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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 三学期
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篠原と岸君

 わたしたちは暇さえあれば話をした。朝のホームルーム前、五分休憩、放課後などに。以前なら会話を始めるのはわたしだったのに、今では篠原のほうが話しかけてくる。その話の中で、わたしたちは自分たちの互いへの気持ちを再び言葉に表したりはしなかった。抱き締め合ったあの日以降、そういったことは口にしていない。単純に照れくさいというのもあるが、気持ちを全て言葉にするというのは、混沌としたそれを整理してしまうということであり、何だかつまらないと思うから、というのが理由だ。それに、言葉にする能力がない。この常にかき混ぜられている熱いものを、一つ一つ捉えて名前をつけて説明するなんて、高校生のわたしには無理だ。もっとも、篠原なら言葉にできたかもしれないけれど。

 わたしたちは小さな話題をたくさん見つけて、積み重ねるように話した。校庭のポプラ、篠原の岸君との思い出、剣道、少女漫画、中村先生。何について話しても楽しかった。

 試験終了から一週間が過ぎ、前回と大差のない試験結果が渡されてほっとしたり、篠原がまた一位で感嘆したりしたけれど、誰もわたしたちの関係の変化に気づいてはいなかったのには少し驚いた。でも、そういうものかもしれない。第一、拓人に恋人ができたという話題が未だに盛り上がっていて、地味な篠原と元からいつも篠原に話しかけているわたしの組み合わせなんて、目につくものではないのだろう。少しほっとした。

 舞ちゃんとあやちゃんには話してある。舞ちゃんは「ふうん」と笑ってくれたけれど、あやちゃん何も言わなかった。わたしはあやちゃんとなかなか通じ合えない。


     *


「防具をつけて竹刀を持つと、感情が凪いで、一つのことしか考えられなくなる。つまりは勝つってこと。試合相手を打ち負かすってことだけじゃなく、己に打ち克つっていう気持ちがある」

 朝のホームルームの前に、わたしは篠原の剣道についての考えを聞いていた。篠原は剣道のことになると饒舌になる。身振り手振りを加え、とても生き生きと話してくれる。最近知ったことだ。

「すごく自分がシンプルになった気がする。いらないものを全て捨てて、体が軽くなったみたいに感じる。それで……」

「篠原、英語の教科書貸して」

 岸君が割り込んできた。爽やかに笑っている。篠原は急に熱意を失ったように、ぞんざいに机の中を探り出した。

「岸君、忘れ物多すぎるよ」

 わたしが文句を言うと、岸君は目を細めて笑った。

「篠原ともっと話したかったんだろ?」

 わたしは何とも言いようがなくて、黙り込む。篠原が机の上に英語の教科書を載せて、無言で押し出した。

「篠原ー、町田さんといるときは何でおれに冷たいんだよ。おれたちは友達じゃないか」

 岸君の芝居がかった言い方に、わたしはちょっと笑う。それにしても、篠原はわたしがいないときは岸君と仲良くしているのだな、と思う。

「お前が町田をからかうからだろ」

 篠原が低い声でつぶやく。わたしはきょとんとし、岸君は声を上げて笑う。

「何? 焼き餅?」

「違うって」

「町田さんをからかっていいのは自分だけ、みたいな?」

「違うって言ってるだろ」

 篠原はどんどん不機嫌になる。どうやら焼き餅らしい。わたしは嬉しくなる。

「からかわないからさ、町田さんと仲良くさせてくれよ。友達になるくらいいいだろ?」

 篠原はすねた顔だ。わたしは岸君が羨ましくなる。わたしも篠原からこんな剥き出しの反応をもっとたくさん引き出したい。

「おれが決めることじゃないから。町田と直接友達になる約束すればいいだろ」

 篠原はつんと前を向いた。岸君は苦笑しながらわたしに向き直る。

「友達になる?」

「うん」

 わたしの呆気ない返事に、篠原が振り向いて目を剥いた。それさえも初めて見るので、わたしは嬉しかった。

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