渚と電話
どうしてわたしは人の気持ちを汲めないのだろう。父の車に揺られながら、わたしは考えていた。
総一郎に、余計なことを言うのではなかった。総一郎の父に頼まれたことも、最初は言うことをためらっていたはずなのに大丈夫だと思って言ってしまった。挙げ句に、ずっと思っていたことを口に出してしまった。総一郎は自分のことを話したがらないし、他人に触られたくないことがたくさんあるに決まっているのだ。
それに、渚はわたしがすぐに声をかけなければならなかったのだ。総一郎ではなく。渚は大丈夫、などと確かめもせずに考えて、自分のことで精一杯になったからと会わずに帰ってしまうわたしは薄情だと思った。大切な友達だと思いながら、わたしは冷たい態度を取っているに違いなかった。
薄暗い窓の外の風景を見ながら、わたしはため息をついた。運転席の父がわたしをちらりと見た。
「今日、早かったな」
「うん。早めに帰ったほうが混まなくて済むしね」
嘘をつく。父はその嘘を信じるふりをする。
「渚にメールしなきゃ」
わたしは携帯電話を取り出し、メール画面を呼び出した。
「本当にごめんね。先に帰るね」
そう書いて、送信する。言い訳をするのが嫌だった。携帯電話の画面が消えると、手提げ袋に入れて黙り込んだ。父は無言のまま、家までわたしを乗せていってくれた。
帰ってから、携帯電話の着信履歴に気づいた。どうやらわたしがメールをしてすぐに、渚から電話があったらしい。慌てて電話をかけながら階段を上がる。着信音が一度鳴ったと思った瞬間、渚の声がした。
「歌子? 電話に出なよ! 心配したじゃん」
「ごめん。気づかなくて」
わたしは自分の部屋に入り、ベッドに腰かけた。どきどきしていた。
「総一郎と喧嘩したんだって? 大丈夫?」
「うん。大丈夫……。でも、渚のほうが大変でしょ? ごめん、先に帰って」
「あー、『本当にごめんね』ってそういうことか。大丈夫だよ。護に悪いし、気まずくなっちゃうけどね……。でも、歌子も大変じゃん。すっごく仲よかったのに、喧嘩なんてさ」
わたしは渚がわたしの振る舞いを全く気にしていないことに驚いた。それどころか、わたしのことを心配してくれている。わたしは心が重いながらも、浮き上がっていけそうな気分になった。渚は、すごい友達だ。
「心配、ありがとう。何とか仲直りするよ。わたしが悪いんだしね。渚は岸とどうするつもり?」
「んー、あたしの場合はどうしようもないよね……。今まで通り、なんて無理だし。護のこと、大事な友達だと思ってるけど恋人にするなんて今は考えられないし。あー、ままならない」
「そっか……」
「元気出していこうよ」
そう言う渚の声は、どこか元気がなかった。わたしは黙り込んだが、すぐに声を上げた。
「明日日曜でしょ?」
「うん」
「学校に用事ある?」
「ないよ」
「じゃあ、会おう!」
会って話をしたら、二人とも元気が出ると思った。電話の向こうの渚がふふっと笑う。
「いいね。会おうか」
わたしたちは明日の予定を簡単に立て、電話を切った。わたしは誰かにしがみつきたかったし、渚を助けたい気分だった。
すぐに、メールが来た。渚かと思ったが、違った。
「歌子、元気? ちゃんとやってる? 篠原君とはうまく行ってる? わたしは勉強ばかりの毎日だよ。教科書から顔を上げると、ふと歌子はどうしてるかなと思う。近頃勉強も行き詰まってきたし、誰かに会おうと思って色々な人に会ってるよ。歌子にも会いたいので、都合のいい日を教えてね。歌子の周りの新キャラはどんな人がいるのかなど、訊きたいことがたくさんあるよ。遅くにごめん」
雪枝さんだった。わたしは嬉しくてたまらなくなった。それから、思いついた。雪枝さんと渚を会わせたい。わたしはメールの入力画面を呼び出し、渚に宛てて書き始めた。