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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 一学期
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動く点Pと生物

 次の日、結果の出た科目を四人で比べ合った。クラスが違うので比べられないものもあったが、篠原は誰よりも成績がよかった。満点のものもある。理系科目は渚も同じくらいすごかったけれど、違う数式を使ってしまったということで減点されたらしく、悔しがっていた。岸君も成績がいい。少なくともわたしよりは。わたしは一層難しくなった数学を始めとする理系科目が惨憺たる結果に終わっていた。

「数学って意味不明だよね。将来何の役に立つの? 動く点Pの存在意義って何?」

 わたしはうめく。理由もなく座標の上を動く点Pというものが、わたしは大嫌いだった。

「点Pは、すごく重要じゃん」

 渚が言った。

「車が加速するときに車を点Pと仮定したらすごくわかりやすいよ。動かないものより動くもののほうが多いんだし、点Pは無意味なものじゃない。宇宙を移動するとき、まあこれは空間の歪みとかあって計算は複雑になっちゃうんだけど、点Pは便利だと思うな」

「宇宙なんて行かないよ」

 わたしが言う。すると篠原が口を挟む。

「わからないよ。もしかして十年後には町田も宇宙に行きたいかも」

「町田さんならありうる」

 と岸君。わたしは耳を疑う。

「どういう意味?」

「流行りに乗ってそうだから」

 岸君はにっこり笑った。わたしは思い切り不満顔を作った。

「わたし、そんなにミーハーじゃないよ」

 三人が声を上げて笑った。どうやらわたしは少々ミーハーに見られているらしい。確かに好きなミュージシャンは大人気歌手だし、テレビに人気の食べ物屋が出ると行きたくなってしまう。ミーハーかもしれない。

「ところで雨宮の古典はどうだった?」

 篠原が渚に声をかけた。渚はにっと笑い、

「五十一点」

 と答えた。わたしたちは驚愕する。ほとんど赤点に近い点数だ。理系科目とは大違いである。

「古典も現代文も、意味不明じゃん。将来何の役に立つの?」

「それ、わたしが数学のときに言った」

 わたしが笑うと、渚はしまったという顔をした。篠原は心配そうに渚を見ると、

「受験までにできるようになったほうがいいよ。大学受験では必要なんだから」

 と言った。渚は神妙な顔で、「わかった」とうなずいた。あれ以来、渚は篠原に敬意を払うようになったようだ。素直なものだ。

 わたしたちはさざめき、笑い合いながら話をした。内容は試験のことでも、この四人が一緒にいると、とても楽しかった。わたしは渚のことがかなり好きになっていた。


     *


 六月になった。まだ雨が降る気配はなさそうだ。わたしは移動教室のため、渡り廊下を歩いていた。次は生物だ。わたしは一人ぼっちの教室での一日を少しでも快適にするため、色々な工夫をしていた。体育で二人一組になるときは隣のクラスの女子といち早く組み、時間が余るような休み時間には篠原たちがいる二組に邪魔をしに行った。生物の授業では大きなテーブルごとに生徒四十人が六つに分かれているのだが、わたしは運良くくじで拓人のいる男子ばかりのグループに入ることになった。レイカの傘下の女子と一緒だと嫌な思いをするので、ちょうどいい。

 席に着くと、拓人がわたしを振り返り、話しかけてきた。

「元気?」

「うん」

 拓人は言いにくそうに黙ったあと、わたしを見た。

「教室、居心地悪いだろ」

「まあね」

 わたしの笑みは弱くなった。慣れようにも、これは慣れるようなことではない。

「レイカも卑怯だけど、他の女子も酷いよな」

「男子はこういうことある?」

「形を変えてあることはあるけど、うちのクラスではないよ」

「いいな」

「昼はどうしてる?」

 拓人は興味津々に訊いた。わたしがいつも昼休みに消えてしまうから気になっていたらしい。

「篠原たちと四人で食べてる」

「四人? 誰?」

岸護(まもる)君とか雨宮渚さんとか」

 拓人は心底びっくりしたように、ひええ、と声を上げた。どうやら渚の名前に驚いたらしい。渚のことを少しは知っているようだ。拓人は少し考え、にっこり笑った。

「でも合ってるかもな。ちょっと変わり者の歌子と、エキセントリックな雨宮」

「ひどい」

 わたしは笑った。そこで先生が教室に入ってきて、話は中断された。号令が響く。わたしは生物が割と好きなので、眠らずに授業を受けた。拓人は舟を漕いでいる。

 チャイムが鳴り、授業が終わった。拓人ははっと首を上げ、号令に従って挨拶をした。変わらないな、と思う。サッカーが大好きで、朝練習に打ち込むあまり授業に身が入らないらしい。小さなころからそういうところがあったので、少し懐かしい。

 生物室を出ると、拓人が追いかけてきた。これからわたしたちは教室に戻るのだ。わたしはクラスに友達がいる嬉しさでうきうきしながら彼に訊く。

「拓人、片桐さんとはどう?」

 拓人はにっこり笑った。

「うまく行ってるよ。最初は何となくって部分もあったけど、今は本当に好きだし。でも時々不安そうなんだよな」

「不安そう?」

「おれが頼りないのかも」

 拓人が顔を曇らせる。わたしは首を傾げ、

「そうかなあ」

 と考える。拓人が、あ、と声を上げた。わたしが拓人の視線の先を見ると、そこには片桐さんがいて、わたしたちを見ていた。彼女はわたしたちから視線を逸らすと、早足で歩きだした。拓人がそれを追いかける。二人は歩きながら並ぶと、何かを小声で話し合っていた。

 わたしは、ちょっと居心地の悪い思いで彼らを見ていた。

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