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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 二学期
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中村先生とメールと篠原

 現代文の授業中、学校一厳しい中村先生がしかめ面で教室をうろついているというのに、メールが来た。バイブレーションが二回鳴っただけだけど、耳ざとい中村先生は気づいたようだ。引っ詰めた髪がばさっと鳴るくらい大袈裟に振り向き、

「誰ですか」

 と言う。低い声だ。怒りが最高潮のときは甲高くなるから、これはまだ序の口と言える。

 クラスメイトたちは無言で互いを見ている。わたしも無言。

「言わなければ授業が続けられないでしょう」

 先生が諦めてくれれば続けられます、とは言えず、わたしはぼんやりとした顔を作る。

「ねえ、後ろから聞こえなかった?」

 前の席のレイカの小さな声。レイカの後ろにはわたししかいない。ぎくりとした次の瞬間には中村先生がこちらに向かって歩き出した。

「町田さんですか?」

 わたしの前に立って、中村先生が訊く。

「……はい」

「授業中、携帯電話は電源を切るように言っていたわよね」

 怖い顔。

「はい、すみません」

「誰から? どうせ学内の友人からでしょう」

 わたしは携帯電話を鞄から取り出し、画面に触れた。開いてから、ちょっと困惑する。

「誰からかわかりません」

「わからない? 見せなさい」

 中村先生はわたしの携帯電話をわたしの手ごと掴んだ。目を落とし、しかめた顔をますます強ばらせる。

「昼休み、職員室に来なさい」

「はい」

 中村先生は授業に戻った。クラスメイトたちは何となくざわざわしている。前のほうの窓際の席から、篠原がわたしを見ていた。多分拓人も見ている。レイカが隣の女子と笑い合っているのが見えた。わたしはため息をつき、メールの文面を思い出していた。

「自分がかわいいと思って調子に乗ってんじゃねーよ。死ね。ブス。ビッチ」

 くだらないと思うのに、心がこわばる感じがする。もうこれで何通目だろう。

 気を取り直して教科書をめくり、中村先生のきびきびした音読を聞く。先生はいつもきっぱりした口調だから、結構好きだ。


     *


 移動教室での生物の授業が終わり、一人で戻る。わたしは最近一人が多い。夏休みが終わったら、いつも一緒だったレイカたちがわたしを冷たく突き放すようになったのだ。でも、いつも誰かと一緒にいなければならないなんて面倒臭いので、今の状況もそれなりにいい。多分、そう。

 職員室に行くと、中村先生はわたしを待っていたらしく、わたしの椅子を用意してくれていた。わたしは言われるがまま、座る。中村先生は授業中とは違う穏やかな表情で私に訊く。

「ああいうメールはよく届くの?」

「たまに」

「心当たりは?」

「ありません」

 中村先生は少し身を乗り出す。

「悩むでしょう」

「いいえ」

 先生は困った顔になり、わたしの顔をまじまじと見る。

「結構、平気ですよ。笑っちゃうくらい」

 わたしは軽く笑ってみせる。先生はちょっと深刻そうな顔になり、

「あなたくらいの年頃で、あんなもの受け取って平気なわけがないのよ」

 と言う。わたしは笑ったまま、

「平気ですよ」

 と答えた。中村先生はため息をついて背筋を伸ばした。また大変な事案が持ち上がったという風情だ。

「悩んだら、わたしのところにいらっしゃい。わかった?」

 わたしはにこにこ笑いながら、

「ありがとうございます。そうします」

 と答えた。


     *


 教室に戻ると、ほとんどのクラスメイトは食事を終えていた。食べているのはおしゃべりを楽しんでいる女子ばかりだ。わたしは久しぶりに自分の席でパンを食べた。篠原は食事を終えたのか、本を読んでいたからだ。お弁当ではないので、ちょっと侘びしい。腹を立てなければよかったかな、と今更思う。

 と、篠原が不意に振り向き、本を閉じてこちらにやってきた。わたしが驚いているうちに、彼はわたしの横の席の椅子にどっかりと座った。

「中村先生、怖かっただろ」

 ちょっと笑っている。わたしは首を振り、

「ううん」

 と答えた。本当にそうだったからだ。

「中村先生、結構好き」

「え」

「はっきりしてていいじゃん」

「ふうん」

 篠原は面白そうにちょっと笑う。わたしはふと思って訊いてみる。

「篠原ってあんまり大笑いしないね」

 彼は真顔になる。

「そういえば」

「何で?」

「何でって……。大笑いするようなことってそんなにないだろ」

「テレビ観たりして」

「テレビは観ない」

「漫画を読む」

「漫画も読まない」

「じゃあ何に笑うの?」

 わたしの顔がよほど困った顔になっていたのか、篠原は歯を見せてにっと笑った。また初めて見る顔だ。

「町田は結構面白いよ。変わってるから」

「えっ、ひどい」

 篠原は声を上げて笑い、周りの注目を集めた。それくらい篠原の笑い声は珍しいのだ。何だかいい顔をしているので、わたしは突然雪枝さんとの約束を思い出した。

「篠原。写真撮らせて」

「え」

 篠原が虚を突かれた顔をしている。

「何で?」

「いい顔をしてるから」

 まさか雪枝さんに頼まれたからだとは言えない。篠原はちょっと考える。

「ごめん。人目があるから」

「じゃあわたしも写るから」

「それ、ますます駄目だろ」

「いいからいいから。行くよ。はい!」

 篠原にくっつき、携帯電話のカメラをこちらに向け、強引にツーショットを撮ってしまった。これほど篠原に近づいたのは初めてかもしれない。制服ごしに体温が伝わる。

 教室中が唖然としているのは伝わって来たが、写真の篠原は真顔ながらカメラを見ているし、わたしもまあまあよく写っていたのでよしとする。

 篠原は無言になってしまった。わたしは好き勝手な話題で彼に話しかけ、「うん」とか「そう」とか短い相槌をもらいながら、パンを食べた。

 そのうち、クラスメイトの女子が突然立ち上がり、教室を出て行った。他の女子がその子の名前を呼びながら追う。教室はしんとなる。戻ってきた彼女らは女子の集団に迎え入れられ、いつものように会議が始まった。何だろうと思っていると、誰かからメールが来た。開こうと鞄から出しているうちに、会議はお開きになった。メールを開くと、

「放課後、話があるから」

 と書いてある。差出人はレイカだった。

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