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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 二学期
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朝の篠原とジャムパン

 朝起きると、自分がひどく変わってしまったように感じた。剥き出しのまま心を持ち歩いていたのが、袋に入れて隠したい気分。わたしは何も心配なことはなかったから、心を剥き出しにしていた。でも、わたしの心は危険に晒されていると気づいたから、隠さなくてはいけない。後ろめたい気分だった。わたしの心はもう無垢ではない。

 一階に降りて、洗面所で顔を洗う。顔を上げると、いつも通りのわたしがいた。そうか、見た目は変化しないんだ、と気づく。

「おっはよー」

 後ろから父が現れた。細身の母とは反対で恰幅のいい父は、わたしを押しのけて水を撒き散らしながら顔を洗い始めた。

「お父さん、わたしまだ顔洗ってたのに」

 父が顔を上げて振り向く。

「顔を見てただけだろ。自分がかわいいからって見とれちゃって」

 にやにや笑いながらわたしをからかうので、わたしは苛立って台所に向かった。シンクで顔についた石鹸の膜を洗い流す。母がタオルをくれたので拭く。母の声が聞こえてきた。

「昨日ね、拓人君がしょげた様子で帰って行ったのよ。何かあった?」

 苛立ちがぴりっと体を走った。

「何にもない!」

 タオルを洗面所の洗濯籠に持って行く。父がひげを剃っていた。

「歌子、何か苛々してるなあ。学校でもそうなの? 拓人が言ってたけど、学校では歌子は……」

 最後まで聞かずに階段に向かい、上がる。さっさと支度をして、玄関に向かう。靴を履いているときに母がやってきて、おろおろした声で、

「歌子ちゃん、朝ご飯は?」

 と訊く。わたしは一言、

「食べない!」

 と言って外に出た。

 わたしの家は住宅街にある。クリーム色の壁で、小さな庭もある。庭の周りには生け垣があり、ちょっとした門を出ると拓人の家のそば。拓人の家はわたしの家のはす向かいにあるのだ。漆喰の壁と日本瓦で、いかにも祖母と一緒に住んでいる家という雰囲気がある。

 わたしは拓人が部活をやっていてよかったと思う。だって朝練習に行かなくてはいけない拓人は、朝わたしと鉢合わせすることはないのだ。

 それでも可能性はあるから、わたしは用心深く拓人の家を見ないようにしながら学校に向かった。


     *


 教室に着くと、数人しかクラスメイトがいなかった。その中に篠原がいる。窓際の席の篠原は、パンをかじりながら本を読んでいた。わたしは何だかほっとした。

「おはよう、篠原」

 篠原は顔を上げ、少し笑った。

「篠原っていつも早いんだね」

 お弁当のときみたいに、篠原の前の席の椅子に腰かける。

「まあね」

「何読んでるの?」

 篠原は真新しい単行本の表紙をわたしに見せた。相対性理論についての本のようだ。

「わかるの?」

「少しはね」

 篠原はこういうとき、無関心な顔になる。偉ぶった感じがないのでわたしはそこが気に入っている。でも、嫉妬を避けるための顔かなという気もする。多分篠原は小さなころから勉強ができて、嫉妬を受け続けたのだと思う。経験を積んだが故のこの態度なのだ。

「町田も早いね」

 篠原の目がわたしを見る。わたしはうなずく。

「朝ご飯食べ損ねた。パン、少し分けて」

 篠原は長いジャムパンの下半分をちぎってわたしにくれた。思ったよりもらえたのでわたしはほくほくする。

「ありがとう」

 パンを食べるわたしを、篠原は少し笑って見ている。

「リスみたいだよな」

「えっ、何それ」

「食べ方がリスそっくり」

 わたしは両手でパンを持ってかじりついていたのだが、それがリスに見えたらしい。

「笑うなんてひどい」

 唇をとがらせると、篠原は小さく声を上げて笑った。目が三日月型になって、とても優しい顔になる。たまにしか見られない篠原の笑顔を見ると、ちょっと嬉しい。

 特に意味のない会話を交わしていると、朝練習を終えたクラスメイトたちがぞろぞろと帰ってきた。その中に拓人がいた。仲間と笑顔で話していたのに、わたしと篠原を見ると顔を強ばらせた。わたしは当てつけのつもりでホームルームが始まるぎりぎりまで篠原と話をしていた。

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