卒業式
三月に入り、三年生の卒業式も終わった。部活をやっていないわたしは卒業生の知り合いがいないので、一部の在校生のように泣いたりはしなかった。卒業生を校舎の外に送り出すとき、わたしは篠原と一緒に生徒用昇降口の前にいた。すると川のように流れ出てくる卒業生の中から、篠原の部活の先輩らしい眼鏡をかけた男子生徒が、お、と声を上げて彼に話しかけた。卒業おめでとうございます、ありがとう、などのやり取りを横で見ていると、先輩の目が隣の私に移った。
「あれ? 彼女?」
冗談っぽく、からかうように発したような言葉だった。多分本当に私が篠原の恋人だとは思っていなかったのだろう。
「そうですよ」
篠原はあっさりと答えた。先輩は呆気に取られたような顔だ。わたしもそうだ。恥ずかしがって、否定するか誤魔化すかするだろうと思っていた。それなのに誇らしげに、そうですよ、などと言ったのだ。わたしは嬉しさに笑みを浮かべてしまった。
「あ、そうなの。羨ましいよ。可愛い彼女だよね」
「はい」
また篠原を見る。篠原はにっと笑っていた。篠原の先輩は戸惑ったように目をぱちくりし、
「篠原、堂々としてるなあ。まあ、仲良くやってくれ」
と声をかけてから行ってしまった。先輩の後ろ姿が騒がしく胴上げをする一塊や、別れを惜しむ人々の中に消えていく。わたしは篠原をじっと見詰める。篠原はわたしの視線に気づくと、
「いや、否定したら嘘になるだろ? 嘘はよくないから」
と笑う。わたしも微笑む。
「嬉しかったなあ」
「そう?」
ふと、見つめ合う。二人とも同時にかあっと顔が赤くなったのがわかった。結局、わたしも篠原も恥ずかしかったのだ。お互い下を向いて黙り込む。しばらくそのままでいたが、篠原が小さく声を上げた。
「チョコレートのお返しなんだけど」
「ああ」
わたしはまだ顔が温まっているのを感じながら笑った。そういえば、ホワイトデーはもうすぐだ。
「何がいいかな」
「何でもいいよ」
「何でもって言われると、悩むよ」
「そうだなあ。可愛くて、いつでも見られるやつがいい」
「町田にとって可愛いもの?」
「うん」
篠原はじっと考えていた。それから微笑んで、
「わかった。小遣いもらってる身だから、宝石みたいなものは期待するなよ」
とわたしを見下ろした。わたしは声を上げて笑う。
「わかってるよ」
離れた場所で、卒業生が胴上げされている。運動部らしい。宙に舞う人の笑顔を見ながら、わたしは幸せ者だな、と思った。
ホワイトデーが楽しみだ。