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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 一学期
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篠原と拓人と片桐さん

 拓人との約束の日曜日がやってきて、わたしは篠原、拓人、片桐さんと四人で電車に揺られていた。幸いわたしたちは座ることができて、わたしは篠原と、拓人は片桐さんと一緒に座っていた。暑さが心配だったけれど、今日は曇っているので突然の雨以外に心配するものはないようだ。

 篠原はジーンズに藍色のTシャツというシンプルな格好で、拓人も普段履く外出用のごついスニーカーにハーフパンツを合わせていて、二人ともいつも通りだった。わたしは遊園地なのでショートパンツにレース素材の白い半袖のシャツを着ていて、待ち合わせ場所の駅では篠原に「足、丸出しだな」と言われた。気にされると少し恥ずかしい。そして片桐さんはお嬢様らしく淡いグリーンののチュニックに細身のジーンズを合わせていて、清楚でありつつ目を引くかわいらしさだった。特に、学校ではいつも下ろしてある髪が編み上げられバレッタで留めてあるのを見て、わたしと拓人はおおっと声を上げたのだった。やはり片桐さんはかわいいなと思った。

 けれど片桐さんとは挨拶だけ交わしてそれ以外話すことなく電車に乗っていた。わたしは女子と交流するのが下手だとわかっているので、少し緊張していた。篠原がずっと隣に座っているというのも、その理由だったけれど。篠原は窓の外で流れていく田園風景をじっと見詰めていた。

「篠原、遊園地に行くの初めて?」

 何となく訊いてみた。篠原はこっちを振り向き、首を振った。

「荒井トロピカルランドなら小さいころ家族と行ったし、中学時代にも仲間と一緒に行った」

「そうなんだ。仲間って、剣道部の仲間?」

「うん。皆でジェットコースターに繰り返し乗ったな」

「ジェットコースター好きなんだ」

「うん」

「わたしも」

 わたしはにっこり笑った。篠原は微笑み、

「じゃあ一緒に乗ろうか」

 と言ってくれた。わたしは楽しみで胸が高鳴った。

 通路を隔てて隣の拓人たちのほうを見ると、拓人が大袈裟なジェスチャーを交えながら話をしていて、片桐さんがくすくす笑っていた。お似合いのカップルで、きれいな顔をした拓人と気品のある片桐さんはお互いのためにしつらえられたかのようだった。

「片桐さんってかわいいねえ」

 わたしが言うと、篠原は、

「おれは……」

 と言い淀んでから黙った。わたしはそれをまじまじと見て、

「やっぱりわたしもバレッタくらいつけてくればよかったかな」

 と訊いた。篠原は首を振り、

「おれは町田のほうがかわいいと思うから、そのままでいいと思うよ」

 と早口で言って窓の外を見た。わたしは嬉しくなり、床を見詰めてまばたきをした。でも、実は今日、こっそりマスカラを塗ってきたのだ。リップグロスも塗ろうかと思ったけれど、唇の違和感が嫌いなのでやめた。ささやかな変化に、篠原は気づいていないらしい。気づいてくれなくても、今の言葉で充分だと思うけれど。

 そのとき、車内アナウンスがわたしたちの目的地を教えてくれた。電車が停まると、わたしたちはどやどやと駅のホームに出ていく人々に混じって歩き出した。次はバスに乗らなければならない。拓人が先導して殺風景な駅にある素朴なバス停に向かった。しばらく待っていたら、バスが来た。わたしたちの地元でよく見る広告で彩られた車体ではなく、単純にバス会社名が書かれたものだった。整理券を取りながらバスに乗ると、一番後ろの席が空いていたらしく、拓人が向かう。窓際の席に座ってから、拓人は笑って言う。

「篠原、隣に座ったら? おれ、篠原と仲良くなるつもりで来たからさ」

 篠原はわたしの後ろにいたが、驚いた顔をしながらも言われる通りにした。自然と、わたしが篠原の隣に、片桐さんがわたしの隣になる。片桐さんは、少し不安そうだった。

「片桐さん、今日の格好かわいいね」

 拓人が篠原と話し出したので、わたしは片桐さんのほうを向いて声をかけた。片桐さんは、おずおずと笑った。

「拓人君と普段着で会うと思うと、張り切っちゃって」

 透明感のある片桐さんの声と言葉に、わたしはきゅんと来た。何てかわいい子なんだろう。

「町田さんは足が細くて羨ましい。出して正解だね」

「本当? 篠原は不満そうだったよ」

 わたしが答えると、片桐さんは微笑んだ。

「他の男の人に見せたくないんだよ」

 そうなのか、と思った。篠原もそんなことを思うのかと思うとちょっと嬉しかった。

「片桐さんはいつから拓人のこと好きだったの?」

 わたしは以前から興味があったことを訊いた。片桐さんは別の中学校だったので、拓人と知り合ったのは昨年度からのはずだ。

「入学式のときから」

 片桐さんは恥ずかしそうに言った。わたしは驚く。

「一目惚れだったんだ」

 彼女は目を少し伏せ、横目で拓人のほうを見た。拓人は篠原と大いに盛り上がり、篠原を笑わせていた。篠原のことだからげらげら笑ったりはしないけれど、声を上げて笑っていた。これは大したものだ。拓人は他人の警戒心を解くのがうまいが、篠原の懐にもすっと入ったらしい。拓人が笑いながらわたしを見た。

「歌子、篠原に巨大なトリュフ渡したんだって? バレンタインデーに」

「そうだよ」

 わたしが答えると、拓人はぶはっと笑った。

「面白すぎるよ。テニスボール大って、やりすぎだろ」

「篠原は笑わなかったもん」

 わたしがむくれると、拓人がごめんごめん、と手を合わせた。笑いながら。篠原はしまった、という顔をしていたが、それでも楽しそうだった。

「歌子がやることは予想がつかないよ。なあ、篠原」

 拓人が訊くと、篠原は笑いながら、

「まあね」

 と答えた。わたしは少し腹が立ったので篠原の腕を叩いてつんと顔を逸らした。篠原が謝りながら、

「そこが町田のいいところだと思うから」

 と小さな声で言った。わたしは機嫌を直した。拓人が篠原を会話に引っ張り込むので、わたしは再び片桐さんのほうを見た。彼女は少し元気がなくて、こちらに向ける笑みも何だか弱々しかった。どうしたのだろうと思ったら、片桐さんが口を開いた。

「町田さんは、拓人君と幼なじみなんだっけ」

「うん」

 戸惑いがちに答えた。彼女の様子はわたしと拓人のことを話すにふさわしい感じではなかったからだ。

「いいな。小さいときからずっと一緒だもんね。拓人君はその間ずっと町田さんのことが好きだったんだもん」

 彼女はかすかに泣きそうな気配を見せた。わたしは胸が痛んだ。

「片桐さん、拓人は……」

「大丈夫。わかってる。今はわたしを選んでるんだもん」

 片桐さんはわたしに強い視線を向けた。敵意だとは思いたくないが、そう見えた。

「わたし、拓人君に好かれるよう頑張るよ」

 健気に胸を張る彼女は、どうしようもなく小さく見えた。彼女を不安にさせているのがわたしなのだとわかっているので、わたしは拓人のこの間の言葉を拾って「拓人はあなたのことが好きだよ」と言おうと思ったけれど、白々しく響く気がして唇が凍っていた。

「お、荒井トロピカルランドに到着ー」

 拓人がわたしたち全員に言った。どうやらバスは目的地に着いたようだった。遊園地の駐車場近くに停まったバスからわたしたちは降り、背伸びをしたりおしゃべりをしたり、めいめいの行動を取った。わたしは篠原と話をし、片桐さんは拓人のほうに寄っていった。拓人は華やかなゲートのほうを指さし、彼女に何か説明していた。

「町田も大変だな」

 二人が離れて歩きだしたとき、篠原が突然言った。わたしは何だろうと思ったが、篠原が、片桐さん、と言ったのでやっとわかった。

「女子に嫌われるのには慣れてるけど、かわいい子に嫌われるのは特に辛いね」

 わたしが篠原を見上げて唇を突き出すと、篠原は笑った。

「そこなの?」

「わたしのほうから好きになったのに、相手はつれないんだもん。辛いでしょ」

 そっか、と篠原は考え込んだ。でもすぐに笑い、

「浅井が何とかするだろ」

 と言った。そうなのだ。拓人が彼女に好きだと正直に言えば問題は解決するのだ。どうして言わないのだろう。

「とにかく、行こうよ。二人とも待ってる」

 篠原の言葉で振り向くと、二人はゲートで待っていた。わたしは篠原と一緒に歩きだした。今日は楽しもうと決めているのだ。こんな悩みはどこかにやって、とにかく四人で楽しく過ごせばいい。たどり着くと、拓人と片桐さんは手を繋いでいた。こんなに仲がいいのに気持ちが伝わっていないのだろうか。そう思っていたら、拓人は気まずそうに繋いでいた手を離した。わたしたちに見られたのが恥ずかしかったらしい。片桐さんのほうは少し寂しそうだ。

「高校生四人、フリーパスで」

 拓人は慌ててチケット売場に行くと、決めていたとおりフリーパス券を注文した。わたしたちはごそごそと財布を開き、五千円と少しの料金をそれぞれ出した。高校生にとっては結構大きな出費だ。来月まで贅沢はできないな、とわたしは思う。でも、フリーパス券なしでは高校生の遊びたいという欲を満たすことはできない。

「じゃあ、行こう。あー、久しぶりだな、遊園地」

 そんなことを言いながら、拓人は電車の改札にも少し似た有人のゲートでスタッフにチケットを示して愛想よく笑い、扉の向こうに出ていった。わたしたちも同じようにした。扉の向こうはまるで異世界で、外側からは見えなかった異質なアトラクションの機械がたくさん並んだ遊園地の様子が見えると、わたしは既に楽しくなっていた。

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