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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 一学期
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渚と家と少女漫画

 今日も雨だ。それも土砂降りの。生徒は皆校舎に閉じこめられ、退屈している。

 わたしはこの日も篠原たちと一緒に昼食を取っていた。すっかりお馴染みのこの集まりは、わたしにとってはなくてはならないものだ。丁度朝のホームルームのときに中間試験の結果の用紙をもらったので、皆でその話題で盛り上がっていた。篠原はやっぱり一位で、それも今回はダントツだということだ。岸と渚は同じくらいの成績で、以前は彼らと同じくらいだったわたしはかなり順位を落として中の上くらいの成績になっていた。

「どうしよう。怒られる」

 わたしがうめいていると、皆はわたしを口々に慰めてくれた。渚はわたしの肩をばんばんと叩き、

「だーいじょうぶだって。あたしなんて古典の点数で中村先生に怒られたんだから」

 と笑った。

「この世に文系科目がなかったらあたしは篠原にも負けないし」

「でも現実に存在してるんだから」

 笑って済ませようとする渚に、篠原が現実を突きつける。渚がしゅんとなり、わたしと一緒に「あーあ」とため息をつく。

「ああ、雨宮と町田はさ」

 岸が会話に入ってきた。彼は最近わたしを呼ぶとき敬称を省略するようになった。だからわたしも省略する。

「一緒に勉強すればいいんじゃない?」

「どうして?」

 わたしが訊くと、岸は答えた。

「だって得意な系統が全然ちがうだろ? 教え合えるじゃん」

「そっか!」

 渚が笑った。わたしもいい考えだと思う。渚は今日わたしの家に来ることになった。雨がひどいし、こんな日は勉強でもしたほうが建設的かもしれない。


     *


 放課後になるとすぐに渚がわたしを教室に迎えに来て、二人で一緒にわたしの家に向かった。渚は中学時代に陸上部に所属していたらしいのだが、「皆と喧嘩してしまうから」という理由で辞めてしまったらしい。寂しい理由があるものだ。わたしは渚の素直な性根がわかってきたような気がしているので、渚の自己主張が強いところや距離を一気に詰めようとするところにはこだわらなくなった。でも、他の人にとってはそこで軋轢が生じてしまうんだろうなと考える。渚は全ての人間が均一であろうとする場所では輝けないタイプなのかもしれない。

 わたしたちは傘を差しながら住宅街の道でおしゃべりをしながら歩いた。足元は濡れ、靴下がびしょびしょで気持ち悪い。とうとうわたしの家に着くと、わたしたちは二人で靴だけでなく靴下まで脱いだ。

「お帰りなさい、歌子ちゃん」

 母が出てきた。今日もにこにこと笑っている。母はわたしたちを見ると、あら、と声を上げ、慌ててタオルを取りに行ってくれた。渚とわたしにそれを手渡しながら、

「新しいお友達?」

 と訊く。わたしは笑ってうなずき、

「雨宮渚ちゃんだよ。勉強しに来たんだ」

 と答えた。母は嬉しそうにうなずくと、

「うちの歌子と仲良くしてあげてね」

 と渚に言った。小学生じゃないんだから、と思ったけれど、母は昔からこうだ。渚は、はい、と笑ってから、

「すいません。タオル貸していただいて。雨の日に来たりして、ご迷惑おかけして」

 と珍しく恐縮していた。母は、いいわよ、と微笑んでいる。

「むしろ雨の日でも来てほしいわ。歌子のお友達なら」

 もしかして、最近友達を連れて帰らなくなったから心配しているのかもしれない。申し訳ないな、と思う。

「じゃあ、渚と部屋に行くね。ありがとう」

 わたしは渚を連れて二階に上がった。渚は何かひどく感動しているような様子だ。わたしの部屋に入ると、その様子は更に強くなった。ドアを閉じると、渚はわたしを見て、

「歌子んち、いいな!」

 と笑った。

「えー? 何が?」

「お母さん、すごく優しいじゃん。家もかわいい小物とか花とかで飾ってあって、すごく家庭的な感じでさ。歌子の部屋も、きれいに片づいてるし、女の子の部屋って感じ!」

 わたしの部屋がピンク色のものばかりなので、そう見えるのかもしれない。片づいているのは、最近のことだ。ちょっと前まではたまに母が片づけていただけだったりする。

「渚の家は、どんな感じ?」

「うーん、共働きだからいつも親はいないし、家も無機質な感じだなあ。ちょっと寂しい家なんだよね」

「そっか」

「で、これは何なの?」

 渚はわたしの部屋で存在感を放つ大きな本棚に目をつけたらしい。わたしは何でもないことのように、

「少女漫画の棚だよ」

 と答えた。渚は本棚に近づき、一冊を手に取ると、

「へえ、これが漫画かあ」

 と物珍しげにつぶやいた。わたしはびっくりする。

「渚、もしかして漫画読んだことないの?」

 渚はすでに半分漫画に没入しながら答える。

「うち、漫画禁止だからさー」

「面白いよ、それ。読んでみて」

「ありがと」

 渚はテーブルに着くと、本格的に読み耽り始めた。表情を見るに、かなり夢中らしい。わたしは渚が勉強を始める様子がないことに気づいて呼んだが、生返事をするばかりで全くやらない。仕方なく、わたしは今日の課題を同じテーブルでやった。

 六時頃、課題が終わったのでわたしは渚に声をかけた。渚はすでに二十冊ほど読み終えていた。漫画から目を上げて、疲れきった様子で目をこする。それから目を輝かせて、

「すっごく面白かった!」

 と笑った。わたしは何だか嬉しくなった。

「よかったらいくつか貸してあげるよ」

「親に見つかったらめんどくさいから、いいや。読みに来る」

 どうやら勉強のことは忘れ去られたらしい。

「そっか。どこが面白かった?」

「うん、何というか、主人公が常に心の台詞を言ってる辺りがよかった。自意識が強いっていうの? あたしなら思わないようなことを言ってるのが、何か面白い」

 わたしは驚いた。わたしが少女漫画に対して感じていたことを、渚は言ったのだ。本当に、気が合うのかもしれない。わたしは嬉しくてたまらなくなった。

 天候のせいで外は暗いので、渚は慌てて帰っていった。靴下を部屋で干していたが、それはいつの間にか乾き、彼女は素足で靴を履かずに済んだようだ。彼女が帰っても、わたしはとても気持ちがよかった。価値観が合う人に出会うと、こんなにも気分がいいのだなと思う。

 そのお陰で、成績表を両親に見せて渋い顔をされても、少しは元気でいられた。

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