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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 一学期
54/156

四人で遊園地

「どれに乗る?」

 わたしが三人に訊くと、彼らはそれぞれパンフレットを見てうなり始めた。

「わたし、絶叫系は苦手だな」

 片桐さんが拓人を見ながら言う。拓人は、そうなの? と目を見開き、難しい顔で考え込んだ。彼はジェットコースターなどの派手なアトラクションが好きなので、乗るつもりだったのだろう。

「ティーカップ乗ろうか」

 拓人が提案した。パンフレットの地図を見て、最初はそれくらいがいいかもしれないなとわたしは思った。わたしたちはメリーゴーラウンドのそばにある淡い色の大きなティーカップが並んだアトラクションのところに向かうと、係員にフリーパス券を見せて乗った。淡い黄色のカップに四人で乗り込み、他の客の準備も整うと、カップはゆっくりと台の上で円を描き出した。最初はよかったのだが、のんびりとした動きに退屈し始めた拓人が、回すよ、と突然宣言して真ん中のハンドルをぐるぐる回してしまった。カップは勢いよく回転を始めた。拓人がどんどんハンドルを回す。勢いが増していく。わたしは飛ばされてしまいそうなスリルに大きな声で笑っていた。篠原も笑っている。ただ一人、片桐さんだけが怖がって拓人にしがみついていた。わたしはそれに気づいて、ハンドルを元に戻し始めた。片桐さんの怯え方があまりにも可哀想だったからだ。

「酔いそうだからもうちょっとゆっくりにしようよ」

 わたしが言うと、拓人はうなずいた。片桐さんを見て、自分でもやりすぎたことに気づいたらしい。カップの回転は徐々に遅くなり、元の静止しながら円を描く状態に戻った。アトラクションはやがて終わり、わたしたちはざわざわと話をしながら外に出た。拓人は片桐さんに責められていた。

「拓人君、やりすぎだよ。すごく怖かった」

「ごめん」

 拓人は苦笑いを浮かべていた。片桐さんは本気の怒りに見えないよう、努力しているように見える。

「じゃあさ、次はメリーゴーラウンド乗ろうよ。あれは怖くないし」

 わたしが提案すると、拓人と篠原がええっと不満そうに声を上げた。

「子供じゃないんだから」

「そうそう。メリーゴーラウンドに乗るくらいならジュース飲んで休んでる」

「じゃあ、休んでてよ。わたしは片桐さんと乗るから」

 わたしが唇を尖らせて言うと、二人は顔を見合わせ、仕方がないという表情を作った。どうやらそうするつもりらしい。行こう、と片桐さんを連れ出す。片桐さんはうなずいてついてきた。メリーゴーラウンドは装飾的な乙女の国の具現化を果たしたものという感じだ。美しい巻き毛の白馬がたくさん並び、ところどころにそれらが引く馬車がある。わたしと片桐さんはそれぞれピンクと水色のたてがみの白馬にまたがった。音楽が流れ出し、メリーゴーラウンドは回りだした。わたしは回りながら緩やかに上下する白馬に乗る自分を想像すると面白くて仕方がなくて、けらけら笑った。片桐さんを見るとわたしを見てくすくす笑っている。わたしがあまりにも笑いすぎているので、つられてしまったらしい。しばらくしたら、篠原と拓人が柵に寄りかかり、ペットボトルのジュースを飲みながら手を振っていた。わたしと片桐さんは手を振り返す。拓人が携帯電話でわたしたちの写真を撮っている。撮ったあと二人でそれを見て何か楽しそうに話していたので、うまくやっているらしいとわかって嬉しかった。

 終わってから片桐さんと一緒に外に出ようとすると、片桐さんが話しかけてきた。微笑んでいる。

「楽しかった。町田さんが気を遣ってくれたからよかったよ。わたし、メリーゴーラウンドが一番好きなんだ」

 わたしはにっこり笑った。

「よかった。わたしも結構好きだよ」

「でも、拓人君は絶叫系が好きなんだろうね」

 片桐さんは思案顔だ。

「大丈夫だよ。片桐さんに合わせるから」

「そういうわけにもいかないよ」

 わたしたちが話していると、篠原と拓人がやってきた。拓人がパンフレットを見ながら片桐さんに言う。

「次は、ゴーカート乗る?」

 拓人なりに考えたらしい。ゴーカートなら、そんなに怖くないだろう。しかし、片桐さんは首を振った。

「ジェットコースター乗ろうよ。拓人君乗りたいでしょ?」

「え、いいの?」

「うん。一回くらいなら乗れるよ」

 拓人は嬉しそうな顔になった。

「多分、乗ったら面白くなるよ」

「そうだと思う」

 わたしは片桐さんが無理をしていないかはらはらした。けれど拓人はその場でスクリューも宙返りも控えめなジェットコースターを選び、わたしたち四人はそこに向かった。多少並んでから乗り込んで、わたしと篠原と拓人は大いに楽しんで悲鳴を上げたり笑ったり怯えたりした。片桐さんだけが、終わったあと青い顔でベンチに座り込むほどダメージを受けていた。

 篠原がミネラルウォーターを買ってきてくれたので、わたしは片桐さんにそれを差し出した。彼女はお礼を言ってからそれを受け取り、少し飲んだ。彼女の隣には拓人が座っていて、心配そうに見ている。

「ごめんな」

 拓人が言うと、彼女は首を振った。気分が悪いだろうに、本当に健気だ。

「あんまりおれに気を遣うなよ。あんまりおれに合わせてると、一緒にいるのが辛くなるだろ?」

「拓人君、わたしと一緒にいるのが辛い?」

 片桐さんがすがるような目を向けた。拓人は首を振る。

「静香が辛くなるんだよ」

「そんなことないよ」

 彼女は泣き出した。わたしはいたたまれなくて篠原と一緒に二人から離れた。広場の中で二人が見える位置のベンチを選ぶと、篠原と共に座った。拓人は懸命に彼女を慰めているようだ。

「片桐さん、頑張りすぎだよね」

 わたしが言うと、篠原はうなずいた。

「不安なんだねえ」

「浅井は不安にさせるタイプには見えないけどな」

 篠原は拓人に信用を置くまでになったらしい。わたしもそう思う。

「何かあるのかもしれないね」

「何か?」

「わたしたちにはわからないようなこと」

 篠原は、うーん、とうなった。そこに、拓人が走ってやってきた。結構な距離なので、少し息が上がっていた。

「おれ、静香と一緒に帰るよ。あとは二人で楽しんでて」

「そっか」

 残念だけれど、仕方がない。わたしはうなずき、一緒に片桐さんのところに行った。片桐さんはよろよろと立ち上がる。

「ごめんね、皆」

 彼女は本当にすまなそうに謝った。わたしは首を振り、

「気をつけて帰ってね」

 と言った。篠原も人見知りに似合わず笑みを作っていた。拓人と片桐さんが帰ってしまうと、わたしと篠原は遊園地に二人きりでいるということにやっと気づいた。楽しくなりながら、二人で歩き出した。

「何に乗る?」

「ジェットコースター乗る?」

「そうだな。フリーパスがもったいないし」

 わたしたちは立ち乗りコースターに乗り、一番怖いという二回の回転とスクリューが仕込まれたコースターにも乗り、空中で船が前後に揺れるバイキングにも乗った。どれも絶叫系なのに、二人とも疲れることはなく楽しかった。わたしたちは二人ともスリルが大好きらしい。

「篠原、写真撮ろう」

 わたしは篠原からもらったコウモリのイヤホンジャックが挿された携帯電話を目の前にかざして、大観覧車の前でツーショットの写真を撮った。篠原はわたしに合わせて屈み込まなければならなかったが、二人とも笑顔のいい写真が撮れた。それから観覧車の列に並ぶ。もう帰らなければならない時間だ。わたしたちは最後に観覧車を選んだ。

「これでツーショットは二枚目だよ」

「え」

「去年撮ったじゃん」

 わたしはその写真を見せた。篠原は苦笑する。写真の篠原は真顔だが、思い切り驚いているのが今ならわかる。

「不意打ちだったよな。あれって何のために撮ったの?」

「友達が篠原を見たいって言うからさ」

「そんな理由?」

 篠原は明らかにがっかりしていた。わたしはくすくす笑う。

「友達は篠原とわたしをくっつけたがってたよ。その通りになったね」

 笑い混じりにわたしが言うと、篠原は少し元気を出したように見えた。観覧車がゆっくりと順番に人々を吐き出しては吸い込んでいく。空は明るく晴れ、薄暗い雲はどこかへ行ってしまっていた。

 わたしたちは観覧車の丸い乗り物に乗り込み、向かい合わせに座った。大観覧車は一周するまでに十五分かかる。わたしたちは無言で外を見続けた。遠くに、海が見えた。果てなく続く青い海。ぽつりぽつりと島も見える。青い空の下、それらは輝いていた。それに気づくと、わたしは胸が一杯になって、篠原の隣に座っていた。驚く篠原にぎゅっと抱きついて、わたしは彼の頬にキスをした。リップグロスをつけてこなくてよかった。彼が頬を拭いたりしたら、ちょっと悲しいからだ。篠原は真っ赤な顔で床を見た。それからわたしを見ずに外を見た。わたしは冷水を浴びせられたような気分になって、恥ずかしさでまた向かいの席に戻った。

「ごめんね、勢い余ってしちゃった」

「うん」

「嫌だった?」

 わたしからキスをしたのは初めてなのだった。それなのに篠原は特に喜ぶ様子はないので、してはいけないのだと思った。でも、違った。

「ありがとう、嬉しい」

 篠原は赤い顔でこちらを見て、わたしに微笑みかけた。それから顔を近づけてわたしの頬にキスを返した。わたしはまた気分が盛り上がるのを感じた。でも、外国映画のようにもう一度キスすることは、羞恥心のためにできなかった。わたしたちはまだ幼くて、キスもあまりしたことがなくて、ただ顔を赤くして向かい合っていることしかできない。観覧車はゆっくりと降りていく。わたしと篠原は、一緒に外の空を見つめた。

 帰りのバスと電車で、わたしと篠原はあまり会話をしなかった。楽しかったね、と言うと、うん、と返ってくる。それだけでも嬉しい。駅について、それぞれ自転車にまたがる。わたしと篠原は、手を振り、微笑みあって別れた。わたしは、街並みに消えていく篠原の背中をずっと見ていた。

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