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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 二学期
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振り替え休日

 文化祭と体育祭の振り替え休日は一日きり。土日を潰したのだから二日なければ理屈に合わないと思うのだが、わたしと渚は文句を言い合いつつも「ま、仕方ないよね」という結論に至った。先生たちが決めたことに逆らう気力なんて、飼い慣らされた進学校の生徒に残っているはずがない。それに授業日数が減って進学に差し支えるのも困る。

 わたしと渚は二人で待ち合わせをしていた。新旧様々な自転車でごちゃごちゃした公営の自転車置き場に自転車を停め、待ちかねていた渚と一緒にアーケード街を歩き出す。今日はコーヒーショップで雪枝さんと会うつもりなのだが、渚は真っ直ぐにそこに向かうのはためらわれたらしい。彼女たちはまだ一度しか会っていないし、それも仕方がない。アーケード街は一応平日なので、休日と比べたら閑散としている。高い擦りガラスの天井から日差しが注ぎ込み、暑くないのにちょうどいい明るさだ。

 デパートや呉服屋や洋服屋の前を通り過ぎ、わたしたちはコーヒーショップに入った。コーヒーの苦い香りで充満した、人で一杯の広い店内の奥に雪枝さんがぼんやりと座っていた。彼女はきちんと化粧をし、髪も結い、服装もちゃんとしているのに、何だか元々あった強烈な存在感が淡くなってしまったように思える。

「雪枝さん」

 わたしが声をかけると、雪枝さんはぱっと明るい笑顔になった。ほっとしながら渚と一緒に向かいの席に着くと、雪枝さんはのりの効いた淡い水色のストライプのシャツをがさがさ鳴らしながら背伸びをした。

「最近ちょっと座ってるだけでも背中が痛くてね」

 雪枝さんは困ったように笑いながら話す。

「勉強のしすぎじゃないですか?」

 渚が訊く。雪枝さんは首をぶんぶん振り、

「わたしなんていくら勉強してもしすぎにならないよ。大学時代はそれなりにやってたけど、ブランクが大きすぎるからさ」

「無理しないでね」

 わたしが言うと、雪枝さんはにっと笑った。それからわたしたちを急かす。

「さあさあ、またあなたたちの周りの新キャラについて教えてよ。わたしの数少ない楽しみの一つなんだから」

「そうだなあ。まあ、王先輩、とか……」

 わたしがためらいつつ言うと、雪枝さんは目を輝かせて続きを促した。わたしは渚の助けを借りつつ、王先輩の話をした。わたしは王先輩のことを思い出すと、楽しい気分になることがない。いつの間にか唇を尖らせていたようだ。雪枝さんはあははと笑った。

「かーわいいねえ、歌子は。要するに不安なんだ、篠原君を取られるのが」

 わたしは黙る。図星だからだ。

「篠原君は簡単に他の女の子になびくタイプには思えないし、大丈夫だって」

「そうかな」

「王先輩は篠原君のこと好きなんだろうけどさ、篠原君も彼女に対してそうならとっくにくっついてるよ」

「え、雪枝さんも王先輩は総一郎のこと好きって思うの?」

 わたしが不安に思って訊くと、雪枝さんはきょとんとしてわたしを見た。渚が呆れたように口を挟む。

「歌子ー、いい加減認めなよ。認めないと次の手を打てないよ」

「でも……」

 雪枝さんがにやにや笑った。

「そっか、歌子は認めたくないんだ。へえ。王先輩ってきれいな人なの?」

 わたしはうなずく。彼女の艶のある声や、体全体から発散する色気を思い出した。見目形の美しさだけでなく、こういう美しさも存在することを、わたしは知らなかった。

「それでも、大丈夫だよ」

 雪枝さんは微笑んだ。わたしは完全に安心することはできなかったが、少し自信を復活させた。雪枝さんの言葉には、何となく真実味が感じられて信用できる。

「あの、雪枝さん」

 渚が雪枝さんの方を見た。彼女は一瞬逡巡したあとに、敬語を取り払って話し出した。

「あの、雪枝さんの試験の結果はいつ出るのかな。ずっと気になってて」

 雪枝さんは、ああ、とうなずいて、こう答えた。

「今年試験を受けてたら、来月辺りに二次試験の結果がわかるかな」

「え、雪枝さん受けてないの」

 渚が驚いたように彼女を見つめた。わたしもそうだ。雪枝さんは何度かうなずき、

「心配はもっともだと思う。でも、わたしブランクがあるから、一年半かけてじっくり勉強して、高校生との接し方も充分考えてから試験を受けたいんだ」

「へえ、すごい」

「すごくないよー。勉強中にちょいちょい漫画読んじゃって、四分の一くらいはロスしてるし」

 雪枝さんは長いため息をつく。それから彼女はカフェオレをごくりと飲み、わたしと渚もそれぞれマンゴージュースとアップルジュースを口に入れた。次の瞬間、雪枝さんはぱあっと目を輝かせた。何か思いついたらしい。

「そうだ!」

 今まで何となく覇気がなかったのに、打って変わって生き生きとわたしたちを見る。わたしと渚は「何?」と戸惑いながら訊く。

「今思いついたんだけど、部屋にある少女漫画を全部実家に持っていけば集中できるかもしれない。今度、歌子も渚も手伝ってよ」

 わたしと渚は驚きながらもうなずいた。雪枝さんの実家に行ったことはない。けれどすごいお母さんがいるというイメージはあるので何となく緊張した。

 手伝いをするのは今週の土曜日に決まった。それまで渚と一緒に雪枝さんのお母さんのイメージを膨らませていようと言い合ったら、雪枝さんは、

「普通のお母さんだよ」

 とからから笑った。

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