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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 二学期
93/156

渚の誕生日

 今日は渚の誕生日だ。ホームルーム前にも渚は来たが、特に誕生日だということを気にしている様子もない。せっかくプレゼントを用意しているのだから、少しは期待してほしい。昼休みになると、渚は藍色のお弁当入れを提げてわたしのクラスにやってきた。購買部前は段々寒くなってきたから、人のぬくもりがある教室の方がいいということになったのだ。総一郎のクラスで食べるわけにもいかないから、わたしのクラスになった。美登里や夏子も一緒に食べる。

「渚、はい」

「わたしも」

 美登里と夏子が、むしゃむしゃお弁当を食べる渚に何かを差し出した。プレゼントだった。彼女は戸惑ったようにそれを受け取る。

「え、嬉しくない?」

 夏子が訊く。渚は首を大きく横に振り、

「プレゼントってあまりもらったことがないから驚いちゃってさー」

 と言う。表情を見るに、本当らしい。嬉しさより驚きが勝っているようだ。彼女は一人でいることが多かったから、そうなるのだろう。

「わたしからもあるよ」

 わたしは小さな紙袋を見せた。渚はぱあっと嬉しそうな顔をする。わたしから黄色い袋を受け取ると、シールを剥がして中身を見た。出てきたものを、しげしげと見つめる。銀色のふくろうのブローチだった。

「ふくろうは知性の象徴らしいよ。渚にぴったり。鞄にでもつけといて」

 わたしが言うと、渚は大きくうなずいた。嬉しそうで、何よりだ。美登里と夏子のプレゼントも開き、お礼を言い、渚はうきうきした様子で教室を去っていった。わたしは満足した。また一つ、渚を喜ばせられた。

 放課後、渚に会うとブローチはキャンバス地の鞄にちょこんとついていた。へへへ、と渚は笑う。手に、何か小さいラッピングされた箱も持っていた。

「それ、プレゼント? 誰からもらったの?」

 わたしが訊くと、渚はそれを隠す。

「何でもない。あー、今日はいい日。誕生日がいい日なんて、初めて」

 渚は笑った。つられてわたしも笑った。二人で帰った。家でも渚と一緒だったし、ずうっと二人だけでもいいなと思った。


     *


 ある平日の夕暮れ、拓人がチャイムを鳴らしてうちに来た。わたしは家を出て、道端でしばらく話した。最近、こういうことが多い。拓人と話して、貸していた少女漫画を返してもらって、夕食。半分習慣になっている。拓人が読み終えた少女漫画をわたしに渡す。それから楽しそうに感想を言う。わたしはうなずきながら時々笑う。学校の話もする。深刻な話はしない。

 寒さが増してきて、わたしたちはよく手をすり合わせる。もっと寒くなったらどちらかの家の居間で話そう、という話もした。居間なら、どちらの家族も許してくれるだろうから。

「あ、歌子」

 拓人が今思い出したような素振りでわたしを見た。わたしは作った仕草だと気づいていたけれど、「何?」と普段通りに訊いた。

「篠原、つき合ってる人がいるらしいな」

 どきっとした。わたしは黙って拓人の顔を見る。それからかすかに笑って、「誰?」と訊いた。

「王先輩。王先輩のクラスメイトがおれの先輩で、そうらしいって言ってた」

 わたしは唇を結んだ。何秒も黙って、拓人の顔を見て、その顔が悪意ではなく心配の表情を浮かべているのを見て、笑った。それから踵を返し、家に駆け込んだ。部屋で、ベッドに突っ伏した。しばらくぼんやりして、そういえば拓人を置いてきたんだっけ、と思い出した。でも、戻る気力はない。

 その日は一睡もできなかった。


     *


「嘘だって。大丈夫だよ」

 渚は言う。

「総一郎は彼女作るどころじゃないって。王先輩も受験で忙しいだろうしさ」

 わたしが拓人から聞いたことを話すと、渚は必死に否定した。わたしは微笑み、彼女に感謝した。

 購買部の前のテーブルで話をしていた。総一郎が岸と一緒に通りかかり、こちらを見ずに行ってしまった。わたしは二人を見送りながら、ぼんやりしていた。渚が手を暖めるように拳を作ったり開いたりしている。寒さで体が冷えている。冷たいなあ、と思った。

 寂しいなあ、とも思った。

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