでまとまれるわけだし」

 修学旅行の部屋割りは、二人で一部屋。くじ運が悪ければ散々な思いをする。わたしは夏子ほど楽観視できなかった。レイカと同じ部屋になったら、わたしの修学旅行はおしまいだ。

「あたしは何でもいいよ。スキーなんて教わらなくてもできるし」

 渚の発言に、わたしたちはええっと声を揃えて驚く。わたしたち三人は揃って運動が苦手だ。美登里はそこまでひどくないけれど、わたしと夏子は絶望的だと言ってもいい。渚は笑い、

「スキーってこつを掴めば簡単だよ。教えてあげるよ」

 と言った。わたしたちは神様を見る目で渚を見る。

「修学旅行、楽しくなるといいよね」

 わたしが言うと、三人とも笑った。

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