体育祭の終わり
体育祭はいい結果に終わらなかった。わたしは二百メートル走で一緒に走った渚に大差をつけられて五位。渚は一位だった。しなやかな足の筋肉でたたたっと駆け抜ける彼女を後ろから眺めるために走ったようなものだ。障害物競争では最下位に終わったし、応援合戦も最下位だった。応援団長たちからしごかれまくった白軍は、委縮しすぎて隊列が乱れてしまったし声も出なかったのだ。あんなに苦労したのに馬鹿らしい。夕方になり、淡いオレンジのグラウンドの空を眺めながら、今年の体育祭もろくなことがなかったなあ、と思っていた。白軍の成績は二位。一位は総一郎の紅軍だ。白軍はリレーなどでいい成績を残したため、二位に収まったらしい。微妙な数字だね、などと皆で話し合う。光はわたしの背中を叩き、「終わったよ。元気出た?」と笑う。わたしは、今までそれを気にしてくれていたんだな、と思って少し嬉しくなる。光もいいところはたくさんあるのだ。彼女は運動が得意なので、短距離走にリレーと、色々な競技で上位を獲得していた。立派なものだ。着替えを済ませ、教室に戻り、わたしたちは田中先生の話を聞く。先生は教卓にますます日焼けした両腕を突いて、にっこり笑ってこう言った。
「お前たちが文化祭でも体育祭でも頑張ったから、ご褒美をやる」
わたしたちは少し沸き立つ。ファミリーレストランに連れて行って、打ち上げをさせてくれるのかもしれない。そういうことを考えていたら、先生は段ボール箱を抱えて戻ってきて、
「一人一つだぞー」
と言いながら棒つきのアイスを配り出した。わたしたちは少しがっかりしながらも先生は自腹を切って四十人分のアイスを買ってきてくれたのだ、とそれぞれ思い起こし、嬉しそうな顔を作って受け取る。わたしが受け取ったアイスは、少し溶けていてほろほろと崩れた。まあこんなものだよな、と思いつつ、わたしはアイスをかじる。
わたしの文化祭と体育祭は、こうして終わった。
*
「ねえ、総一郎」
わたしは約束通り、総一郎と一緒に校門を出て商店街を歩いていた。体育祭本番では応援団長からしごかれることはほとんどなかったが、わたしは彼と帰りたかったのだ。彼はわたしを見下ろし、微笑んだ。すっかり日焼けして、別人のようだ。十円玉みたいな色になってしまった総一郎の腕を指でつつき、ちゃんと人間の質感をしていることに納得しながらわたしは続ける。
「総一郎のこと、誰かわたし以外の人が好きだって言ったらどうする?」
彼はきょとんとし、次にまた微笑む。
「そうですか、って答える」
「えー?」
「だって好きだって言われただけだろ?」
「じゃあ、つき合ってって言われたら?」
「そりゃあ、断るよ」
「本当?」
「おれは歌子とつき合ってるし、歌子のことが好きだからって、断る」
彼は目を逸らして笑いながら顔を赤らめた。日焼けでかなり赤らんでいるが、それはわかった。
「絶対に?」
「絶対に」
彼はわたしをじっと見た。わたしは嬉しくなって。彼に体を少し預けた。それから腕に手を絡め、彼の顔を見上げた。
「よかった。総一郎大好き」
彼はかあっと顔をますます赤らめ、顔を逸らして空を見上げた。商店街はすっかり寂しく店じまいを始めている。夏の盛りに比べれは涼しいし、蝉は夏の初めとは別の種類のものが鳴いているようだ。もうすぐ秋の虫も鳴くだろう。
わたしは総一郎の腕をぎゅっと抱き締め、彼の視線が再びわたしのほうに戻ってくるのを待った。去年も同じことをしていたな、と思い至ったが、今年のわたしは確信犯だった。こうやって、わたしの言葉で顔を赤くする総一郎を見なければ自信が持てないのだ。総一郎がそっとこちらを見る。わたしがじっと見つめているのに気づくと、また目を逸らす。それからまたわたしを見て微笑む。
それを見て、ああ、まだ大丈夫だ、と安心した。