雪枝さんと雨の日の篠原
雪枝さんにメールを送るため、携帯電話を弄る。わたしのピンク色の部屋のベッドの上。半分うつぶせになって、今日のことを思い出していた。
「雪枝さん。昨日拓人がわたしにキスしたから無視してたんだけど、レイカたちに呼び出されて泣いてたら拓人が慰めてくれて、告白の返事をする時間をちょうだいって言っちゃった!」
ここまで書いて、何て大変なんだろうと笑えてきた。たった二日だ。こんな短い間に色んなことがあった。
「頼まれてた篠原の写真撮ったよ。レイカたちに呼び出されたのはそのせい。篠原といちゃついてたから篠原のことを好きな子が可哀想だとかで、散々言われたよ」
ここまで書いて、この部分を消した。いっそ篠原の写真をメールに添付して送ればいいのかもしれない。でも、今日の出来事を考えればそうする気にならなかった。雪枝さんに会ったとき、彼女が見たいと言ったときに見せよう。
メールを眺めていたら、全部直接言ったほうがいい気がしてきた。だからわたしは前半部分も消し、文章を打ち直した。
「雪枝さん、休みはいつ? 話したいことがたくさんあるから、今度会いたいな」
何度か読み直し、送信した。
*
次の日、わたしは一人でお弁当を食べた。だって、拓人の気持ちを考えたら篠原とご飯を食べるなんて残酷だ。今までだって嫌がっていたのに。
篠原はわたしを気にしていた。ちらちらとわたしを振り返っていた。けれどあのときみたいに自分から来たりはしなかった。
拓人もわたしが一人でご飯を食べているのに気がついていた。以前なら一緒に食べようと声をかけてくれたかもしれないけれど、今はそういう気楽な関係でもないから仕方がない。
わたしって一人だなあ、としみじみ思った。レイカたちに突き放されて、わたしはずっと根無し草だ。元に戻りたいとは思わない。レイカたちとの関係は嘘ばかりだと気づいたから。でも、そろそろわたしも女の子の親友がほしい。十六年も生きてきて、そういう女の子に出会ったことがないのだ。
わたしは頬杖をついてぼんやりしていたが、時計を見たらあと五分で五時間目が始まるというところだったので、慌ててご飯を掻き込んだ。母のお弁当はおいしい。
*
それから二日後の金曜日、傘を差して雨の中を一人で帰っていると、校門の近くで誰かがわたしを呼んだ。振り返ると、篠原だった。篠原は走ってきたのか、呼吸が荒い。
「篠原。どうしたの?」
わたしは傘を篠原の上に持って行った。篠原は一六〇センチメートルのわたしよりかなり背が高いので、腕を上げなければならなかった。
「町田がいたから追いかけてきた」
最後に深く息を吐き、わたしの傘の柄を握った。わたしの手は急に自由になる。
「訊きたいことがある」
篠原は背中を丸めてわたしを見下ろしている。笑ってはいなかった。
「何?」
「浅井のこと好きなの?」
わたしは少し笑った。この間の拓人と逆の質問だったから。
「笑うなよ。質問に答えて」
わたしは真顔になり、答えた。
「わかんない」
「わかんない?」
「拓人には告白されたけど、ただの友達や幼なじみなのか、男の子として好きなのか、わかんない」
「告白、されたんだ」
「うん」
篠原は黙った。沈黙が長いので、わたしは篠原を見ながらまばたきをした。篠原もわたしを見る。
「浅井とつき合うの?」
わたしは困惑した。こういう話題は、篠原と話すにはふさわしくないような気がしたのだ。篠原とは、もっと楽しい話がしたい。
「つき合うかもしれないね。返事をするって言ったから、返事次第で」
篠原はまた黙った。一瞬のちに、
「そっか」
とつぶやいた。わたしはうなずいた。
「ねえ、一緒に校舎に戻ろうか。これ以上濡れたくないでしょ? わたしは傘差してついて行くから」
篠原はそっと傘の柄をわたしの手に戻した。彼は雨に濡れたまま、小さく笑った。
「いいよ。じゃあな」
それから、わたしの返事も待たずに校舎に走って戻っていった。わたしはそれを見詰め、胸がざわめくのを感じた。