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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 三学期
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三者面談

 この日は三者面談の日だった。田中先生だけでなく全ての担任教師が別棟の教室で面談をするので、教室を管理するのは中村先生と篠原たち学級委員だけだ。でも、中村先生は忙しいのかわたしたちに自習を言い渡していなくなってしまった。当然ながら教室は混沌となる。仲のいい友達のところに行っておしゃべりをする生徒だらけになるからだ。真面目に勉強をする者はほとんどいない。けれど中村先生がたまに来ては篠原を叱るので、篠原は騒ぎが酷くなるたびに「静かに」と声を張り上げる。篠原の発言はいつでも重みがあるので、毎回しんとなる。でもしばらくすると小さな話し声が聞こえ、話す人数が増え、またうるさくなる。篠原はまた「静かに」と言う。きりがない。

 篠原自身は本を読んでいて、話しかける機会を狙うわたしを寄せつけない。学級委員長だから仕方がないのかな、と思って諦めた。それにしても、篠原は元気がなさそうな感じがする。

 三者面談の予定でわたしより前の順番の男子がわたしを呼んだ。わたしは立ち上がり、教室を出た。


     *


「町田さんは成績もいいですし、クラスでも問題なくやっているようです」

「よかったです」

 机を挟んで、わたしと母は田中先生と向かい合った。話をしているのは田中先生と母のみだ。わたしは「クラスでも問題なくやっている」という一言に驚いていた。田中先生はしっかりした真面目な人だ。でも、わたしが長い間仲間外れにされたり無視されたりしていたことには全く気づいていなかったらしい。田中先生にそれを期待してはいなかった。けれど失望した。中村先生が気づいて気にしてくれたから、わたしは勘違いしていたようだ。

 田中先生とはきちんと話したことがなかった。話さないのに察しろ、というのは傲慢だ。けれど、わたしはがっかりしてしまった。田中先生がわたしの進学を決めつけ、どこの大学なら狙える、なんて話ばかりをするようになったら余計に。

 結局、この人は受け持ちの生徒であるわたしをいい大学に行かせればいいのだな、と思ってしまった。田中先生のしわ一つない浅黒い顔を、作り笑顔に見える表情を、じっと見つめた。田中先生は母にばかり話しかけ、一度もわたしを見なかった。


     *


 母は上機嫌で帰って行った。わたしの成績が褒められたことが嬉しかったらしい。わたしの学校での成績って何なのかな、と思う。大人にとっては、点数が高ければ高いほどわたしの価値が上がるらしい。まるで商品だ。徒労感がある。篠原に訊いたら何と答えてくれるだろう。

 廊下に並んだ椅子に、何組かの生徒と保護者が一緒に座っている。ここで順番を待つのだ。

 一人、立ったまま座らない保護者がいた。かなり大柄な男性だ。縁なし眼鏡をかけて神経質そうな顔をしている。細身の体に焦げ茶色のジャケットを着ていて、足が長い。誰かに似ているなと思いつつ教室に向かっていると、篠原が歩いてきた。わたしは笑いかけたけれど篠原はぎこちなく唇の端を上げただけだ。緊張しているらしい。通り過ぎた篠原を、わたしは目で追った。篠原は先程の男性の隣に立ち、一言何か言った。男性は篠原を見ることなく何か答え、二人はそのまま立ち続けていた。

 ようやくわかった。あれは篠原の父親だ。


     *


 篠原が教室に戻ってきた。ほっとした顔をしている。相変わらず「静かに」を定期的に言っている。わたしは話しかけることもなく、さっきのことを自分で分析したりもせず、ただ篠原を横目で見ていた。触れてはいけないものを見たのだな、と思いながら。

 篠原に、彼の父親について尋ねることはなかった。篠原は普段からあまり自分のことを話さないし、家族についてのことになると尚更だ。もしかしたら訊かれたくないことがたくさんあるのかもしれない。だからわたしは彼の沈黙を気にしないことにした。多分、いつか話してくれるだろうから。

 わたしはちょっとした好奇心で篠原との関係をぶち壊しにしてしまいたくはなかった。

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