誕生日前日
明日、九月二十日はわたしの誕生日だ。朝の教室でそのことを言うと、光も夏子も美登里も他の何人もの生徒も、「おめでとう」と言ってくれた。物をくれた人もいる。美登里は厳重に包まれた小さなガラス細工の兎をくれたし、夏子はわたしが好きだと言っていたイラストレーターのポストカードブックを裸のままぽんとくれたし、光は駄菓子が詰まった紙袋を歌いながら渡してくれた。ちょうど持ってきていたというお菓子を箱のままくれた男子もいた。嬉しい誕生日前日だ。にやにや笑うのがとまらない。
お昼、総一郎たちのクラスに行って一緒にお弁当を食べていたときも、わたしは誕生日だ誕生日だと騒いだ。わたしのあまりにも子供じみた振る舞いに、総一郎は吹き出し、渚と岸は声を上げて笑いつつもおめでとうを言った。
「町田にはこれをあげるよ」
岸が何かをくれる気配だったので、わたしは目を輝かせた。と思ったらくれたのはお弁当の隅にあった梅干しで、わたしはちえっと言いながら蜂蜜の味がする梅干しをかじる。でも、岸にとってお弁当の梅干しは貴重なおかずである場合が多いので、大盤振る舞いだと考えることにする。
わたしは梅干しをかじりながら総一郎と渚をじっと見つめた。二人はたじろぎ、目を見合わせた。総一郎が、
「何、その物欲しげな顔」
と呆れた声を出す。渚が笑う。
「あたしはあとからあげるね。まずは総一郎から」
総一郎が動揺し、固まる。何か用意しているな、という直感が働いた。わたしは目を輝かせる。総一郎は、ラップに包まれた手作りのおにぎりを手に持っていた。最近は剣道部の朝練習に出始めたが、以前のように起きてすぐに学校に行ってしまうということはなく、ゆっくり家にいて父親が作った朝食を食べ、自分で握ったおにぎりを持ってくる。おにぎりを食べる総一郎を見ると、わたしは何となく嬉しくなる。一度食べてみたかったから、いっそそのおにぎりをくれてもいいと思うのだが、そうではないだろう。総一郎は黙ってから、笑った。
「明日、デートしよっか」
「えっ、本当に?」
思いがけない返事に、わたしははしゃいだ。総一郎は、にやにや笑う岸を横目で見つつ、
「うん。デートしよう」
と言ってくれた。教室の真ん中で総一郎がこんなことを言ってくれるなんて、初めてだ。周りの生徒がちらちらとわたしたちを見る。一体どうしたというのだろう。総一郎は全く照れていないようだ。
「仲がいいねえ。あたし、明日の誕生日に渡そうと思ってたのにさ」
渚が大袈裟にため息をつきながら、自分の席に戻って何かを持ってきた。受け取ると、重みのある平たい箱だった。金色のリボンを解き、白い箱の蓋を外すと、中にはブレスレットがあった。大きな透明のビーズと、真っ青できらきらした星のような粒が表面に無数にあるビーズが交互に並ぶ。全体的に宇宙を思わせる雰囲気で、青と透明の組み合わせが潔いと思った。とてもきれいだ。
「透明なのは水晶で、青いのはラピスラズリだよ。ラピスラズリは歌子の誕生石なんだって」
渚は微笑んだ。
「きらきらした金色の星みたいなのは、パイライトっていう硫化鉱物の一種なんだってさ。硫黄が含まれてるんだって。でも何にも危険じゃないよ。きれいだから買ったの。歌子にぴったりだと思って」
「ありがとう!」
ブレスレットは水色の土台に載っていて、大切にしまわれていた。ラピスラズリ。不思議な石があるものだ。青い色、金色の粒。宇宙を閉じこめたような石。
総一郎と岸が興味津々に見る。こういう石というのは、理系の彼らを楽しませるらしい。わたしは単純にきれいだから気に入ったけれど、彼らはそれだけでなくその組成や元々それがあった鉱脈に神秘を感じるようだ。
「何というか、雨宮の並々ならぬ愛情を感じるよ」
しばらく見てから、岸が軽く笑いながら言った。渚は、「何それ」とあしらう。わたしは渚がわたしのことが本当に好きなのだな、と思って嬉しくなった。このブレスレットには、そう感じさせる何かがある。
「今年の誕生日はいい誕生日だなあ」
わたしが感極まって言うと、総一郎が、
「いや、まだ誕生日じゃないだろ」
と笑う。確かにそうだ。明日が本番で、わたしは総一郎とデートをするのだ。
「明日のデート、楽しみにしてる」
わたしが微笑むと、渚と岸が見守る中、総一郎は歯を見せて笑った。わたしは嬉しかったけれど、少し変だと思った。最近、総一郎は優しすぎるし、笑みを絶やさないのだ。
「総一郎、何かいつもと違わない?」
総一郎が席を外したとき、わたしは岸に訊いた。岸は何か知っていそうだし、わたしは何となく理由に気づいていたからだ。渚はうなずき、同じように岸を見る。岸は少しためらい、言った。
「もうすぐお母さんの命日なんだよ。それで不安なのを隠そうと、やたらにこにこしてるんだと思う」
「不安?」
「うん。おれは不安なんだろうって感じる」
わたしは考え込んだ。総一郎は感情を隠そうとする癖があるから、そうなのかもしれない。不安に感じているとしたら、一体何が不安なのだろう。
そこに総一郎が戻ってきて、わたしはさっきまでの喜んだ顔を作った。総一郎の笑顔を見ると、わたしは胸が痛むのを感じた。優しい総一郎。わたしはできるだけ彼に幸せな気持ちでいてほしい。