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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 一学期
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教頭先生と大谷さん

 終業式の日は晴れていた。暑くてたまらない。わたしは式を終えて教室で田中先生の話を聞いて、成績表を受け取った。思っていた通り、去年より格段に成績が下がっていたが、わかっていたことなので諦めがついた。期末試験の結果を渡したとき、渋い顔をした両親と約束させられていた。学校で開催される二十日間の夏期講座を受けるという約束だ。夏休みがますます忙しくなる。夏期講座は今月の下旬から始まり、夏休みが終わるまで続く。宿題もあるから大変だ。美登里ちゃんも受けるということなので心強いが、わたしの気持ちは暗澹としていた。

 総一郎たちがわたしを迎えに来た。総一郎は何人かの秀才たちに囲まれ、成績を訊かれていた。

「歌子、帰ろう」

 総一郎がわたしを呼ぶと、数人の元クラスメイトがおおっと声を上げた。そういえば、総一郎がわたしのクラスの中にまで来るのは珍しい。少し前まで総一郎はわたしとつき合っていることを大勢の前で見せるのを恥ずかしがっていたのだ。少人数の前では堂々としているから、人見知りというのは不思議なものだ。

 わたしは呼ばれるとすぐに立ち上がり、総一郎と渚と岸に混じって、口々に話をしながら教室を出ていった。背後でひそひそと嫌な感じのしない会話が聞こえてきた。

 校舎を出てすぐの、小体育館まで歩く。岸はここで剣道部の活動をしている。岸は今日も部活があるので、帰るついでに寄ったのだ。小体育館には早くも剣道部員が集まっていて、準備体操や着替えをしているようだった。

 わたしたちは岸も交えて話をしていた。わたしは渚を見て、こう言った。

「総一郎が剣道やってたこと、知ってる?」

 総一郎を見た。気にしている様子はなかった。渚はうなずく。

「知ってるよ。強いんでしょ? 有名じゃん」

「わたし、いつか総一郎が剣道をやってるところを見たいんだ」

 総一郎はにこにこ笑っていた。見せてくれるつもりはあるらしい。わたしはうきうきした気分になってきた。総一郎が大好きな剣道をやっているところは、どうしても見たかった。

「あ」

 岸が声を上げた。それからすぐに大きな声で挨拶をする。振り返ると、教頭先生が立っていた。小柄だが、物静かさの中に強靱さを秘めた、迫力ある先生だ。確か、剣道部顧問だった。わたしたちが遅れて挨拶をすると、先生はうなずいて挨拶を返し、総一郎を見上げた。

「篠原、見学に来たのか」

 短く息を吐くようなきっぱりした声だった。総一郎は唇に力を入れて表情を強ばらせた。それから首を振る。

「いいえ。たまたまいるだけです」

「見学、していかないか」

「いいえ。ありがたいですが、結構です」

「そうか」

 教頭先生は総一郎をじっと見て、ぱっと目を逸らすと小体育館の中に入っていった。総一郎がほっと息を吐く。岸が総一郎を気遣わしげに見ている。渚が口を開いた。

「教頭先生、近くにいると緊張するよね。見学って、どういうこと?」

 総一郎が答えた。ぼんやりとしているように見える。

「剣道部に入らないかって誘われてるんだ」

「教頭先生から? すごいじゃん」

「でも、練習にほとんど参加できないから断ってるんだ」

「え、もったいない」

 総一郎は黙り込んだ。少し猫背になり、ため息をつく。

「おれもやりたいとは思ってるんだけど」

 わたしは総一郎を見詰め、少し心が痛くなった。彼が愛する剣道は、目の前にあっても触れることが叶わないのだ。


     *


 豪雨の中、模試を受けた。終業式ののちも劇の練習があるし、明日から夏期講座が始まるので、夏休みとは名ばかりでちっとも休めていない。一学期の成績のことがあるので、わたしは模試を受けながら少し焦っていた。

 劇の練習は、本格的なものに移っている。わたしは腕を大きく広げたり、思い切り笑ったりして演技をする。結構楽しい。拓人の役は物静かなアンドロイドなので抑えた演技をすればいいが、わたしの役はいつも跳んだり跳ねたりしているので、普段の倍も力を入れなければならない。

 最近、大谷さんに褒められることが増えた。本当にわたしのことが気に入っているようだ。この日も、試験の合間に美登里ちゃんと話をしていると、大谷さんがやってきて話に加わった。彼女は話をリードするタイプで、わたしと美登里ちゃんは彼女の話に笑い、相槌を打った。

 美登里ちゃんが大谷さんに訊いた。

「歌子ちゃん、演技はどんな感じ?」

 大谷さんは大きくうなずいた。

「初めてにしてはうまいよ。それに度胸があるよね。平気で大きな声が出せるし。わたし、見直したよ」

 わたしは笑う。

「もしかして、今まで見損なってた?」

 大谷さんは大きな声で笑った。

「そうかも。だって、町田さんっていつもぼーっとしてるから情熱とか気力とかない人だと思ってたし。ただただ気ままに笑ってすねて、何だか憎らしかった。でも、違うね。情熱、あるね」

 わたしは照れ笑いをした。今回の劇には、確かに張り切っていた。大勢の前で演じるのが楽しみで仕方ない。美登里ちゃんがわたしと大谷さんを見る。

「今回の劇はすごく楽しみにしてる。二人とも、頑張ってね」

 わたしと大谷さんはうなずき、お互いを見て笑った。

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