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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 三学期
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朝のホームルーム前

 篠原は、五時になると帰ってしまった。夕飯の支度があるから、毎日この時間には学校を出るらしい。帰る前にわたしを家まで送ろうか散々迷っていた。わたしが断ったら、叱られた子犬のようにしゅんとなっていた。わたしは両親に出くわしてしまうことが心配なのだ。それに二月半ばの五時は、もっと前の同じ時間に比べれば明るい。

 わたしは篠原と過ごした時間を何度も反芻しながら、一人で帰路に就いた。それだけでも充分幸せだった。


     *


 次の日は、早くに目覚めた。わたしは上機嫌で朝食を取り、両親を戸惑わせた。いつも不機嫌なわたしが、普段なら無視する父の冗談に笑ったり、何もないのににこにこと微笑んだりしていたからだ。

「今日はやたら元気だな。何かあったか?」

 父が訊く。わたしはぎくりとしながらも気分の明るさが勝ち、笑みを浮かべたまま首を振った。

「試験結果がよかったの?」

 母が訊く。実のところは前回より少し悪いくらいなのだが、わたしは「うん」と肯定した。両親はそれで納得したようだった。

「この間はすごくよかったし、今回も楽しみだな」

 父はいつもの上機嫌な彼に戻り、目玉焼きの目玉をぱくりと食べて笑った。わたしは笑顔を保ちながらも、内心舌をぺろりと出した。

 母のお弁当を受け取り、玄関を出て寒い空気の中に飛び込んだ。篠原にまた会えると思うと、もう会っているかのように心臓が躍り出した。


     *


 いつもより早めに教室に着いた。篠原はぼんやりと頬杖をついて黒板を見ている。

「おはよう」

 わたしが声をかけると、嬉しそうに笑ってくれた。もしかしたら、わたしを待っていてくれたのかもしれない。

「おはよう。寒いね」

「そうだね」

 お互いにこにこしながら、沈黙する。急に何を話せばいいのかわからなくなった。会えて、こんなに嬉しいのに。

「そういえば、現代文の満点、すごかったね」

 わたしがやっと言葉を発すると、篠原はにやりと笑った。

「この間、町田に負けたからな。今回は用心してケアレスミスをなくしたんだよ」

「もしかして、わたしに負けたの悔しかった?」

 今度はわたしがにやりと笑うと、篠原は視線を外して、

「そういうわけでもないけど」

 と誤魔化す。やっぱり悔しかったんだ、と思い、何だか笑えてくる。それにしても、ケアレスミスをなくすだけで満点が取れるなんて、脳の造りが違うのだとしか思えない。九十八点を取ったときだって、わたしはどうしてそんなに取れたのか、よくわからなかったから。

 くだらない話に夢中になっていると、教室が人で一杯になってきた。朝練習組が帰ってきたらしい。それに朝練習組以外のクラスメイトもぽつぽつ教室に入ってきたので、ホームルームの前のざわめきが教室を満たした。拓人が入ってきたのが見えた。ひゅう、と誰かが甲高い声を上げた。そのまま拓人と仲のいい男子たちが大騒ぎを始める。

「拓人、おめでとう。彼女と何話した?」

 彼らがはやし立てる中、その中の誰かの声がはっきりと聞こえ、女子が口々に驚きの声を上げた。

 浅井君、彼女できたの? 誰? サッカー部のマネージャーらしいよ。マネージャーのどっち? そりゃ同級生のほうでしょ。え、片桐静香? 嘘ー! えー!

 大変な騒ぎだ。その中を拓人は澄ました顔で歩き、はやし立てる仲間たちの中に入って、

「もー、静かにしろよー」

 などとぼやいている。わたしは片桐静香という名前の拓人の恋人のことを思い浮かべていた。顔が小さくて、上品に微笑む、結構男子に人気があるかわいい子だった。彼女が拓人のことを想っていたというのが、意外ではないけれどちょっとした驚きだった。

 隣を見ると、篠原がわたしを見ていた。ぽかんとしている。

「え、浅井、彼女できたの」

「そうだよ」

「ああ、そう」

 わたしは、呆気に取られている篠原が何だかおかしくてくすくす笑ってしまった。

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