帰り道と拓人
学年末試験の勉強は、それなりに頑張っていると思う。苦手の理系科目も何とかなりそうだ。試験三日前からはどの部活も活動しなくなるので、わたしは舞ちゃんやあやちゃんと共に図書館で勉強した。この古くて小さな図書館は学校内のもので、同じく古い食堂の隣に建っている。わたしたちはおしゃべりすることなくノートをまとめたり問題を復習したりした。舞ちゃんがおしゃべりを許さなかったのだ。夕暮れまでテーブルに陣取って、パイプ椅子をきしませながら何度も座り直し、この二人の友人は学業に専念するのにぴったりだな、などと考えていた。
「そろそろ帰ろっか」
舞ちゃんが立ち上がる。わたしもそうした。時間はそうでもないけれど、季節柄外はもう暗くて、家までの一人の道が少し怖いくらいだ。教科書やノートを片づけながら、困ったな、と考えていた。
「舞ちゃんとあやちゃんは一緒の帰り道なんだよね」
わたしが確認すると、二人はうなずいた。鞄に勉強道具を詰め込み、湿った匂いの図書館を出ると本当に暗い。学校内にも電灯はあるし、街には街灯があるけれど、不安が募る。けれど、三人で校門を出ようとしたとき、声をかけられた。
「歌子、今帰ってるの? 珍しい」
拓人だった。山中君と一緒だったが、山中君はバス通学なので拓人とは別方向だ。拓人に挨拶をしてから行ってしまった。
「うん。図書館で勉強してた」
「へえ。おれは教室で勉強してたよ。一緒に帰ろっか」
ほっとした気分が体全体に広がった。よかった。人気のない住宅街を一人で歩くのは嫌だったのだ。拓人はにこにこ笑っている。舞ちゃんとあやちゃんは呆気に取られた様子だ。
「うん。そうする」
拓人にそう答え、舞ちゃんたちにさよならを言ってから、わたしと拓人は校門の左手に歩き出した。住宅街はやはり人気がない。拓人に会って本当によかった。家々が生き物のようにうずくまる住宅街を、ところどころにある街灯を頼りに、わたしたちは白い息を吐きながら歩く。
「友達できたみたいだよな」
拓人が言うので、わたしはにっこり笑って答えた。
「二人ともいい子だよ」
「でも真面目すぎない? 村田と立花」
「まあ舞ちゃんは真面目だよね。今日だって話しかけた瞬間『しーっ』だし。でも優しいから好き」
「ふうん。それならいいけど」
拓人はわたしを見下ろしながら微笑んだ。気づけば見下ろされるようになっていたな、と今更思う。拓人は平均身長くらいだけれど、わたしよりは背が高い。小学校高学年のころはわたしのほうが高かったのに。何だか悔しい。
「今年も歌子の義理チョコ楽しみにしてるよ」
拓人がにやにや笑う。
「去年は焦げてたよな、チョコレートケーキ」
わたしはむっとする。
「今年は焦げないやつにするもん」
「誰にあげる?」
そう訊いた拓人の顔は街灯の明かりの陰になってよく見えなかった。
「お父さん、友達、中村先生、拓人、篠原」
「やっぱ篠原は入ってくるか」
拓人の今度の顔はよく見えた。何だか諦めたような顔だった。
「だってお世話になったじゃん」
「あ、本命じゃないのか。わかってたけど」
わたしは黙った。拓人がわたしを見下ろす。不安そうな表情だ。
「篠原はわたしのこと好きなのかな」
わたしの言葉は、拓人を動揺させたようだ。拓人は「えっ」と言ったあと絶句し、大きな目を見張ってわたしのほうに体を向けて立ちどまった。
「どう思う? 拓人」
「いや、その……」
拓人は頭をがりがり掻いた。
「そういうのは自分で気づくものだろ。おれも教えたくないし……。ていうか歌子がおれにそれを訊くまでのところに来たことにびっくりだよ。とにかくおれは……」
そこまでつっかえつっかえ言ったあと、拓人は「あーあ」とため息をついて歩き出した。それからはわたしが何を言っても大した反応がない。そうしているうちに、いつの間にか互いの家の前にたどり着いていた。拓人は庭に入ったわたしに手を振りつつ、
「ま、チョコレート楽しみにしてる」
と言って門の中に入ってしまった。