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蜂蜜製造機弐号  作者: 酒田青
高校一年生 三学期
22/156

答案用紙と篠原と拓人

 この日は答案用紙がどんどん返ってきて、忙しかった。わたしは点数に一喜一憂しつつ、篠原の様子を気にしなければならなかった。点数は前回よりもよかったり悪かったり。大した差はない。けれど前回と少しでも違えば気持ちが揺らぐ。学校の成績なんかどうでもいい、などと考えられればいいけれど、進学校に通っている以上、無視することはできないのだ。篠原は授業が終わるたびに人に囲まれるから、話しかけにくい。わたしはもっぱら後ろの席の舞ちゃんと話し、点数を比べ合った。いつも大体同じくらいで、理系科目は舞ちゃんのほうが上だ。

「篠原君、すごいね。満点に近い点数ばかり」

 舞ちゃんは溜め息をつく。わたしは篠原を取り囲む秀才たちを鬱陶しく思っていたから、

「篠原、大変だね」

 とつぶやいた。舞ちゃんはそんなわたしをじっと見て、

「ふうん」

 と笑った。何だろうと不思議に思っていると、舞ちゃんは、

「結局篠原君のこと好きなんだね」

 と言った。ささやき声で。わたしは慌てて打ち消す。

「違う違う。わたしは……」

「大丈夫。女子はもう気にしてないよ。堂々とすれば?」

「わたしが堂々としても篠原は……」

「篠原君、明らかに歌子ちゃんのこと好きじゃん。何を気にしてるんだか」

 びっくりした。わたしは舞ちゃんを連れて廊下に出る。クラスメイトたちは試験の話ばかりしていて、誰も気に留めなかった。ひんやりした廊下で、わたしは舞ちゃんを前に混乱していた。

「嘘だよ。だって……」

「篠原君、歌子ちゃんの前でしかあんなに笑わないよ。声を上げて楽しそうに笑うことなんて滅多にない」

 舞ちゃんが当たり前のように言う。わたしは確かにそうだな、と思う。篠原はあまり女子と話さないし、男子と話していてもあんなに優しそうには笑わない。楽しそうに笑うことだって少ない。それは認める。

「それに、歌子ちゃんだけに優しいし。特別扱いしてるよ、明らかに」

 それはあまり実感がない。篠原と関わることは多いけれど、わたしが一方的にまとわりついているように感じていたから。

「チョコレート、義理なんて言っちゃだめじゃん」

「聞いてた?」

「聞こえた」

 舞ちゃんがにっこりと笑った。何だか頼りになるなあ、と思う。姉のような笑みだ。

「渡してから、好きだなあって思ったんだ。篠原、気にしてないみたいだからわたしのことは別に好きじゃないよ」

「何言ってんの。もらったチョコレートを義理って言われたら誰だって気にするよ。弁明しないと、誤解されたままだよ。早くしなよ」

「うん……」

 わたしはしょんぼりと床を見た。舞ちゃんは自信満々で、

「大丈夫!」

 とわたしの肩を叩いた。わたしは少し、元気が出た。チャイムが鳴ったのでそそくさと教室に戻る。篠原の低い声での号令を聞き、やっぱり好きなんだよなあ、と考え込んだ。でも、このとき返された数学の答案用紙は思ったよりひどくて、気持ちがぐちゃぐちゃになってしまった。昼休みに入ってから篠原の周りの人だかりが消えても、何だか話せなかった。舞ちゃんにつつかれようが、わたしは勇気が出なかった。話す機会をどんどん逃し、わたしは一日全てのチャンスを失った。


     *


 火曜日の午前中には現代文があった。わたしは自信があったけれど、答案用紙の点数は九十点だった。この間より低い。中村先生はわたしを慰めるどころかそっけなかった。

「このクラスには満点の人がいます。平均点もいいほうですよ」

 先生の笑みは教室全体に振りまかれた。クラスメイトたちの視線は篠原に集まる。篠原は無表情に先生を見ている。まるで彼以外の誰かの話のようだけれど、彼だった。授業のあとに秀才たち以外も集まって篠原を褒めそやす。わたしは篠原と話す機会がどんどん得られなくなってきたので頬杖を突いて黒板を見詰めた。

「歌子。何しょげてんの」

 拓人が前からやってきて、空だったわたしの右隣の席に腰を下ろした。わたしは唇を尖らせる。

「しょげてない」

「篠原としゃべりたいの?」

「拓人には関係ないよ」

「おれ、彼女できたよ」

 ぎょっとして拓人のほうを向く。拓人はにこにこ笑っている。

「昨日サッカー部のマネージャーにチョコレートもらってさ。ずっと渡しそびれてたんだって。何かいじらしくてかわいいからつき合うことにした」

「嘘でしょ?」

「マジマジ」

 わたしは長い溜め息をついた。拓人はわたしをしげしげと見詰め、

「何か、昨日から篠原と歌子の間に見えない壁があるよな」

 と言った。どきっとする。わたしも感じていたから。

「何かやった?」

「……というより言った」

「やっぱり? 歌子が何かしたんだろうなと思ってた」

「うー」

 わたしは机に突っ伏した。拓人はわたしの背中をぽんぽん叩き、

「おれに任せろって」

 と笑いを含んだ声で言った。どういうことだろうかと顔を上げると、拓人はいなくて篠原が左隣から見ていた。その目も逸らされた。

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