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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 三学期
23/156

拓人の策略

 放課後、拓人に教室に残るように言われた。話があるらしい。部活はどうするのだろう、と考えながらもわたしはそうした。教室はいつの間にか空になり、いつまで経っても拓人は来ない。学級委員の仕事を終えたらしい篠原が戻ってきた。そのまま部活に行くのかな、と思っていたら、席について頬杖を突いている。どうしたのかな、と思いつつ、せっかくの機会なのに話しかけることもできず、十分ほど経った。拓人はまだ来ない。

「……篠原、何してるの? 部活は?」

 長い緊張と沈黙のせいでかさついた声で話しかけた。篠原はわたしのほうを見て、

「約束があるから。町田は?」

 と訊いた。わたしは何かが見えたような気になりながら、

「約束があるから」

 と言った。それから一瞬のち、ようやく全てがわかった。頭をがっくり落として、やられた、とつぶやく。篠原を見ると、不思議そうな顔をしている。

「拓人と約束してるんでしょ? 拓人、来ないよ」

 目を見開く篠原に、わたしはちょっと笑った。篠原ほど頭がよくても、こういう単純な策略には引っかかってしまうのだな、と。

「わたしも拓人に呼び出されてさ。拓人、わたしたちをはめたんだよ」

「え、何で? 浅井にはメリットなんかないだろ?」

 本当にうろたえた様子の篠原に、わたしはくすりと笑う。篠原が感情を剥き出しにするのが、わたしは本当に好きだ。

「メリットはなくても幼なじみだから気を利かせてくれたのかな」

 わたしがつぶやくと、篠原は体ごとわたしに向き直り、わたしを見詰めた。じっと見られると恥ずかしくなる。わたしは突然顔が熱くなるのに気づいた。多分赤くなっている。今まで篠原と向き合っていても何ともなかったのに。でも、そうか、とすぐに気づく。篠原のことを好きだから、こんなに恥ずかしいんだ。

「気を利かせるって、おれに?」

「わたしに」

 篠原はますます混乱した様子だ。眉根を寄せ、考え込んでいる。

「どういうことなんだかさっぱり……」

「チョコレート、義理じゃないよ」

 わたしはようやく言った。篠原は目を真ん丸にしてわたしを見ている。わたしの顔は多分真っ赤だ。手を開いたり折り畳んだりしながら、篠原を上目遣いに見る。篠原はぽかんとしている。

「でも昨日……」

「篠原、触ってもいいかな」

「え?」

 わたしは立ち上がり、座っている篠原の顔に両手で触れた。彼の顔が紅潮していく。段々熱くなるのもわかる。篠原は男子だからか少し脂っぽくて、わたしの肌よりきめが粗い。わたしはそのままの姿勢で、どうしようかな、と思っていた。いっそ抱きついてしまいたいけれど、篠原が座っているから無理がある。すると、篠原が突然立ち上がった。わたしに触られるのが嫌だったのかな、と思った瞬間、篠原はわたしを抱きしめていた。少し痛いくらいに。

 温かいな、と思った。筋肉の柔らかさと硬さもわかる。篠原の腕は背中に回されていて、身長差のせいで変な感じがした。わたしは篠原に固められてしまった体をひねり、彼がひるんだ瞬間に篠原に抱きついた。彼はわたしをもう一度包む。今度は力を入れずに。

 互いの心臓の音が混ざり合っている気がした。乱れた音が伝わるのだけれど、わたしのものであるようにも思うし篠原のものであるようにも思う。好きな男の子と抱きしめ合うというのは、こういうことなんだな、と思った。

「好きだ」

 篠原が言った。わたしは頭が混乱するくらい幸せな気分になって、篠原をもっと強く抱きしめた。

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