仲直りと新学期
次にリハーサルするクラスは総一郎たちの二組だ。わたしが代表で呼びに行くことになった。教室を覗くと自由時間の二組はおしゃべりで盛り上がっていた。近くの生徒に声をかけると、岸たち出演者や、準備に参加するらしい生徒が立ち上がった。岸が歩いていくのに渚が声をかけたのでびっくりした。岸はにっこり笑って何か冗談を言って渚を笑わせている。
岸たちが出ていったあと、わたしは入り口から近い総一郎のところに行って、
「仲直りしたんだ!」
と言った。総一郎はうなずきながら微笑んだ。
「今朝、雨宮が岸に話しかけたんだよ。この間の剣道の試合のことで。岸も雨宮と話したがってたからさ、また元通りに話すようになったらしい」
「よかった」
わたしも総一郎に笑いかける。本当に、この間の剣道の試合は色々なことをいい方向に導いてくれたように思う。わたしは総一郎に剣道部のことを訊いた。彼は力強くうなずき、
「楽しいよ」
と言った。
「自分の技術や体力の衰えも感じるけど、それよりやってやろうっていう気持ちのほうが強い。本当にやりがいがあるよ」
「書道部はどうしてる?」
総一郎は書道部を辞めていない。わたしは気になって訊いてみた。総一郎は微笑み、
「心配しなくてもちゃんと参加してるよ。週に二、三回くらいかな。文化祭の展示物の題材も決まって、何度か試し書きしてるところ。見せたいから、当日は見に来いよ」
と答えた。わたしは総一郎の本格的な作品を見たことがないので、楽しみで仕方がなくなった。きっときれいで整った字で書かれているのだろう。
そんなことを思いながら総一郎と話をしていると、後ろから誰かが飛びついてきた。驚きつつも、渚だとわかっている。
「渚ー、びっくりするよ」
振り返ると、彼女はにこにこ笑いながらわたしを見ていた。
「仲直りできたよ。嬉しい!」
わたしも笑みを浮かべる。彼女は岸のことを本当にいい友達だと思っていたから、嬉しくて仕方がないのだろう。周囲の生徒に構わず跳ね回りそうな勢いだ。わたしはそれをどうどう、と抑える。
「岸も喜んでたよ」
総一郎が言うと、渚はうなずいた。淡い色の髪がふわっと揺れて、茶色い瞳が下から覗いてきらきら輝いた。渚は本当にきれいだ。岸はきっと最初に、彼女の美しさに惹かれたのだと思う。そして、しばらく仲良くするうちにもっと好きになったのだろう。恋人同士になれなかったのは残念だろうけれど、一緒にいることに満足しているのなら、そういう幸せもあるのかもしれない、とわたしは考えた。
総一郎たちのクラスに長居しすぎたので、わたしは彼らを置いて自分の教室に戻った。本当によかった。ほっとしすぎて、自分のリハーサルの成功について話すのを忘れてしまったくらいだった。
*
二学期が始まり、わたしは何とか片づいた大量の課題を鞄に詰め込んで登校した。本当に忙しかったから、終わらないかと思った。けれど一つも欠けることなく提出できそうだ。一階の下駄箱の前で、あの日わたしに声をかけてきた井出さんに会った。彼女は爽やかなショートカットの髪からきれいなうなじを覗かせ、自分の室内履きを取り出していた。顔を上げ、わたしに気づく。無視されるかと思いきや、
「おはよう、町田さん」
とにっこり笑ってくれた。どうやらこの間のことは夢や幻ではなかったらしい。わたしたちは一緒に階段を上がった。彼女はわたしと同じくらいの身長で、レイカに負けず劣らず元気がいい。
「課題済んだ?」
井出さんはわたしの顔を覗き込み、訊いた。わたしはうなずく。
「大変だったよね、課題」
「わたしも終わったけどさ、塾にも通ってるから本当に大変だったよ」
「塾かあ」
彼女は成績がよく、勉強もよくするほうだ。塾にまで通っていたら、本当に大変だろう。
「町田さんも忙しかったでしょ? 夏休み」
「そうだねえ。わたしも学校の夏期講習を受けてたし」
「おまけに劇の練習でしょ? わー、考えられない」
両手で頬を包んで反応する彼女に、わたしは笑った。多少複雑な思いはあったけれど、彼女の態度には少しずつ慣れていった。これなら、仲良くなれるかもしれない。
教室の前に着いた。わたしは一瞬緊張した。教室の様子がどうなっているか、わからなかったからだ。井出さんが平気な顔で、
「おはよう!」
と入っていった。わたしがそれに続き、小さく挨拶をする。教室の中の顔がこちらを向き、皆それぞれ笑った。井出さんに笑いかけているのだろうと思ったが、わたしにもそれは向けられているのだった。嬉しいような、怖いような気分になる。
「おはよう、町田さん」
劇で一緒の加藤さんと久山さんが一緒にいて、話を中断させてこちらに挨拶してくれた。これだけならいつも通りだ。彼女たちは劇を一緒にするようになってからはわたしとうまくやっていたから。
「歌子ちゃん、課題やった?」
美登里ちゃんが大谷さんと一緒に声をかけてくれた。わたしはにっこり笑って「やったよ」と答えた。大谷さんは素敵なツートンカラーの眼鏡をぴかぴかさせながら、「わたしは一つ忘れてきちゃった」とため息をついた。
その他にも、わたしを「町田」と呼び捨てにする男子や挨拶をする女子などがいて、自分の机に着くまでの道のりがとても楽しかった。一年生の一学期はこんな風だった。それが戻ってきたみたいで嬉しい。拓人がやってきて、課題を写させてくれと頼んできた。仕方がないので貸した。彼は本当にずっと変わらない。ありがたい幼なじみだ。教室はそのように心地いい場所となっていた。
けれど、舞ちゃんはわたしを見ず、隣のクラスから来たあやちゃんと話しているだけだった。他のクラスメイトがわたしに優しくなっても彼女が態度を和らげないということは、彼女が自分の意志でわたしを無視しているというのは確定のようだった。一年の終わりから二年の初めまで親切にしてくれた舞ちゃんは、わたしから遠く離れようとしているのだ。寂しかった。
美登里ちゃんたちと話をしながら、レイカの様子を見た。彼女はずっと教室にいたのだが、わたしには目もくれずに坂本さんと話をしていた。井出さんが挨拶をしても、無視した。けれど井出さんは呆れたように彼女を見るばかりで、自分のたくさんの友達に囲まれて話を始めた。井出さんは、今やレイカのことがあまり怖くないようだった。それは彼女にとっていいことだけれど、レイカの立場がどうなるのか、わたしは少しだけ心配になる。また立場が変わって、今度はレイカが無視されるようになったら、わたしは人間不信になりそうだ。
考え込んでいると、田中先生が来た。学級委員が号令をかける。礼と着席が済んだあと、田中先生は早速いつもの話をした。
「勉強や部活にいそしみ、悪いことはしないように」
相変わらずこれにはもやもやとした気分になるけれど、田中先生が生徒を言葉で守る方法なのだと思えば何となくわかる気がした。生徒に型にはまれと言っているように聞こえて以前は気分がよくなかったが、確かに型にはまった生徒は傷つかずに済むし、危険な目に遭いにくい。わたしは型にはまるという行為が未だにいいことか悪いことか判然としない。ただ、使い分けるととても居心地がよくなるとは思う。だから、一理あるのだ。
「新学期だから、始業式が終わったら席替えだぞ」
クラスメイトたちは騒いだ。歓声を上げ、隣合った仲間との別れを惜しむ。いつもの光景だな、と思いながらわたしは自分の席で考え事をした。席替えで新しい風が吹くのはいいことだ。うんざりするようなクラスメイトと離れられるチャンスだし、仲のいい友達と近くになれるかもしれないし、窓際や後ろなど、いい席につけるかもしれない。それは一見ささやかながら、学校という枠の中では大いなる革命なのだ。