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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 一学期
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文化祭の準備

 午後の夏期講習が終わると、わたしたちはめいめいのクラスに戻って机を後ろに押しやり、文化祭の準備を始める。夏期講習に参加していないメンバーも、この時間にやってくる。教室では大道具係と小道具係が背景や道具を作っている。段ボールや模造紙を材料にしているだけだからちゃちなものだが、絵のうまい生徒が描くから遠目に見たら上等だ。模造紙を繋げたものは、場面場面の背景にする。奥行きある街並みを描いた背景は、結構迫力がある。

 レイカは小道具係らしいが、よくサボっている。さすがはクラスの女王だ。そんなことをしても誰にも何も言われない。けれど、ほとんどの人は懸命に頑張っているので、劇の上演が妨げられることはないと思う。

 衣装係はわたしたち役者に着せる服に悩んでいる。作る部分はないようだ。けれど舞台が未来なので、ただの普段着では雰囲気が出ない。係の生徒は何度も大谷さんに相談に行っている。多分、出演者はジップアップの上着を着ることになる。文化祭は九月だ。長袖のジップアップはさぞかし暑いだろう。けれど、大谷さんはできるだけ肌を出さないほうが未来らしいと譲らないのだ。わたしたち出演者は少し悩んでいる。

 主人公の友人役には加藤さんがいる。加藤さんはわたしを無視していた一人だったけれど、わたしと一緒に稽古をしているうちにわたしに話しかけるようになってきた。多分大谷さんが当たり前のようにわたしと交流しているからだ。母親役の津村さんも、元々優しい子だったらしくてわたしと話をしてくれる。彼女がおっとりしているからか、意外に親しみやすい。拓人演じるアンドロイドの少年のメインコンピュータであるマザー役を演じる久山さんは少し厳しい人だ。雑談が凍りつくのは大抵彼女が毒舌を吐いたときだ。けれどわたしのことは嫌っていないらしい。少なくとも最近はそうだ。少女の父親役の木田君は無口だけれど、表現することが好きらしくて一番楽しそうに演じている。話しかけられることはないが、わたしのことは嫌いではないと思う。脇役のアンドロイドA役の北島君はひょうきんで、わたしを笑わせてくれる。アンドロイドB役の中田君は責任感が強くて、台詞も指示された動きもきちんとやっている。拓人を除く出演者の中で、わたしを仲間外れにする女子に一番憤っていたのは彼だ。

「女子、何やってるんだろうね。何で町田さんがいきなり無視され出したのか、未だに全然わかんないんだけど」

 本気で怒っているようなので、嬉しかった。わたしは話す気にはなれないので曖昧にうなずいて誤魔化したが、彼とは友達になれそうだと思った。

 拓人は主役に苦心していた。舞台で大声を出すのも大きく動くのも苦手らしい。わたしのために主役になったので申し訳ないと思っていたが、最近になって、「結構快感になってきた」と言い出した。声を張り上げるのはわたしも気持ちいいと感じる。彼がそう思うようになったのなら何よりだ。

 来週から通し稽古だ。八月下旬には本番と同じ状況でリハーサルをする。そのときはクラスメイトが見に来る。どきどきするが、楽しみでもある。

 稽古の休憩時間に、渚に会おうと二組に向かった。本当は総一郎がどうしているのか気になったから、渚をだしにしたのだ。わたしはあれから一週間近く、総一郎と会っていなかった。教室を覗き込むと、渚と総一郎はそれぞれ別のものを作っていた。やはり、段ボールや模造紙が散乱している。渚を呼ぶと、彼女はすぐにやってきた。髪に段ボールのくずがくっついていたので、笑いながら取ってあげた。

「何? 総一郎に会いに来た?」

「……そういう部分もある。けど、来ないほうがよかったね」

 総一郎は、初めはわたしをちらりと見たが、そのあとは完全に気づかないふりをしていた。わたしは胸が痛んだ。後悔で一杯だった。

「岸とはどう?」

 わたしが訊くと、渚は首を振る。

「駄目。気まずくてならないよ。今は元に戻りたいからって普通に話しかけても、溝を深めるだけだと思う」

「そっか」

「歌子のクラスはどんな調子?」

「皆一生懸命やってるよ。出演者もチームワークがいいし、裏方も真剣だし。これは優勝間違いなしだね」

 わたしの学校では、二年生の劇に投票するシステムがある。六クラスのそれぞれ三、四十分程度の劇を全て観たあと、全校生徒が一番よかった劇を選ぶのだ。わたしたちはそれを目当てに頑張っていた。少なくとも最下位にはなりたくない。

「いいね。あたしのクラスも頑張ってるみたい。文化祭、楽しみだよね。あ、翌日は体育祭か。あたし、それも楽しみ」

「わたしは運動できないから体育祭は全く興味なし。渚たちの応援だけしとくよ」

 渚は声を上げて笑った。それからわたしと渚は教室の出入り口からそっと窓際の総一郎を見た。やはりこちらを無視していて、ちょっと切なかった。

「大丈夫。多分気まずいだけだから仲直りできるよ」

 渚が拳を二つ、胸の前に作って笑った。そうだねえ、とわたしは力なくうなずき、渚に別れを告げてから自分の教室へと歩きだした。

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