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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 一学期
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篠原の援軍と喧嘩

 その日の放課後、篠原と一緒に帰った。わたしは篠原にべったりだ。去年と違って自覚がある。篠原は優しいので、わたしは彼に甘えっぱなしだ。どうしようもないな、と自分に呆れる。

 篠原は相変わらず書道部をよくさぼる。書道は得意でも、部活にはあまり熱心ではないらしい。わたしのせいでさぼることになる日があるというのに、わたしはもったいないなと思っていた。家事もあるから仕方がないとは思うけれど。

 篠原とわたしは校舎を出ながらどうでもいい話題で笑い合っていたが、校門の前でふと篠原が思い出した顔をした。

「あのあと、雨宮は楽しそうに授業を受けてたよ。よっぽど町田のことが気に入ったらしい」

 昼食のあとのことらしい。わたしは複雑な気分でそれを聞く。ちょっと後ろめたかったからだ。それにわたしは渚に押されっぱなしで、ろくに発言もできなかった。

「どうして雨宮の言うことを受け入れたの? 明らかにあれは変わり者だよ」

 篠原の質問に、わたしはうなった。そして小さな声で答えた。

「ごめん。押しに弱くて」

 篠原はがっくりと肩を落とし、「そっか」とつぶやいた。今度はわたしが篠原に訊く。

「篠原はどうして渚にあんな態度を取られるのかな。去年まで篠原は渚のこと知らなかったんでしょ?」

「うん。というか同じクラスになっても話したことないし」

「そうなんだ。何でだろう」

「わからん」

 篠原は難しい顔をしている。本当に心当たりがないらしい。

「渚ってどんな子? わたしこうして名前を呼び捨てにしてるけど、全然知らないんだよね」

 わたしは素朴な疑問を篠原にぶつけた。明日からまた一緒にお弁当を食べるのだし、聞いておくべきだと思ったからだ。篠原は考え込み、

「いつも一人だな」

 と答えた。わたしはその一言で、急に渚が気の毒になった。多分自分が今一人だから、共感したのかもしれない。

「あるいはどこかに行ってるか。休み時間に見かけたこと、ほとんどないな」

 どこかに行く。わたしが昼食の時間に教室を抜け出すようにだろうか。わたしはひとしきり渚について考えてから、篠原を見た。篠原はわたしを見ていた。

「篠原、ごめんね」

 わたしは弱々しい声で言った。篠原がきょとんとする。わたしはずっと気にかかっていたことを言った。

「二人でお弁当食べるはずだったのに、こんなことになっちゃって」

 篠原は声を漏らして笑った。そんなこと、と言わんばかりだった。わたしは篠原と二人でご飯を食べることが楽しみだったので、ちょっと憤慨した。篠原はわたしの憤慨に気づく気配がない。

「大丈夫。援軍連れてくるから」

「援軍?」

 一瞬考えて、わたしはにっこり笑った。

「にぎやかになっていいかもしれないね」

 篠原も、むしろ楽しそうに笑っていた。


     *


 次の日の昼休み、わたしが教室を抜け出すと三人もの生徒が購買部前のテーブルに着いて待っていた。篠原、渚、そして岸君だ。篠原の援軍というのは岸君だったのだ。三人は一言も言葉を交わすことなく黙っていたが、わたしに気づいた途端、スイッチが入ったように動き出した。笑ったり、手を上げたり、お弁当を広げたり。よほど気まずかったらしい。

「岸君、今日は食パンじゃないの?」

 わたしが訊くと、岸君は黒いお弁当箱を開けて、じゃん、と言った。日の丸弁当。それも沢庵つき。岸君のお弁当はいつも変わっている。母親が弁当作るの好きじゃないって、と岸君はあっけらかんと言う。前に篠原のクラスに行ったとき、彼は食パン一斤を机に置き、一切れにジャムをつけて食べていた。彼の母親が寝坊してしまったらしい。まあ忙しいから仕方ないよ、とそのとき彼は言っていた。わたしが彼なら母親に文句を言ってしまいそうだけれど、それは甘やかされたわたしだからそう思うのだろう。

「町田さんの弁当って、どんな感じ?」

 岸君が興味深げにわたしのピンクのお弁当箱を見るので、ちょっと申し訳ないような気分になりながら蓋を開けた。岸君が驚いて、うわあと声を上げた。蛸になったウインナー、卵焼き、ポテトサラダ、ミニトマト、ご飯は具を混ぜ混んである上におにぎりだ。

「すごくない?」

 岸君が篠原に訊くと、篠原はうなずいた。

「前々からすごいと思ってた」

 やはりわたしのお弁当は特別らしい。冷凍食品を使う日もあるようだが、母はわたしのお弁当を毎日きちんと作ってくれている。そういえばお礼を言ったことがない。今度言わなきゃな、と思う。

「前々って、篠原と歌子って同じクラスだったの?」

 渚が話に入ってきた。わたしと篠原を交互に見ている。

「うん」

 わたしが答える。

「もしかしてつき合ってる? 昨日も一緒に食べてたでしょ」

「そうだけど」

 篠原が答えた。岸君がにやにやしているけれど、今日の篠原は怒らない。渚が何か不満そうな顔をした。何となく、篠原のことを攻撃しそうな感じがした。ふと思いついたことが口を突いて出る。

「渚。篠原のこと嫌いなの?」

 わたしの直球の質問に、三人とも呆気に取られた顔をした。わたしも言ってからしまったと思った。篠原はわたしを見て固まっているし、岸君は篠原の様子をうかがっている。渚は一瞬ひるんだようだが、唇を尖らせて「うん」と言った。今度はわたしがぽかんとする番だった。わたしの質問も剥き出しだが、渚の態度も剥き出しだ。

「何でだよ」

 篠原が無表情に訊く。渚は篠原を真っ直ぐに見て、堂々と言った。

「不真面目だから」

 わたしはきょとんとする。篠原が不真面目? そんなこと、考えたこともない。渚は続ける。

「何となく生きてる奴ってムカつく。学年一位の秀才っていうけど、時々科目ごとの成績で負けてんじゃん。能力はあると思うよ。頭いいと思うよ。でもどの教科も好きじゃないんじゃん。何となくやってるだけなのに、一位取ったくらいですごい人間って言われてるの、腹立つ」

 何を言っているのだろう、とわたしは困惑し、渚をたしなめようとした。すると篠原が少し怒った声で言った。

「当たってるけどさ、雨宮に言われる筋合いないよ」

 篠原の言うことに、わたしは驚いた。どこが当たっているのだろう?

「それに、おれだって一生懸命生きてるよ。一つのことを頑張らないからって全てが駄目だと言われるのは、納得行かない」

 篠原と渚がにらみ合っている。次の瞬間、渚が目を逸らした。

「あたしは勉強の話をしてんの」

「それをおれの人間性全体に広げたのはそっちだろ」

 渚は黙った。唇をぎゅっと結んで、自分のお弁当を見ている。彼女のお弁当の中身は、今日も単純だった。

「渚」

 わたしはやっと声を出すことができた。自分のせいでこんな話題になってしまったので、なかなか口を挟むことができなかったのだ。渚は顔を上げ、篠原はわたしを見た。

「わたしは篠原は一生懸命だと思うよ。渚は決めつけてると思う」

 渚は傷ついた顔をした。わたしが彼女の味方をしないことがショックだったらしい。けれど、わたしは彼女のほうが間違っていると思うし、こんなときに篠原をかばわない自分を正しいとは思えなかった。

「まあまあ。飯食べようよ」

 岸君が無理矢理明るい雰囲気を作ってわたしたちに言った。重苦しい空気の中、わたしと篠原は食べ始めたが、渚は一人、もう一つのテーブルに移ってお弁当を食べていた。可哀想になったけれど、わたしは気にしないようにした。

 次の日、わたしは篠原や岸君とお弁当を食べたが、渚は来なかった。もう来ないのかもしれない。

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