篠原の名前
次の日の昼休み、わたしは二組でお弁当を食べていた。天気のいい日は購買部前が暑くて、とてもではないがずっといられるものではない。教室は軽く冷房が効いていて涼しい。わたしと篠原たちは黙々とお弁当を食べていた。
「あ、護」
渚が岸の名前を呼んだ。岸はぎょっとしたように彼女を見た。
「梅干しちょうだい」
彼女は岸の日の丸弁当の梅干しをほしがっているのだった。岸は戸惑いつつも彼女の箸を受け入れた。それから彼女はお返しに自分の卵焼きを彼のお弁当の上に載せた。岸は嬉しそうに笑った。
「現代人でよかったよ。昔は公立高校に冷房なんてなかったでしょ?」
渚が言う。篠原が応じた。
「昔は温暖化が進んでなかったから必要なかったんじゃないか?」
「あ、そうか」
わたしは教室のざわめきの中、三人の様子を窺っていた。いつも通りだ。昨日、渚が篠原の下の名前を呼んだことも、渚がわたしに告白したことも、なかったかのように。わたしは篠原に声をかけようと彼を見た。向こう側にいる渚が微笑んでいた。応援してくれているのだった。
「総一郎」
篠原がわたしを見て目を大きく開いた。渚はそのまま微笑んでいるし、岸がにんまり笑っている。
「何?」
篠原は少し緊張したように訊いた。わたしは言葉を続けた。
「夏休み、どうする?」
篠原はにっこり笑った。それから少し慣れない様子でこう言った。
「歌子」
「うん」
わたしの胸は高鳴っていた。彼に名前を呼ばれた。嬉しくてたまらない。
「一緒に花火大会に行こうか」
「うん!」
わたしは勢いよくうなずいた。彼は照れくさいような様子で首を掻いた。
「あたしも行く」
「おれも」
渚と岸がテンポよく声を上げた。総一郎が驚いているのをよそに、
「じゃあ、皆で行こっか」
とわたしは笑った。