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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 一学期
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文化祭の役割分担

 文化祭が二月足らずのところまで迫っていた。わたしの学校では文化祭と体育祭が続けて行われるので、準備がとても大変だ。一年生のときは展示物で誤魔化したけれど、二年生は演劇をやると決まっているのでそういうわけにも行かない。授業が一時間、文化祭の出し物を決めるために費やされることになった。文化委員の大谷さんが司会をし、わたしたちは大谷さんたちや田中先生が探して決めたいくつかの候補作のあらすじを見ながら作品を選定することになった。三作あって、二作は台本にする前の短編小説だ。O・ヘンリーの「最後の一葉」と夢野久作の「少女地獄」。前者は感動もので、後者はサスペンスだ。三作目は大谷さんが見つけてきた著作権フリーの台本らしい。近未来SF作品だという。

 紙にプリントされたあらすじをそれぞれ読み、投票をする。「少女地獄」は一部の生徒しか支持せず、「最後の一葉」はかなり得票したが、結局は既に台本のあるSF作品に決まった。あらすじを読んで面白いと思ったから、わたしもそれに投票した。

「作品は『メタリック』に決まりました。次は役割分担に移ります。まず役者から。主人公は二人いて、少女と少年です。少女のほう、やる人はいますか」

 大谷さんが声を張る。彼女は作品の選定の前から「監督をやる」と立候補して決定していた。白と茶のツートンカラーの眼鏡をかけた、元気一杯の女の子だ。わたしとは全く縁のない人で、わたしが無視される前から話したこともない。それに彼女もわたしに興味がなさそうだった。

 教室がしんと静まり返った。わたしも黙ったまま、身を縮めていた。この学校には演劇部がない。誰かの前で体を使って表現したことのある人がいないのだ。だから演技をしたいと思う人がいない。役者を決めるのはかなり困難を極めそうだった。大谷さんは困惑したように教室中を見回している。田中先生が声を上げた。

「推薦でもいいぞ」

 わたしたちは周りを見る。しんとしたままだ。そのとき、前のほうの席で、誰かが挙手をした。レイカだった。彼女は大谷さんに当てられると、へらへら笑いながらこう言った。

「町田さんがいいと思います」

「理由は?」

 田中先生が訊く。レイカは一瞬考える。

「かわいいので、主役にぴったりだと思うからです」

 レイカはわたしを振り返って笑った。小動物をいたぶっている目をしていた。教室中のレイカの取り巻きたちがわざとらしく「いいんじゃない?」だとか、「似合ってるよね」などと言い合う。事情を察しているらしい男子たちがざわざわと話をし、わたしのほうをちらちら見ている。美登里ちゃんは心配そうにわたしを振り返る。拓人は不快そうに顔をしかめている。わたしはというと、レイカが発言したときから頭にかっと血が昇っていた。ざわめく教室の中、戸惑っている大谷さんに「どうしますか?」と訊かれた。わたしははっきりとした声で「やります」と答えた。ほとんどやけっぱちだった。レイカたちがくすくす笑う。思い通りになって嬉しいのだろう。

 もう一人の文化委員がわたしの名前を黒板に書き込む。大谷さんは困った顔で「次は少年役です」と言った。

「誰かやる人はいますか?」

 教室の隅で誰かが挙手をした。拓人がほとんど憮然とした顔で、「おれ、やる」と言った。教室がざわざわと騒がしくなる。人気者の拓人は、周りから何度もやるのかどうか訊かれていた。拓人はそのたびにうなずいていた。

 主役が決まったので、あとはすんなりと行った。脇役や裏方を割り振り、チャイムが鳴ったので号令を済ませて生徒はばらばらに散らばった。田中先生がやってきた。

「本当にいいのか?」

 田中先生は何か察しているような顔だった。もしかして、今まで教室でわたしに起こったことは全部知っているのだろうか。そんなことを考えながら、わたしは、

「いいんです」

 と答えた。やるからにはきちんとやろうと思う。レイカの鼻を明かすくらいに、思い切りやってやる。田中先生はわたしを見詰め、

「無理すんなよ」

 とつぶやいて去っていった。そんな彼を目で追っているわたしの元に、拓人がやってきた。ちょっと不満そうな顔だ。

「歌子が引き受けるからおれまで主役やることになったよ」

「やっぱり?」

 わたしはくすっと笑った。

「幼なじみとして助けられることは助けようと思ってさ」

 軽く笑った拓人に、わたしは嬉しくなって笑いかけた。拓人は思案顔だ。

「静香がまた不満がるだろうなあ」

「片桐さんとうまく行ってないの?」

「うまく行ってない。自分に自信がないらしくてさ、おれじゃ駄目なんじゃないかって悩むよ」

「そんなことないよ。片桐さん、拓人のこと大好きでしょ?」

「そうかな。不安というものは全てを蝕むよなあ」

 拓人は首をうなだれた。わたしは彼のことが心配でならなかった。わたしのために主役を引き受けさせてしまったことも、申し訳なかった。

 でも、わたしは主役をやるしかないのだ。


     *


 その日の放課後、総一郎たちのクラスに行った。レイカたちがやったことを唇を尖らせて言うと、渚はすごいしかめ面になり、岸は心配そうにわたしを見た。総一郎は椅子に座ったまま、不満そうに、

「断ればよかったのに」

 とつぶやいた。

「だってレイカたちがよってたかってわたしに主役をやらせようとするからやけになっちゃって」

「だからって……」

「大丈夫。今はやる気満々だから」

 わたしは総一郎に笑いかけた。総一郎も、他の二人も意外そうにわたしを見る。

「わたし、高校で一生懸命やったことってあんまりないからさ。いい機会だし、やるよ」

「やる気ならいいんだけど……」

「総一郎たちは何やるの?」

 わたしが訊くと、岸が真っ先ににやりと笑った。総一郎が呆れたようにそれを見て、

「コメディー劇。岸は王子をやるんだって」

 と笑う。岸が王子。わたしはけらけら笑った。あまりにも似合わない。岸が身を乗り出す。

「王女役はおれが雨宮を推薦したんだ」

「へえ。渚は王女をやるの?」

 わたしは渚を見る。彼女は顔をしかめて、

「やめてよ。王女って柄じゃないし。というわけで辞退した。大道具係やるよ」

 と笑った。総一郎も大道具係をやるらしい。総一郎は、

「書道部の展示物を書くんだ。だから他に迷惑をかけなくて済むものにした」

 と言った。総一郎の作品は、是非見たい。とても楽しみだ。岸が胸を張り、

「おれの役割はおれがいないと成り立たないからなあ」

 と自惚れている。総一郎が「はいはい」と受け流すと、「構ってくれよ」とすり寄る。いつもの光景だが、面白くてつい笑ってしまう。わたしと渚は笑いながら顔を見合わせた。

 どうやらこの夏は皆忙しくなるらしい。

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