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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 一学期
33/156

片桐さんと雨宮渚

 始業式の日であっても、わたしの学校では午後の授業が当たり前のようにある。初めて受ける二年生の授業は一年生のときよりも更に難易度を増していて、これ以上難しくなって成績を維持できなくなったらどうしよう、と不安になった。

 帰りのホームルームのあとに少し重苦しい気分で帰り支度をしていると、教室がざわめきだした。クラスメイトの視線の先には、拓人がいた。廊下に誰かいるらしく、にこやかに話をしている。

「拓人、静香ちゃん来てるじゃん」

 わたしの近くにいた男子が大きな声で言いながら拓人に近づいていったので、誰なのかわかった。拓人の恋人である片桐さんだ。クラスメイトたちが色めき立つ。

 拓人が周りを見回し、片桐さんを気遣うように廊下に出て行った。さすがに皆、邪魔にならないよう教室内でささやき合っている。

 わたしも気になりはしたけれど、篠原と放課後会うつもりだったのでさっさと鞄に荷物を入れて教室を出た。廊下では、拓人が壁に寄りかかって何か話をしていた。片桐さんはこちらを向き、にこにこ笑いながら聞いている。片桐さんは髪の長いきれいなおでこの女子で、笑顔がとてもかわいかった。わたしより五センチ以上背が低いのだろう、拓人が大柄に見えた。小さい女子はわたしも好きだ。守りたくなる。おまけに片桐さんは指先まで上品で、お嬢様だという噂だ。

 片桐さんがわたしに気づき、その顔を見て拓人もわたしを見た。一瞬目が合っただけだが、片桐さんはわたしを見て戸惑った顔をしていた。拓人が手を振るのでわたしも振った。それから、篠原に会いに二組に向かった。

 二組の前の廊下で篠原を待っていると、誰かが颯爽と出てきた。どう見ても雨宮渚だった。わたしは目立たないように扉から離れた場所に立っていたから、彼女に気づかれることはなかった。彼女は男の子のように鞄を肩で持ち、大股ですたすたと階段に向かっていた。結局、篠原たちは雨宮渚と同じクラスになったらしい。

「あ、町田。待っててくれたんだ」

 篠原が出てきて、わたしに気づいてくれた。わたしはにこにこ笑い、

「学級委員にはなった?」

 と訊いた。篠原は苦笑いをする。

「今回は何とか回避した。今年は楽をするよ」

「それがいいね。去年忙しかったもん」

 わたしたちは歩き出した。ちょうどテラスが見えたので、わたしが篠原を誘った。テラスは日陰になっていたが、ガラス張りの引き戸を開いて出ると、結構暖かかった。思ったより広くはないが、生徒数人が日光浴するには充分だ。わたしと篠原は隅のベンチに腰かけた。青空が直接目に入る。

「篠原、雨宮さんと同じクラスだったんだね」

「ああ」

 篠原が複雑な表情を浮かべる。

「びっくりしたよ。まさかの同じクラスだし。それぞれ自己紹介するだろ? それでいきなり『アインシュタインになる』とか言い出すし」

「アインシュタイン?」

 唐突なので、びっくりした。一体どういう意味か、よくわからない。篠原が説明してくれる。

「アインシュタインみたいな物理学者になりたいってことだと思う」

「すごいね。やっぱり天才なんだ」

「去年の模試、理系科目は全部全国で十位以内だったらしい。おれは知らなかったけど、学校ではかなり有名らしいよ」

「篠原より上なの?」

「おれは総合で何とか点数稼いでるけど、科目別では雨宮のほうがずっと上だよ。多分、雨宮は文系科目が普通かそれ以下なんだな。総合は上位ではないらしい」

「へえ、わたしと同じ」

 篠原が不思議そうに笑ったので、わたしは答えた。

「わたしは理系が苦手で文系が得意だから。逆だし、レベルが違うけど」

 篠原が声を上げて笑う。時々思うけれど、篠原はわたしのことがかわいくてならないような笑い方をする。嬉しいのだけれど、対等ではないように思えてちょっと不満だ。

 わたしはふと思い出して篠原のほうを向いた。

「篠原、今日クラスの子に聞いたんだけど、篠原って……」

 途端に篠原の携帯電話がバイブレーションで鳴り出した。篠原はそれをポケットから出して画面を確認すると、わたしに目顔で謝って電話に出た。

「うん、うん、ああそう。大丈夫、今学校終わったからすぐ行くよ」

 びっくりする。わたしは篠原と一緒に喫茶店に寄るつもりだったから。

「わかった。じゃあな」

 電話を切った篠原をじっと見る。篠原は今まで見たことのないような優しい顔をしていたのだ。

「誰?」

「うん、ちょっとね」

 また隠すつもりだ。わたしは不満を覚えつつ、

「校門まで一緒に帰ろう」

 と言った。篠原に怒ったらどうなるんだろうな、と少し思った。

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