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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 一学期
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田中先生と渚

 二学期の期末試験が終わり、教室は安堵の空気で満ちている。わたしは今回ほとんど手応えを感じなかった。あれだけ勉強したのに、どうしてこうなるのかわからない。誰も彼もがお互いの手応えを尋ね合っている。わたしのところには美登里ちゃんが来た。「いつもと一緒だよ。中くらいの成績で終わるんだと思う」と言っていた。わたしもそのくらいで食い留まりたい。これ以上成績が下がるなんて冗談じゃない。

 わたしと美登里ちゃんが話していると、渚が軽い足取りでやってきた。渚はにこにこ笑っている。多分美登里ちゃんに好意を抱いているのだ。けれど美登里ちゃんは少し警戒した顔だ。美登里ちゃんの噂話の中の渚はあまりいい人物ではなかったし、いい印象を持たないのかもしれない。渚は朗らかに尋ねる。

「歌子、どんな調子?」

「駄目。自信ない」

「あ、そう? あたしはいい調子だよ。皆のお陰」

「もう、自慢しにきたの?」

 わたしがむくれると、渚はあははと笑った。

「お礼言いに来たんじゃん。ありがと」

 わたしは複雑な思いでそれを受けとめた。渚はわたしから芳しい反応を引き出せないとわかると、「元気出して」とわたしの肩を叩いてちょうど教卓のそばにいた田中先生のところに歩き出した。彼女が「田中せんせー」と声をかけると、田中先生は、お、と声を上げて笑った。こうして笑っているところを見ると、田中先生は人間らしい人に思えるし渚の話も本当だとわかるような誠実そうな人柄が見える。渚と田中先生は話し始めた。渚の世界史の成績がよかったという話や、日常の雑多な話をし、笑い合っている。田中先生は眼鏡をかけている。その奥の目は細められ、優しそうに見えないこともない。日焼けしているのは野球部の副顧問だからで、いつも炎天下で指導をしているから真っ黒になってしまうらしい。当たり前だが、田中先生はロボットではない。たくさんの面を持つ、人間なのだ。最近わたしはそれがしみじみわかるようになって、不思議な感動に包まれるようになった。

 渚が田中先生のことを好きだというのは本当だと感じる。社会科の選択科目では世界史を選んだし、何より彼と話をするときはこの上なく幸せそうな顔をするからだ。恋する乙女の顔だなあ、と思う。そして、わたしに告白をした彼女の言葉を思い出し、わたしはもやもやと考え込む。それからいつも通りにすればいいのだと思い直し、眉間の力を抜く。気づけば美登里ちゃんがわたしを凝視していた。

「歌子ちゃん、表情がくるくる変わって面白いねえ」

 美登里ちゃんは笑った。わたしは苦笑いをし、頬を両手で叩いた。美登里ちゃんは教卓の渚を見詰めながら、

「雨宮さん、歌子ちゃんと話してるのを見たら感じのいい人だね」

 と言った。彼女はわたしの前で人差し指を立てた。

「ほら、わたし、冷たい表情の雨宮さんしかまともに見たことないからさ。苦手だったけど、好きになれそうだよ」

 彼女の笑顔に、わたしも嬉しくなった。一匹狼でいることの多い渚だが、こうやって好意的に見てくれる人がいるというのはわたしにとっても嬉しい。

 教卓で渚がかすれた笑い声を立てた。田中先生も笑っている。教室が暖かく感じられた。

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