美登里ちゃんの悪口
二学年は、どうやら平穏に始まったようだ。わたしは教室にいるとき、舞ちゃんや美登里ちゃんと三人で過ごすようになった。美登里ちゃんは明るいけれど噂好きで常に本当か嘘かわからない話をするので、舞ちゃんは時々顔をこわばらせて拒否を示す。しかし美登里ちゃんのほうが気にしていないのでわたしたちはどうにかうまくやれそうだった。わたしは美登里ちゃんのマシュマロのような白い丸顔が何となく気に入っていたので、彼女がわたしの知らない誰かの悪口を言っていても気にならなかった。
レイカは相変わらずわたしに馴れ馴れしい。挨拶をするくらいなら構わないが、教室が替わったばかりで仲のいい友人がまだ少ないせいか、むやみにわたしに話しかけたり、移動教室のときに一緒に行こうとしたりする。わたしにしたことなんて、すっかり忘れてしまった様子だ。
彼女は坂本さんや他の元気そうな数人とつるみ、またたくさんの友人を作りつつある。毎日、前の日よりも彼女に挨拶をする女子が増え、新しいクラスで友人を作ることは彼女にとっては簡単なことらしいとわかる。去年はわたしがあの中の一人だった。
坂本さんは泣いている顔が一番印象的だったが、よく見れば元気すぎるくらい元気な女子だ。レイカが少し鬱陶しがるくらい。時々何かを言ってもいい加減にあしらわれているのを見る。彼女はわたしに決して話しかけない。わたしのことが嫌いなのだろう。
*
保健体育での身体測定や体力測定を終えた時期のある日の放課後、わたしは美登里ちゃんと話しながら一階から教室に向かっていた。美登里ちゃんは帰宅部なのだ。確か、バスケ部だったけれど退部したという話だった。美登里ちゃんとの会話は注意が必要だ。彼女の話は毒が入った砂糖菓子のようだ。甘い口調で誰かを針でつつく。気をつけないと、わたしまで相手を突き刺すことになる。このときは舞ちゃんの話だった。
「舞ちゃんって、眉毛の手入れしないのかな。ちょっと濃いよね」
美登里ちゃんの言葉に、わたしは用心深く彼女を見る。ふんわりと笑った美登里ちゃんは、流行りの文房具の話をしたような自然さだった。
「そうでもないよ」
わたしは無難な答えを懸命に考え、答えた。
「ええっ、絶対濃いよ」
美登里ちゃんの返事に、わたしは急に肩が重くなった。これから彼女は舞ちゃんを槍玉に上げるつもりらしい。
「女子ってさ、眉毛に気を遣うもんじゃん。歌子ちゃんも手入れしてるし、わたしだってやってる。女子はほとんどやってるよ。なのに舞ちゃんはやってないんだよ。気にならない?」
わたしは頭を悩ませ、また答えた。舞ちゃんとも美登里ちゃんともうまくやれるように。
「ああいうのは個人の自由だから」
美登里ちゃんは笑いながら目を真ん丸にする。
「本気? でも思ってるでしょ? 眉毛整えないなんてヤバいって」
「思わないよ」
わたしは段々いらいらしてきた。どうして彼女はわたしから舞ちゃんへの否定的な言葉を引き出したがるのだろう。
「嘘でしょ? 歌子ちゃんだっていつも心がきれいなわけでもないでしょ? 舞ちゃんの堅いとことか、ダサいとことか、笑っちゃわない?」
「笑わないよ」
早口で答えた。美登里ちゃんはわたしの苛立ちを察したのか、無言になった。そのまま階段を上がりきり、わたしたちは教室に入ろうとした。
「あ」
一足先に入ろうとした美登里ちゃんが、小さく声を上げた。どうしたのかと覗き込むと、中にはレイカと雨宮渚がいて、言い争いをしていた。美登里ちゃんはわたしを引っ張り、扉の外側に立たせた。わたしははらはらしながらそうした。レイカは口汚く雨宮渚を罵り、彼女のブレザーの襟を両手で掴んで揺さぶっていた。しかしレイカより少し背の高い雨宮渚は、口元に薄笑いを浮かべていたのだ。廊下には、レイカが甲高く何かを言い、雨宮渚が一言答えるのが聞こえてきた。
「うわ、修羅場だ」
美登里ちゃんは少し嬉しそうにつぶやき、わたしと共にそっとそこを去った。
「あの二人って、昔仲がよかったらしいよ。高校では無視し合ってる感じだったけど」
美登里ちゃんがうきうきした様子でささやく。購買部の前のテーブルが空いていたので、わたしたちは向かい合って座っていた。わたしは驚き、身を乗り出した。美登里ちゃんはますます嬉しそうに笑った。
「雨宮さんって、ちょっと変わってるからね。他人との距離の取り方が人と違うというか。二人と同じ中学の子が言ってけど、気づいたらすごく仲が悪くなってたらしいよ」
わたしとレイカが離れた経緯にそっくりだ。レイカは昔から同じことを繰り返しているのだな、と思う。わたしはむしろ、雨宮渚に親近感を持った。
「でも、今更何の喧嘩だろうね。関わらないようにしてたみたいなのに」
美登里ちゃんが考える顔になる。わたしも気になるが、美登里ちゃんを見ていると、あまり想像を働かせないほうがいいのかもしれない、と思えてくるので考えないことにした。噂は、するのもされるのも恐いからだ。