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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 三学期
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ホワイトデーの流れ

 夕方のホームルームが終わったので、わたしは篠原と一緒に喫茶店に行こうと思って誘った。けれど篠原は困った顔になり、わたしに謝った。

「最近部活をさぼりすぎたから、今日は行けないんだ」

 余りにもすまなそうにするので、笑ってしまったくらいだった。わたしはうなずき、篠原を送り出した。後ろの席の舞ちゃんも部活だ。誰も彼も忙しそうにしている。仕方がないのでしばらく課題をやった。少しずつ人気がなくなっていく。

 誰もいなくなった五時半ごろ、さあ帰ろう、とコートを羽織った。近頃はあまり寒くはないから、コートも羽織るくらいで充分だ。けれど校則で決まっているので、コートのボタンをはめた。レイカといつも一緒にいたころのわたしは、あまり校則を気にしていなかった。わたしがこうなったのは、舞ちゃんの影響だろう。舞ちゃんは絶対に校則を破らないから。

 鞄を持ち、教室を出た。途端に、ばったりとレイカに会った。珍しく一人だ。無視されるかなと思いきや、レイカは仏頂面でわたしを見詰める。

「何?」

 我慢できなくなって訊くと、レイカはやっと口を開いた。

「……あんたさ、結局篠原とつき合ってんの?」

 そんなこと、レイカには関係ない。けれど、この間の卒業式の日の篠原を思い出し、わたしは堂々と答えた。

「つき合ってるよ」

「悠里、また泣いてるよ。あんたって酷いね」

 またか、と思ったけれど、レイカにこの間のような熱心さはなかった。どうでもいい、と思っているのが伝わってくる。あるのはわたしに対する敵意だけらしい。

「まあ、いいんだけど。あんたのやりたいようにやれば? どうなっても知らないけど」

「そうする」

 レイカはにやっと笑う。

「篠原のこと、本当に好きなの? 弄んでない?」

 かっときた。けれどこらえた。どうしてそういう考えになるのかわからない。

「篠原のこと、好きだよ」

 レイカは虚を突かれた顔になった。それから面白くなさそうにわたしを見て、

「あっそ」

 と言って教室に入ってしまった。一体何がレイカをわたしへの憎しみへと駆り立てるのだろう。納得が行かないまま、わたしは一人で帰った。


     *


 ホワイトデーの朝、学校に行こうと靴を履いていたら、父がわたしにハンカチをプレゼントしてくれた。白地に濃いピンクと紺色で薔薇の模様がつけられていて、大人っぽくて高級感のあるデザインだ。

「歌子ももうすぐ大人だからな。こういうハンカチも持っていいんじゃないかと思って」

 わたしは嬉しくなってお礼を言った。ハンカチのデザインが気に入っただけではない。父がわたしが大人になろうとしていることを意識してくれたことに喜びを感じたのだ。

「大事にするね」

 父はにっこり笑い、うなずいてわたしを送り出した。わたしはハンカチを握り締めながら浮き立った気分で歩き、学校に着いた。篠原は教室にいた。大人が読むような新書を読んでいて、わたしに気づかない。わたしは彼の目の前に行き、声をかけた。

「篠原、おはよう」

「おはよう」

 篠原は顔を上げてにっこり笑う。最近は、笑みが控え目になることは減った。わたしを見ると必ず嬉しそうに笑ってくれる。

「放課後残ってくれる? 渡すものがあるから」

 わたしの気分はぱっと明るくなる。きっとホワイトデーのプレゼントだ。放課後が待ち遠しい。

「今は駄目?」

「駄目だよ。人目がある」

「わたし、すごく楽しみにしてる」

 篠原はわたしの目を見て笑った。きっとわたしの目は期待に輝いていたはずだ。

 ホームルームが始まったので話は途中で打ち切られ、続く授業の間の五分休憩も、小テストや移動教室で潰れた。そのせいで篠原と話す機会がない。

 昼休みには中村先生に職員室前に呼び出され、チョコレートのお返しとして白瓜の奈良漬けの入った小さな密閉容器をもらった。

「この間漬けたのよ。若い人は気に入らないだろうけど、あなたならって」

「嬉しいです。わたし、奈良漬けが大好きです」

 実際、舌なめずりしたいくらい好きだった。中村先生もわたしの様子に満足しているようだ。ふと、先生がわたしに顔を寄せ、

「あなた、篠原君とおつき合いしてるの?」

 と訊いた。ぎくりと顔が引きつる。それを見た中村先生は、満足そうにうなずく。

「やっぱりね」

「どうして気づかれたんですか?」

 おずおずと訊く。中村先生は当たり前のように答える。

「そりゃあ、生徒の様子を見ているからよ。目を配っていたら気づくわ」

 急に、目が熱くなった。中村先生はわたしたちを見てくれているのだな、と嬉しくなったのだ。これは当たり前のことではない。だからこそ、すごいことだと思う。

「ありがとうございます」

 わたしはそれだけ言い、先生の前を去った。涙がこぼれそうだったから。自分を見ようと目を凝らしてくれる人がいるのは、本当に救いだ。

 教室に帰ると、拓人が待っていた。わたしに棒つきキャンディーをぞんざいに渡し、

「隣のクラスに行ってくる」

 と面倒臭そうに教室を出て行った。人気者の彼は、毎年このような感じだ。篠原も今回は拓人のことを全く気にしていないようで、クラスの男子と何か話していた。

 時間がゆっくりと過ぎていく。わたしは上の空で午後の授業を受け、放課後を待った。


     *


 篠原は学級委員の仕事を終えて、わたしと話をしながら誰もいなくなるのを待った。わたしはどきどきしている。一体何が贈られるのだろう。楽しみでならない。

 ようやく人気がなくなった。篠原はうなずき、鞄から小さな紙袋を取り出した。わたしもよく行く雑貨屋の、プレゼント用の紙袋だ。

「はい」

 あっさりと渡された。中を覗き、更に小さな透明の箱を出した。見詰めながら、

「可愛い」

 とつぶやく。中に入っているのはオレンジ色のコウモリで、つぶらな瞳を二つ、広げたプラスチックの羽を二枚持っていた。小さいのは恐らく、これが携帯電話のイヤホンジャックだからだ。

「この間、町田に部活って嘘ついて買いに行ってたんだ。町田のセンスで可愛いといったらこれかなと思って決めた。持ち歩けるしね」

 篠原は私の反応を見て嬉しそうに笑っていた。わたしは早速箱からそれを取り出し、携帯電話に挿した。白いカバーに包まれた携帯電話に、はっきりとしたオレンジ色のコウモリが際立つ。

「嬉しい! こういうの、大好き」

 わたしが篠原に向き直ると、篠原は照れ臭そうに笑っていた。わたしはもう一度イヤホンジャックを見詰め、ずっとつけていようと決めた。それくらい気に入ったのだ。

「ありがとう」

 わたしが言うと、篠原はにっこり笑った。わたしはただただ篠原がわたしの好みを知ってくれていることに感動していた。

「篠原、大好き」

 そう言うと、篠原は真っ赤になった。

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