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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校二年生 一学期
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テラスと担任と美登里ちゃんの話

 三階建ての校舎の二階が二年生の階だ。一年生のときは一階だったから、下駄箱から直接同級生が行き交う廊下に出ることができた。なので階段を使って教室に向かうというのは何だか変な感じだ。わたしの学校は一学年につき六クラスで、三クラスずつに分かれた真ん中に階段がある。一階は階段の前に下駄箱が並ぶ生徒用昇降口があったが、二階は購買部とテラスがある。購買部ではパンや文房具だけでなくお弁当のための割り箸なども売ってあって、わたしは一年生のころも時々来ていた。そのころから二年生が羨ましかった。テラスは広々としているし、購買部の前にはテーブルと椅子が二セットも置いてあったからだ。

「いいよね。何か青春に向いてるよね」

 階段を上がった瞬間にわたしが言うと、篠原と岸君は思い切り笑った。

「青春ねえ。まあうちの学校には屋上がないから、テラスでくつろぐ奴もいるかもね」

 笑いながら篠原が言うと、岸君はうなずいた。

「夏と冬は辛そうだけど、教室が窮屈になったときにはいいかもね」

「二人とも現実的だなあ。わたしは一年中でもこのテーブルでご飯食べたり、テラスで語り合ったりしたいのに」

 わたしはつぶやく。篠原と岸君はにこにこ笑い、

「じゃあ、時々ここで落ち合ったりすればいいよ」

「そうそう」

 と言ってくれた。わたしは嬉しくなって笑った。よく思うが、二人はわたしにとても優しい。

 階段からは篠原たちが右手、わたしが左手という風に別れることになる。わたしたちはお互いに手を振ってそれぞれの教室に向かった。緊張はするが、拓人と舞ちゃんがいるから大丈夫だと思う。

 教室の扉には席順表が貼ってあり、入学式と同じくレイカはわたしの列の前のほうだった。舞ちゃんの席はわたしの列の左側の列にあり、拓人は毎年のように廊下側の一番前。わたしは真ん中の列の中ほど、つまり教室の中央だ。あまり好きな位置ではないけれど、去年と大して違わないから平気だ。教室に踏み込むと、探り探りという感じでクラスメイトたちがそれぞれ話をしていた。

「おはよう」

 あやちゃんと話をしていた舞ちゃんに後ろから声をかけると、舞ちゃんは笑って振り向いてくれた。

「あやちゃん、同じクラスになれなかったね」

 あやちゃんに声をかけると、あやちゃんは一言、「うん」と答えた。

「担任、誰なのか見た?」

 舞ちゃんが訊くが、思い出せない。どうやらわたしは担任教師を確認するのを忘れたらしい。

「田中先生が担任、中村先生が副担任だよ」

 田中先生か、と少し落胆したが、中村先生も一緒なのでいいことにする。

「田中先生、真面目だからわたしは嬉しいな」

 舞ちゃんは満足げだ。舞ちゃんは田中先生と雰囲気が少し似ているので、相性がいいのかもしれない。わたしのように田中先生が好きじゃない生徒もいれば、舞ちゃんのように真面目さを評価する生徒もいるので、人間は多面体だな、と思う。田中先生はわたしが思っているような人ではないのかもしれない。自分の受け持ちの生徒が偏差値の高い大学に行けばいい、というだけの人ではなくて、もっと人間らしい深みのある人だということも考えられる。でも、今のところはそうは見えないな、と思う。一面的にしか人を見られないわたしは未熟だ。

「そうだね」

 わたしは同意するふりをした。

 ホームルームが始まりそうなので席につく。途端にぐるりとレイカがこちらを振り向いた。間には二つ席があるが、どちらもまだ埋まっていない。いつものしかめ面でわたしを見るのだろうと思っていたのに、レイカはにっこり笑った。わたしはぎょっとする。

「おはよう、歌子。今月って模試あるのかな。ほら、一年のとき入学式からしばらくしたらあったじゃん」

 レイカがわたしの名前を呼んだ、と驚きつつも、

「二年生は六月以降だったと思うよ」

 と答えた。滑稽なことに、わたしまでつられて笑みを浮かべてしまっていた。レイカは「ありがとう」と答えて前を向き、わたしは頬杖を突いてもやもやと考え込んだ。一体レイカに何があったのだろう?

 拓人が教室に滑り込んだ、と思ったとき田中先生が入ってきた。まだ学級委員は決まっていないので田中先生が号令をかける。新しいような、代わり映えのしないような一年が始まった。


     *


 始業式が終わり、朝とは違う長いホームルームの時間になると、田中先生の指導の元、学級委員を始めとする委員の仕事が決まった。学級委員は男女共に今回初めて同じクラスになった生徒で、これからこの二人が号令をかけるのかと思うと不思議だった。篠原とは別のクラスなのだなあ、と実感する。篠原は今年、学級委員になっただろうか。田中先生のクラスだった去年、篠原は学級委員として忙しかった。田中先生の方針では号令も様々な雑事も全て学級委員がこなさなければならず、しかも学期ごとに交代するどころか毎回指名されていて大変そうだった。学級委員の仕事をこなす篠原は特に素敵だと思ったものだけど、苦労していたな、と今更思う。

「皆さん、二年生は大事な学年です。間違ったこと、つまり不良行為や怠慢を避け、勉強や部活に一心に励むように」

 田中先生は教卓に両手を突いて笑みもなく教室を見渡した。田中先生の教育姿勢は変わらない。まるで世の中は間違ったことと正しいことに二分されているだけのように聞こえる。この間の三者面談からそういう点が気になる。田中先生から見たら、わたしは正しい色と間違いの色の二色に色塗りされているのかもしれないな、と思う。

 昼休みになると、わたしは舞ちゃんだけでなく新しいクラスメイトの美登里ちゃんとお弁当を食べた。やはり教室中がまだ緊張していて、わたしたちは落ち着かない会話を交わした。美登里ちゃんは髪を高い位置で二つに結んだ愛想のいい子で、仲良くなれそうな感じはした。

「歌子ちゃんって、篠原君とつき合ってるんでしょ?」

 美登里ちゃんが会話の隙を突いてそう訊いたので、びっくりして箸をとめてしまった。舞ちゃんは黙々と食べている。

「え、誰から聞いた?」

「やっぱり! あのね、じわっと広がってたの。篠原君に彼女いるって。誰なのか皆知りたいじゃん? で、誰がどう見ても篠原君の周りにいる女子は歌子ちゃんくらいだなあ、ということになったの」

 美登里ちゃんの髪がゆらゆら揺れる。色白の顔が表情豊かに笑みを作る。

「やっぱり女子は鋭いのかなあ」

 わたしが訊くと、美登里ちゃんは「そうだよ」と笑った。少し困ったけれど、誰も何も言わないからいいことにする。第一おしゃべりのレイカにバレていたのだ。広がらないわけがない。

「いいよね。秀才の彼氏。ちょっと自慢だなあ」

 美登里ちゃんが大袈裟なくらいに羨ましそうにする。わたしは篠原の成績を自慢のネタにしようとは思ったことがないので、そういう考えもあるか、と思い至る。

「勉強を教えてもらいやすそうだし、わたしも羨ましい」

 舞ちゃんが会話に入ってきた。舞ちゃんらしい言葉だ。それはいいかもしれない、と気づく。

「あとちょっとかっこいいし」

 と美登里ちゃん。わたしは目を丸くする。

「地味な部活をやってるけど、実は中学のときに剣道やってて、かなり強かったらしいしね」

 と舞ちゃん。

「背も高いし、勉強もできるし」

「優しいしね。重いもの持ってたら手伝ってくれたり」

 皆、当たり前のように篠原の過去やいいところを知っているのだな、と思う。わたしが知っているつもりの篠原は、よく考えたらまだまだ少ない。

 ふと、美登里ちゃんが思い出したような顔をした。

「篠原君さ、お母さんが亡くなったときすごく呆然としてたんだって。勉強が手に着かなくなって、隣の区の男子校に行くつもりだったのに、レベル落としてうちの学校に来たらしいよ」

「え」

「同じ中学の子に聞いたから本当だと思う。篠原君くらいできる男子なら、普通あっちに行くもんね。超進学校だし」

 知らなかった。全く新しい事実に動揺する。

「彼女なのに知らなかったの?」

 美登里ちゃんがわたしの顔を覗き込む。わたしはうなずいて、笑って誤魔化した。

「まだつき合い始めたばかりだから、知らないことだらけだよ」

 美登里ちゃんと舞ちゃんはうなずき、話題は流れた。わたしの中では何かしこりのようなものが生まれていたけれど。

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