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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 二学期
92/156

渚と拓人

 総一郎はわたしが拓人に抱きしめられて抵抗しなかったことが許せなかったし、わたしは総一郎がわたしより先に王先輩に将来のことを教えていたことを許せなかったのだ。だからこうなるのは当然なのだ。わたしと総一郎は元に戻ることなどできないし、話をすることもない。

 わたしは総一郎のことが許せなくて、彼のことを目で追うのもやめてしまった。そんなことをしても、怒りが燃え上がるだけだ。彼も絶対にわたしのほうを見なかった。毎日、家でこっそり泣いた。両親が気づかないよう、普段は明るく振る舞いながら。怒りの混じった涙は、ひどい頭痛を起こした。毎日毎日、痛みに耐えながら泣いた。

 総一郎は、平気で王先輩と廊下を歩いた。二人の仲の良さは、わたしを疲れさせるに充分だった。王先輩は、嬉しそうに彼を見上げて必要以上に近づいて歩く。総一郎は、そんな彼女を嫌がるでもなく微笑んで受け入れる。わたしはそんな彼らを視界に入れないように気をつけた。こんなに気をつけなければならないなんて、わたしは総一郎の何なのだろう、ということが頭に上った。そういう日々が長く続いた。

 あるとき、もう彼とは絶対に親密に寄り添い合うことなどないのだ、と気づいた。そう考えると涙はとまった。というより、疲れきってしまった。もう、いい。こんなに毎日ぐったりしてしまうのなら、諦めてしまおう。

 わたしと総一郎の関係は、消滅した。


     *


 十一月のある日曜日、わたしは家で渚と話をしていた。もう総一郎の話はしない。お互いの楽しい話をする。渚はいつも明るくて、一緒にいると色々なことを忘れられる。あなたのことが大好き、と全身で表してくれるのも嬉しい。わたしも渚のことが大好きだ。親密さが増していた。わたしが休日につける渚からもらったラピスラズリのブレスレットは、わたしが動くたびにちゃりちゃり鳴る。

「そういえばもうすぐ渚の誕生日だねえ。何がほしい?」

 わたしは訊いた。渚は一瞬考え、

「歌子がくれるなら消しゴムでもいいよ」

 と笑った。

「そんなあ。もっといいもの贈らせてよ」

 わたしが抗議すると、渚はにかっと笑った。彼女は小遣いには不自由していないが、基本的に使わないらしい。お洒落するのは好きだけれど、飾りたてるのは苦手だとも言う。贈るとしたら何がいいか、迷う。

 渚と話しながら少女漫画を読んでいると、部屋のドアをノックする音がした。返事をすると、母が戸惑った顔でこう言った。

「拓人君が来てるわよ」

 わたしは驚いて渚と一緒に階下の居間に向かった。拓人は、母が出した緑茶を飲んでいた。気まずそうな顔で、「よっ」と手を上げる。わたしの後ろの渚を見て、自己紹介までする。

「お父さんたちはわたしと拓人がお互いの家に行かないようにって決めたはずだよねえ」

 わたしが言うと、拓人は頭を掻いた。

「ああ、居間なら大丈夫なんじゃない? すみれさんが通してくれたし」

 いい加減なものだ。わたしは呆れてL字型のソファーの拓人から少し離れた位置に座る。渚は更にわたしの外側に座る。渚は不満そうだ。きっとこの間のことは拓人が悪いと思っているだろう。

「部活は?」

 わたしが訊くと、拓人は、

「昼までだから、もう済んだ」

 と言った。それから少し沈黙した。拓人は何を言おうか迷っているらしい。ついに口を開いたときは、拓人は痛みに耐えるような顔をしていた。

「あのー」

「何?」

「ごめんな」

 わたしは黙った。この間も、拓人は謝った。けれど、わたしは許したのだ。だから謝らなくてもいいじゃないか。そう思っていたら、拓人は続けた。

「あのあと、篠原と別れちゃったんだろ」

 胸がずきんと痛んだ。わたしは唇を結んだ。

「おれが調子に乗ったせいだ。改めて言うけど、ごめん」

「いいよ」

 わたしは少し憮然とした感じを残した声で許した。拓人はまた頭を掻く。

「だって、それだけのせいじゃないもん、別れたのは」

「そっか」

 拓人は事情を訊かなかった。何度もうなずき、あるとき突然立ち上がった。わたしを見下ろし、微笑む。

「それだけ。じゃあな。帰るよ」

「そう」

「もうお会いすることもないでしょうが」

「明日教室で会うでしょ」

 わたしは笑った。けれど拓人は真剣な顔だ。

「歌子に申し訳が立たないから、今後は話しかけないよ。妙な噂を燃え上がらせちゃうしな」

 どうやら本気のようだ。わたしは何だか寂しい気分になり、少し考えた。それから渚と拓人を待たせて二階に上がった。

 下に戻ると、拓人は玄関にいて、渚は見送りに出ていた。二人とも、ぎこちない様子だ。二人きりにしたのはまずかったかもしれない。拓人はわたしを見て、驚いた顔をする。

「それ、おれが去年読みかけてたやつじゃん」

 わたしは笑った。わたしは去年まで拓人がうちで読んでいた少女漫画を数冊持ってきたのだ。この漫画を、拓人は一生懸命読んでいた。現代の高校生もの。拓人は受け取ると、しげしげと見つめた。

「懐かしいなー。去年までおれ、歌子の部屋でこういうの読んでたもんな」

「貸してあげる」

「え、だって……」

「学校で話をするのはまずいと思うけど、家はすぐ近くじゃん。また仲良くしようよ。二人とももう独り身だし」

 わたしは自分で言いながら少し悲しかった。けれど、拓人と関係が完全に切れてしまうのは嫌だったから、冗談めかして元の幼なじみになろうとした。拓人はうつむいて考え、うなる。

「じゃあ、学校の連中に見つからないようにする?」

 拓人が言う。わたしはにこにこ笑いながらうなずく。拓人は歯を見せて笑った。それから、「今週中には返すよ」と言って帰っていった。

「……いいの?」

 二階に戻りながら、渚が訊いた。わたしは渚が不満に思っていることはわかっていたが、うなずいた。

「だって、わたし拓人と仲良くしたいもん」

 階段を上る背後で、渚は黙っていた。

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