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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 二学期
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理想の親子関係

 昼食は中村先生の家の居間でいただいた。雪枝さんの作った夏野菜のパスタだ。雪枝さんは料理が上手い。トマトをベースにして茄子やズッキーニやパプリカを煮込んだ具を、茹でたペンネにかけたものなのだが、塩加減が絶妙なのだ。体にもよさそうだし、料理が作れる人というのは偉大だなと思う。渚と一緒にむしゃむしゃ食べた。中村先生は褒めることもけなすこともせず、ただわたしたちと会話を楽しんでいるようだった。雪枝さんは相変わらずおかしな盛り上がり方でわたしや渚のことを中村先生に話した。

 中村先生はわたしと総一郎のことを知ってはいたが、雪枝さんがその相談に乗っていたとは思ってもみなかったらしく驚いていた。わたしはいい機会なので総一郎とのことを話した。クラスで孤立していたことについては何だか言いにくかったが、恋愛についてはむしろ話したい気持ちだった。

「あなたたちの年頃が、一番純粋に恋愛できるんだと思うわ。悔いのないようきちんとおつき合いしなさいね」

 中村先生が言った。わたしはうなずく。純粋に恋愛するって何だろう。わたしは今の恋愛しか知らないので、わからない。

「渚は彼氏いないの?」

 雪枝さんが訊くと、渚は手を振って笑った。

「わたしの恋愛経験なんて、大したことないよ。聞かせるようなことは何もないよ」

「気になるなあ」

 雪枝さんはいやらしい笑みを浮かべる。そして中村先生にその笑みを注意された。わたしと渚は笑いながら様々な話題に参加した。雪枝さんと中村先生の関係は、見ていて楽しい。


     *


 ようやくバンの荷物を雪枝さんの物置部屋に運び込むことになった。今日は雪枝さんの兄一家が出かけていないらしく、絶好の機会らしい。雪枝さんはせっせと荷物を運び込んでいた。雪枝さんの物置部屋を覗くと、四畳半の部屋にぎっしり本棚や衣装ケースが入っていて、全て少女漫画が詰まっている。

「雪枝さん、これってまだ入るの?」

 わたしが驚いて声を上げると、雪枝さんは自信満々にうなずいた。

「大丈夫! わたしの経験上いける!」

 ほんとかなあ、とつぶやきながら、わたしは部屋を覗くのをやめて荷物をバンに取りに行った。先にバンに向かっていた渚は腕を回して張り切った様子だ。段ボール箱を軽々と持って歩き出した。わたしもそれに続く。雪枝さんの部屋は、雪枝さんによって物の配置が変えられて、手前になら新しい段ボール箱を置けそうだった。

 バンに戻ろうとしていると、雪枝さんがわたしを手招きした。渚はすでに彼女の横に不思議そうな顔で立っている。わたしは軽く駆け足になって彼女の元に向かう。

「二人とも、ありがとう」

「何が?」

 渚がきょとんとする。わたしも同じだ。雪枝さんはにっこり笑いながら、

「お母さんにわたしが教師になりたがってることを言ってくれたでしょ。あれ」

「雪枝さん、迷惑だったんじゃない?」

 渚は心配そうだ。わたしはうなずきながら「そうだよ」と言う。雪枝さんは首を振って笑っている。

「むしろありがたいよー。二人が言わなかったら一生言えなかったと思うもん」

 わたしは渚と顔を見合わせてほっとする。渚も安心したようだ。どうやらわたし同様気にかかっていたらしい。

「お母さん、あれでもわたしのことめちゃくちゃ心配してるんだよ。結婚もしないし、今の暮らしもかつかつだし、わたし、心配かけてばかりだもん。でもお母さんが心配してくれるから頑張れるの。何だかんだ言って、わたし、お母さんのこと大好き。あ、もちろんお父さんもね」

 雪枝さんはにこにこ笑う。わたしは雪枝さんの満たされた気持ちを感じて、何だか嬉しくなった。渚は微笑み、少し寂しそうだった。彼女は親との結びつきが少ないから、満たされた親子関係を見ると少し寂しくなると、いつか言っていた。

 雪枝さんはお父さんとも仲がいいらしく、楽しそうに話をしていた。いい家族だなあ、と思う。

 荷物をどんどん運び込み、狭い物置は更に狭くなった。午前中同様、わたしより雪枝さんや渚のほうが頑張って、荷物は思ったより早くバンから消えた。しばらく休んでから、雪枝さんは渚と二人でバンに乗って買い物に出かけた。今日のお礼に、アイスクリームをおごってくれるらしい。渚を選んだのは、仲良くなりたいからのようだ。わたしはのんびりと居間で中村先生と話をすることにした。

 中村先生は不意に笑い、

「本当にびっくりしたわ。まさか雪枝と町田さんがお友達だったなんてね」

 と言う。わたしも笑い、「本当ですね」と答えた。中村先生は少し誇らしげな顔になり、

「あの子、面白いでしょ?」

 と微笑んだ。わたしはうなずく。中村先生は懐かしそうに続ける。

「昔っから突拍子もないことばかり言って、わたしたち家族をびっくりさせたり笑わせたり、騒がしかったのよ」

「わかります」

 わたしはくすくす笑った。雪枝さんのそのような子供時代は、容易に想像がつく。

「中村先生は、反対されないんですね。うちの両親なら絶対駄目って言いますよ。教師なんて責任が重くて大変な仕事は諦めろって」

 わたしが言うと、中村先生は微笑んだ。

「大人だからね。もう自立した人間に何言っても無駄なのよ。でも、心配は心配よ。あの子、どんどん突き進むから、こっちはいつブレーキをかけようかはらはらしながら見てるの。どこかしっかりしてるところがあるから、今のところはほったらかしにしているけど、大丈夫かしら」

 中村先生は心配を顔に浮かべて唇をぎゅっと閉じた。

 わたしは、中村先生と雪枝さんの親子関係はとても素敵だと思った。感動してしまったくらいだった。わたしはまだ両親から子供扱いされていて、何をするにも許可がいる。一人で大丈夫だと思われていないということだ。けれど、中村先生と雪枝さんは違う。中村先生は、心配しつつも雪枝さんの背中を押してくれるのだ。将来中村先生たちのような親子関係になれたら、素敵だ。それはわたしが大人になるということで、早くそうなりたいと思えた。

「ただいまー」

 雪枝さんの声がした。続いて、渚の「戻りました」という声。わたしは自立した自分を思い浮かべながら、早く二人にこの話をしたい、とわくわくし、立ち上がって迎えに行った。

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