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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 二学期
91/156

総一郎の目標

 次の日、わたしは光にこう訊かれた。

「篠原君と別れたって、本当?」

 わたしはずきんと心が痛むのを覚えながら、首を振って否定した。そんな噂が広がるのは仕方がないと思う。だって、昨日は大勢の人の前であんな騒ぎになってしまったのだから。

「何か、すごく噂にされてるよ。昨日何があったの?」

「何でもない」

 わたしは作り笑いをしたが、光は納得していない顔だ。それでもうなずき、

「元気出してね。目が腫れてるよ」

 と言って自分の席に戻った。わたしはぼんやりと外を見た。校庭のポプラは紅葉している。

 拓人がサッカー部の朝練習を終え、教室に戻ってきた。片桐さんと別れたことを知っているらしい仲間たちにいたわられながら、無理をして笑っている。拓人はあのあとわたしに謝ったが、それから一言も話していない。一体、これからどうなるのだろう。総一郎に電話やメールをしても返ってこない。わたしはほとんど朝まで寝られなかった。ぐずぐずと泣きながら、悲しいことばかり考えていた。総一郎に嫌われてしまった。もう口を利いてくれないんだ。別れてしまうのかもしれない。でも、どこか真実味がなかった。まだ大丈夫だと思っていた。

 昼ご飯は、渚と購買部の前で食べた。楽しい昼食にはならなかった。いつもいる、総一郎や岸がいないから。岸は総一郎と一緒にいるらしい。岸もわたしのことをひどいと思っているのだろうか。そう考えながら、わたしは渚と黙りがちに食事をした。

「あのさ、あたしは歌子の味方だよ、何があっても。だから少しは安心しなよ」

 渚は言った。わたしは微笑み、また少し泣いた。向かいの席にいた渚は立ち上がってわたしの背中を撫でた。温かいてのひらがありがたかった。

 放課後、美登里と夏子から話を聞いた。拓人と片桐さんが別れたことも、噂になっているのだという。それにわたしと総一郎のことも絡み合って、複雑な何パターンもの話が飛び交っているらしい。美登里が言う。

「浅井君は歌子のことがまだ好きだって話にもなってる。気をつけたほうがいいよ」

 心配そうな二人に、わたしは微笑みかける。内心はひどく不安だったけれど。噂のせいで、総一郎とこじれてしまうのではないかと思って。

 しばらく時間を置いてから、総一郎と話そうと思った。そうすれば、きっと彼もわかってくれる。


     *


 もう、一週間くらい総一郎と話していない。廊下で後ろ姿の彼を見かけると、胸が苦しくなる。この前までのことが、嘘のようだ。彼が王先輩と歩いているときは、ひどい嫉妬がわたしを苛立たせた。総一郎は、わたしとの関係が危ないときに王先輩と一緒にいるのだ。彼に対しても王先輩に対しても、怒りが湧いた。わたしは彼を見かけるとき、大抵美登里や夏子や光たちのようなクラスの女子と一緒だったが、彼女たちは気まずそうに黙り、いつも話を無理矢理楽しそうなものに変えた。わたしに気を使わなくていいのになあ、などと思いながらも、わたしは自分の顔が暗くなっているのに気づいた。こういう顔をするから、彼女たちは気を使わざるを得ないのだとやっとわかった。

 ある日の放課後、王先輩に偶然会った。階段ですれ違いそうになって、王先輩のほうから気づいたのだ。

「あ、町田さん」

 彼女はにこにこしていて、わたしはひどく静かな気分だった。話すことなんかないのにな、と思った。この間もめたばかりなのに、何を楽しそうにしているのだろうとも思った。王先輩は嬉しそうに笑いながら、こう言った。

「ソウ、将来のやりたい職業が決まったんだってね。薬を作る仕事をしたいんだって、昨日言ってた」

 体がなくなってしまったような、妙な気分だった。現実感がない。王先輩が総一郎の目標をわたしより先に知ったのだという事実のせいで、わたしは現実を見るのを拒否していた。先輩は不思議そうにわたしを見たが、ようやくわかったらしい。ぱあっと明るい顔になり、すぐにそれを隠した。

「あ、ごめんね。町田さんは知らなかったんだ。今度ソウから話があると思うよ。だから……」

「今度なんてありません」

 わたしはそう言って、顔を見られないように慌てて階段を上がった。購買部の前のテラスに総一郎がいるのを見て、わたしはガラスの引き戸を開いて走り寄る。総一郎は、わたしを見て驚いた顔をしていた。

「どうして王先輩に先に言っちゃうの? 将来の目標なんて大事なこと!」

 わたしが怒っているのを見て、総一郎はぎゅっと唇を結んだ。話したくないという意思表示だろう。

「わたし、総一郎が将来何をしたいか、知りたかった。人づてに知るなんて、ひどいよ」

 涙がこぼれる。でも、わたしが泣いても総一郎は反応しないと、何となくわかっていた。総一郎は、唇を閉じたまま何も言わない。

「総一郎、何とか言ってよ!」

 わたしがわめくと、総一郎はそのまま黙ってわたしの横をすり抜けた。引き戸を開き、行ってしまった。振り向くと、総一郎は王先輩と一緒にいた。無言で歩く総一郎に、王先輩が並んで歩く。彼女は心配そうに彼に話しかける。総一郎は、彼女を見て微笑んだ。

 ああ、もう駄目なんだと思った。

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