表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 二学期
8/156

放課後の篠原と拓人

 校庭のポプラを見詰めながら、じっと動かなかった。運動場ではたくさんの生徒が部活にいそしんでいる。様々なかけ声、野球部の打球音。賑やかなそれらは全部遠い出来事。そんな気がした。

「町田?」

 声がしたので振り返ると、篠原が黒板側の扉のそばに立っていた。頭を少し引っ込めて、中に入ってくる。

「もう暗いのに、電気つけないの?」

 そういえば、もう五時近い。わたしはうなずき、笑おうとした。笑みを作る前に涙がこぼれだした。涙は熱く、肌を焼きつけるように思えた。声もなく泣くわたしの元に、篠原が走り寄る。

「町田、どうしたの?」

 初めて聞く、篠原のうろたえた声。わたしはその不安定な声に反応し、ますます涙を流した。

「大丈夫?」

「……うん。大丈夫」

 篠原はじっと立ち尽くし、大丈夫ではないわたしを見詰めていた。

「何かあった?」

「ううん」

 篠原に、さっきのことを話すわけにはいかなかった。けれど泣きじゃくるわたしを見て、本当にわたしが言った通りだとは思わないだろう。

「何かあったんだろ?」

 わたしはただ体を震わせた。篠原はわたしの高さにかがみ込み、手を伸ばそうとした。

「篠原、何やってんだよ」

 どこからか怒った声がした。見ると、練習用のユニフォームを着た拓人がわたしのほうに走ってきていた。

「何もしてない」

 篠原は本当に戸惑った様子で首を横に振った。

「教室に入ったら町田がいて、話しかけたら泣き出した」

 拓人は篠原をじっと見詰め、わたしに向き直る。わたしの机に寄りかかるようにしゃがみ込み、落ち着いた優しい声でわたしに話しかける。

「女子たちに何か言われたんだろ?」

 わたしはうなずいた。涙はとまるどころか溢れてきた。

「歌子は多いよなー、そういうこと」

 拓人は笑う。

「大丈夫だよ。おれがついてるから」

 それから、ぽんぽんとわたしの頭を撫でた。わたしの涙は出なくなってきた。わたしは涙を指で拭いながら、拓人に笑いかけた。

 そういえば、昔からこうだった。女子に嫌われやすいわたしは、小学校高学年くらいからちょっとした意地悪をされて、家で泣いた。拓人は家に来て、わたしが泣いているのを見て、今みたいに頭をぽんぽんと撫でてくれたのだ。中学でもそう。拓人は普段わたしの弟みたいなのに、そういうときだけは兄のようにわたしを甘えさせてくれた。

「ありがとう、拓人」

 拓人はにっこり笑った。わたしは篠原のほうを見る。

「篠原も、ありがとう」

「おれは何もしてない」

 篠原がきっぱりと言った。

「でも、落ち着いてよかった」

 ちょっと笑う。拓人はわたしを見ながら篠原に話しかける。

「歌子はさ、昔から女子に嫌われやすいんだよ。おまけに歌子っていつも平気そうに笑ってるから、皆大丈夫だと思っちゃうんだよな。ほんとは結構もろいんだ。内弁慶だしな」

「余計なこと言わなくていいよ」

 わたしがちょっと睨むと、拓人はひょうきんな顔になってわたしを笑わせた。

「そっか」

 篠原がつぶやいた。

「幼なじみだしな」

「息は合ってるよな」

 拓人がわたしに言う。

「つき合い長いし」

 わたしはうなずき、篠原を見た。篠原は以前のような無表情になっていた。長身を持て余したようにわたしを見下ろすその姿は、何だか悲しそうに見えた。けれど、わたしは焼けついたようになった体を気にしてばかりいたから、あまり気にならなかった。子供のように、拓人の軽口や冗談に笑っていた。

「おれ、部活に戻るよ」

 篠原の言葉に、わたしは顔を上げた。篠原はあの小さな笑みを浮かべていた。

「部活? 篠原部活やってんの?」

 拓人が訊く。

「うん。書道部」

「渋っ」

 拓人は笑い、篠原に何か冗談を言おうとした。篠原はそれを遮って、

「じゃあな」

 とわたしたちの元から去っていった。拓人はそれを見送りながら、

「でっけー」

 とつぶやいていた。それからわたしに向き直り、

「篠原ってかっこいいよな」

 と言った。わたしは驚いた。篠原は地味な顔だし、あまり笑わないせいで人に好かれる感じでもないからだ。

「背が高いしさ、頭いいじゃん。いつも冷静で、声もいいし。運動神経もいいよ。でかいからバスケのときかなり活躍してる」

 そこまで言うと一瞬黙り、

「おれも篠原みたいになりたかった」

 とつぶやいた。わたしは笑う。

「拓人もかわいいじゃん。もてるでしょ?」

 拓人はむっとした様子でつぶやく。

「男がかわいいって言われてどんな気持ちになるか、歌子はわからないんだよ。それに」

 また、沈黙。

「歌子にもてなきゃ意味ない」

 わたしは何だか悲しくなった。今のままで充分素晴らしい関係だと思うのに、拓人はどうして今以上のものを求めるのだろう。わたしはそれが少し、切ない。

「少し考える時間をちょうだい」

 わたしは言った。拓人の顔がぱっと明るくなる。わたしは用心深くうなずき、

「必ず答えを出すから」

 と続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ