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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 一学期
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志望校と読み合わせ

 次の週になり、期末試験の成績が配られた。返ってきた試験用紙の点数で予想はついていたが、順位を大きく落としていた。昼食の時間に総一郎たちの成績を訊くと、総一郎も岸も変わりなかった。渚は総合十位に食い込んでいて、羨ましくて仕方がない。

「もう駄目だ」

 とわたしは首をうなだれる。総一郎たちが口々に慰めてくれる。しかしその言葉が響かない。勉強のできる彼らにわたしの気持ちなどわかるのだろうか、と思ってしまうのだ。

「歌子は、志望の大学を狙えるくらいではあるんでしょ?」

 渚が慌てて尋ねる。わたしはうなずく。確かに、今のままではぎりぎりだとは思うが狙えるレベルではあるのだ。総一郎が驚いたようにわたしに訊いた。

「え、歌子、もう志望の大学決めてるの?」

「うん。言ってなかったっけ?」

「聞いてない。どこ?」

 わたしは地元の国立大学の名前を挙げた。総一郎がふうん、と何度もうなずく。

「お父さんがとりあえずそこにしろって。絶対家からめちゃくちゃ近いからって理由だよ。歩いて十五分くらいで着くもんね」

 渚があははと笑う。

「お父さん、過保護だもんね。家から出てほしくないんだよ」

「そうだと思う。皆はどこに行くの?」

「おれ、決めてない」

 岸が言った。でも彼なら色んな大学を選べるだろう。渚は「K大学」と言った。K大学といえば、名門大学だ。わたしと岸はおおっと声を上げた。今の渚の成長ぶりを見るに、可能かもしれない。わたしたちは黙っている総一郎を見た。彼は考え込み、自分が食べ終えたジャムパンの空の袋を見詰めていた。

「総一郎。どこに行く?」

 渚が訊いた。わたしの質問はあまりすべきではなかったな、と思う。総一郎は地元で進学すると言っていたけれど、それは本意ではないに決まっているからだ。総一郎は渚を見て、

「未定」

 と言った。渚は呆気に取られたように、「そう」と答えた。わたしはお弁当をつつきながら総一郎を見た。彼は自分の将来について思いを馳せるような、遠い目をしていた。


     *


「町田さん、そこはもう少し元気よくね」

 大谷さんがわたしに声をかけたので、わたしは台本を読みながら言い直しをした。今度は成功したようだ。大谷さんは満足そうにうなずいている。

 ここ数日は、放課後になると監督の大谷さん、田中先生、役者たちが教室に揃って読み合わせをしている。今日はサッカー部の拓人がいないので、拓人の台詞は大谷さんが読んでいる。わたしと拓人の役はダブル主人公なので、掛け合いが多い。わたしと大谷さんは交互に台詞を言い合う。大谷さんは真剣だ。ちっとも緊張を緩めない。美術部員だということだが、文化祭で展示する油絵を一点描きながら参加しているということだった。

 わたしは自分で意外に思うのだが、大きな声で台詞を言ったり、感情を込めたりするのがそれほど嫌ではない。わたしが元気一杯の主人公を声で演じると、他の役者たちが呆気に取られたような顔をする。今までのわたしのイメージに合わないということかもしれない。けれど、結構楽しい。

 近未来を舞台にしたSF作品だということだが、設定がシンプルで面白くて、台本を渡されたときは夢中で読んでしまった。わたしは明るい人間の少女、拓人はアンドロイドであることを隠す少年。これは二人の淡い恋物語だ。恋物語だからお互いの恋人に遠慮はしてしまうが、お芝居なので大丈夫だろう、と思っている。最初の一場面はわたしの一人芝居になるので、体を使って演じることを考えると、どきどきする。

 ここ数日で、メンバーは何となく親密になってきた。大谷さんはわたしを気に入ってくれていると感じる。雑談をすることが増えたし、彼女は積極的にわたしに関わろうとする。この日、彼女は読み合わせを終えたあとにわたしにぶどうジュースを分けてくれた。近くの商店で買ってきたのだ。彼女は眼鏡の奥からわたしを見て、にっこり笑った。

「本格的な練習が楽しみだね」

「うん」

 わたしも笑った。

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