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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 二学期
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結果発表

 一階に着くと、大谷さんや美登里ちゃんがいた。ここは広間のようになった幅のある廊下で、美術部の作品が展示されている。大谷さんは中くらいの油彩画の前に立ち、美登里ちゃんを始めとする数人の友達に色々説明していた。大谷さんがわたしに気づいた。微笑んで手招きする。

「町田さん、見て。わたしが描いたんだ」

 大谷さんは監督の仕事が忙しかったはずなのに、緻密な写実画を描いていた。顔立ちのきれいな夏の制服の女子生徒が、椅子に座って斜め前を向いている絵だ。トーンが暗く、光と陰のコントラストが強い。とても上手だった。

「うわ、うまーい」

「ありがとう」

 大谷さんは嬉しそうに笑う。彼女は嬉しいときはわかりやすいくらい明るい笑みを作る。いつもエネルギーに溢れているのだ。

「すごいバイタリティーだよねえ。この夏は劇と油絵、両方やってたんだから」

 美登里ちゃんが感心したように言う。そこに渚がやってきて、

「うわ、うまっ」

 と声を上げた。大谷さんはにかっと笑い、同じようにお礼を言う。渚は大谷さんに興味を持ったらしく、じっと見詰めて質問をする。

「油絵、いつからやってるの?」

「中学のときから」

「へえー。上達が早いんだねえ」

「夏子は美術部のホープなんだよねえ」

 と、美登里ちゃんが割り込む。わたしは驚き、渚はわたしが口を開くより早く訊いた。

「夏子って誰のこと?」

 大谷さんがあははと笑う。わたしはわかっていたので黙っていた。

「わたしだよ! わたしは大谷夏子って名前なの。雨宮さんは知らなくて当然か。同じ中学だったけど、関わったことないもんね」

「同じ中学なんだ!」

 大谷さんと渚は、ひとしきり中学の話で盛り上がってからわたしと美登里ちゃんを見た。総一郎や岸、美登里ちゃんたちの仲間は辺りにばらばらに散らばっている。渚はわたしを見て、にっこり笑った。

「すっごい奇遇! 歌子の友達がわたしと同じ中学なんてさ。ねえ、わたしも夏子って呼んでいい?」

 大谷さんは気にする様子もなくうなずいた。

「じゃあわたしも渚って呼ぶ」

 わたしは微笑みながらその様子を見ていた。渚に新しい女の子の友達ができたことはとても嬉しい。大谷さんのような素敵な人なら尚更。わたしは少し勇気を出して、言ってみた。

「わたしも夏子って呼んでいい?」

「もちろん!」

 大谷さんは嬉しそうだ。美登里ちゃんもうなずく。

「ね、歌子」

 美登里ちゃんは本当に安心したようにわたしに声をかけた。もちろん、彼女がわたしを呼び捨てにするのは初めてだ。わたしは彼女を見詰める。

「歌子もわたしも、がんじがらめのクラスのルールから縛られなくなった。ほんとよかったよね」

 本当に。美登里ちゃんは一番居心地の悪いころにわたしの味方をしてくれた希有な人なので、わたしがそうなったことよりも彼女が安心して学校に通えるようになったことのほうがずっと嬉しい。

「本当にありがとう、美登里」

 わたしが言うと、彼女は笑った。


     *


 総一郎たちと四人で学校中を回り、ついに閉会式の時間がやってきた。わたしたちは体育館の自分のクラスの位置に並び、どきどきしながら劇の投票の結果を待った。文化委員長が上位三組を読み上げるのだ。下位の三組はこの場では発表されないが、あとで投票数を示したグラフが掲示板に張り出されるので皆緊張している。原稿を読み上げる男子生徒の声がむやみにのろのろとして感じられる。

 三位は総一郎の二組だった。小さく歓声が上がり、岸がクラスメイトとハイタッチをしているのが見えた。わたしたちは拍手をする。

 二位は「最後の一葉」を演じた三組だ。先ほどより大きめの声が上がり、惜しい順位にため息も漏れる。次は一位。いよいよだ。文化委員長が一息溜めて、淡々とした声で発表する。

「一位は、四組の『メタリック』です」

 声がはじけた。わたしたちのクラスは大きな声で歓声を上げ、興奮したクラスメイトがわたしや拓人をもみくちゃにした。久山さんが泣いている。加藤さんも、木田君も、津村さんも、北島君も、中田君も、皆喜んでいた。

「歌子、やったね!」

 光が後ろからわたしの肩に体重をかけて抱きついた。わたしは呆然としながらうなずき、笑みを浮かべた。夏子は「どうしよう」を繰り返している。美登里はわたしに笑いかけた。

「表彰状、誰が受け取る?」

 夏子が思い出したように訊いた。そういえば一位には表彰状が渡されるのに、そのことについて話し合っていなかった。劇をやることで精一杯だったのだ。わたしたちは一瞬静まり返り、皆、わたしと拓人を見た。わたしは拓人を見る。拓人はわたしを見返し、

「そりゃ、歌子だろ」

 と笑った。わたしは固まる。クラス中がそうだそうだとはやし立てるが、わたしはこんな場面には慣れていない。こういうことはクラスで認められないとやれないと思うから。でも、思い直す。わたしはクラスで認められたのだ、と。

「わかった! 行ってくるね」

 わたしは立ち上がり、すたすたと歩いていって舞台の前に立った。白い髭と銀縁眼鏡の校長先生が、わたしの前にいた。こういう状況は人生で初めてだ。わたしは舞台に立っているときよりもどきどきし、背後に大勢の生徒の気配を感じながら校長先生から表彰状を受け取った。

「おめでとう。頑張ったね」

 校長先生は微笑み、わたしにゆっくりとそれを渡した。わたしはお辞儀をし、彼に笑いかけ、クラスの列に戻った。四組の生徒たちは、わたしが戻るとわあっと声を上げ、表彰状をめいめいに奪い取ろうとした。ひょいと誰かがわたしからそれを取った。拓人だった。

「駄目だよ。全員が触ったら汚れるし破れるだろ」

 拓人はそれを眺めながらうなずき、

「おれたちほんとうまくやったよな」

 と笑った。クラス中で拍手が起こり、わたしは本当に幸せだった。

 文化祭は完全に終わった。わたしたちはめいめいのクラスに戻り、ホームルームで先生の話を聞いた。田中先生は呆れたようにわたしたちを見回し、

「お前ら騒ぎすぎだぞ。ここまで子供っぽいとは思わなかった」

 と顔をしかめて言ったが、次の瞬間にはにっこり笑った。

「でも、よくやったよ。おれも結構誇らしい」

 わたしたちはお互いに顔を見合わせて笑った。二学期初めの席替えのため、わたしの隣は美登里で、後ろが光だった。夏子は少し遠い席にいる。レイカも。

「明日は体育祭だから、早く寝なさい。今日のホームルームはここまでです」

 田中先生が幼稚園の先生のような調子で言って号令を済ませると、わたしたちはくすくす笑って席を立った。明日は体育祭。全く嬉しくないけれど、今日は楽しくいられそうだ。

 家に帰るとごちそうで、わたしの好きな海鮮丼が待っていた。両親は揃っていて、二人とも嬉しそうだ。母がわたしを褒め、父がそれをうなずいて聞く。

「お母さん、本当に嬉しかった。歌子ちゃんが一生懸命やってて」

 母は泣き出さんばかりの勢いでそう言った。わたしは少し照れ、

「ありがとう」

 と言った。父も、母も、にこにこ笑っている。

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